Love to melt

「……こんