I know
「いらっしゃいま……あ」 「お疲れ様、健二さん」 「佳主馬くん! どうしたの?」 ガラス戸が押されて現れた人物に健二が嬉しそうな笑みを浮かべる。店内を見回して他の客も店員もいないのを確認すると、佳主馬はレジへと近寄った。 「小腹が空いたのと、シャープペンの芯とか買いに。……健二さんがこんな遅くまでいるの珍しいね」 時間はもうそろそろで日付を変えようとしている。基本的に女性を深夜のシフトには入れないと言っていた従姉妹のことを思い出し、佳主馬は首を傾げた。 「あー……今日八時から十二時までの子が具合悪くて休みになっちゃってね? 他に空いてる子もいなかったから続けて入ったんだ」 「何時から入ってたの?」 「五時。もともと五時から十時までだったし……二時間ぐらいならね」 健二と――ひいては佳主馬も住んでいるアパートはここから十分ほどの距離だ。人通りもそこそこある道ではあるが、やはり深夜になると全くないことのほうが多い。それを考えると佳主馬の眉が寄った。 「……十二時で終わりなんだよね?」 「え? あ、うん。今も引き継ぎ作業してたところだったし……もうバックルームには他の子もいるから上がってください、って」 だから店内に誰もいないのか、と納得すると佳主馬は時計を見やり、それから健二へと顔を戻した。 「送っていく」 「へ?」 「あと五分ならバイクとってくるよりここにいたほうがいいかな……適当に店内見てるから」 「え、で、でも悪いよ!」 「何が悪いの」 「だ、だってわざわざ待っててもらうなんて……」 「たかだか十分程度ならわざわざなんて言わないし。……それに」 ――――自分の彼女が心配なのは当たり前でしょう? 囁くような声で告げれば、健二の顔が瞬く間に朱に染まった。 「かかか、かずまくん……っ!」 「なに?」 「そ、そ、そのっ」 「彼女じゃないの?」 「そそそうだけどっ!!」 うー……と熱をもつ頬を手で抑え困ったように――いや、照れくさそうに俯き唸る彼女に、自然と笑みがこぼれた。 彼女、小磯健二とはもうすぐ付き合い始めて五ヶ月になろうとしている。 別にまだ清い仲、というわけでもない。佳主馬の家に健二が泊まったこともその逆だって何度もある。だというのに、未だ初心な様子を見せる健二が可愛くて仕方がなかった。 「とりあえず俺は健二さん放って帰るつもりはないから。……一緒に帰ろう?」 恥ずかしがったままの健二の頭を撫でながら顔を覗き込む。 彼女は上目遣いにちらりとこちらを見てそれから困ったような、でもどこか嬉しそうな笑みで頷いた。 「……はい」 「ん。……じゃあ、先に買い物してくる」 「うん」 くしゃりと髪を少し乱すくらいに撫で回すとぽんぽん、と一度叩いて手を離す。それから店内を周り夜食、スナック菓子、飲み物、シャープペンの芯をカゴに放りこみレジに向かおうとして――――目についたそれに、悪戯心がいたく刺激された。 「……そういや切れてたかも」 ふむ、と“それら”を手に取り暫し悩んで選んだ一つをカゴに入れる。 物色中に引き継ぎ作業を終えたらしい健二がレジで笑うのに、佳主馬もまた笑みを返した。 ……最もその笑みはここの店長で従姉妹である女性に見られたら顔を引きつらせるだろう笑みだったが、健二が気がつくわけがない。 だから、カゴの中から品物を取り出していく健二が“それ”に気がついた時、今までの比ではないくらい真っ赤になったのを見て佳主馬は思わず吹き出した。 「かかかかかかず、まっ、く……っ!」 「何ですか店員さん?」 「こっ、ここここっ」 「ニワトリになってるよ健二さん」 「〜っ!!」 飄々とした態度で返事を返す佳主馬をもはや声もなく見上げ、健二はほとんど涙目で彼を睨んだ。 潤んだ瞳で睨まれても効果なんて無いに等しい。むしろますます嗜虐心を煽るだけだというのに。できればそんな顔は自分の前だけでしてほしい。後で言い聞かせなくては。 睨む健二を見下ろしながらそんなことを考えつつ、佳主馬はニヤリと人のよろしくない笑みを浮かべる。それからレジ台に未だ置かれたままの“それ”をトントンと指でつついた。 「ほら、早くしてよ店員さん。もう上がりなんでしょう?」 「〜〜っ、佳主馬くんのばかぁ……!」 「俺はずっと前から健二さん馬鹿だけど。今頃気付いたの?」 「い、意味がちがっ!」 「ああ、そういえば明日は確か健二さん講義無い日だったよね? 帰りにこのままうちおいでよ。……せっかく買ったんだから使わないと、ね」 「もっ……! ほんとにっ、ばかぁ!」 沸騰しそうなほど真っ赤になった健二が必死の体でカラフルなパッケージの長方形の箱――――避妊具を加えた。 「だって無いと出来ないし」 「そ、ゆう問題じゃなくて……っ!」 「じゃあなぁに?」 「……っ、五千円お預かりします!」 反論を諦めたのか、店員の顔で(とはいえ真っ赤では意味は無いが)健二はレジを打ち出す。ダダダンッ! とキーが壊れるんじゃないかと思う勢いで叩く健二に笑い出すのを必死に抑えた。 「お釣り三千と……佳主馬くん、笑いたいなら笑えば?」 「くっ……ふ、ははっ」 「あー! もうっ! 着替えてくる!」 ガシャンバタンッ! と盛大な音をたててレジを閉めると健二は足早にバックヤードへ向かう。 それを笑いながら見送り、ひとしきり笑って落ち着いたところで佳主馬はコンビニを出た。 十分もかからず健二がやってきたのに、買った缶コーヒーを飲み干すとゴミ箱に捨てる。 さすがに笑いすぎたのか、健二は拗ねたようにそっぽを向きながら近付いてくる。そんな仕草すら可愛らしくて、佳主馬はコンビニの袋を持ち直すと、そっと片手を差し出した。 「――――帰ろう?」 「……佳主馬くん、ズルイ……」 「俺はズルイんだよ、健二さん。知らなかった?」 「しって、る!」 むくれて、それでも差し伸べられた手を健二は握る。 こんな風に、気を許して喋ってくれるようになるなんて、出会った頃は考えもつかなかった。 笑ったり泣いたり、怒ったり拗ねたり。くるくる変わる表情は一番間近で見られるようになるなんて。差し伸べた手をとってくれる。それだけで佳主馬がどんなに嬉しいかなんて、健二は知らないだろう。 ……知らなくて、いい。 『ひとりぼっちに、もうなりたくない、よぉ……』 彼女の喜びも哀しみも、あの時に全部佳主馬が貰ったのだから。 彼女の笑顔が、佳主馬の全てになったのだから。 「……帰ったらご飯食べて……それから、かな」 「……な、なにを」 「なにって、セ」 「やややややっぱり言わなくていいっ!!」 「……ふーん?」 「……な、なに?」 「――期待してるの?」 「き、期待!? 期待なんて、期待って……!!」 「そっか、期待してくれてるのか。じゃあ俺頑張らないと」 「頑張らなくていい! 頑張らなくていいから!」 「健二さん、もう深夜だから静かにしないと」 「……!!……」 必死になって騒ぐ彼女の耳にそっと囁く。そうすれば彼女はハッとしたように口を押さえて、それから悔しそうに佳主馬を見上げる。それでも繋がれた手は離れる素振りも見せやしない。 ああ本当に――愛おしくてたまらない。 「健二さん」 「なに?」 「愛してるよ」 「……し、ってる!」 耳を真っ赤にさせながら返された言葉と強く強く握り締められた手に、彼女の応えも知って笑った。 知ってて欲しいのは、僕が君のことを想うこの気持ちだけ |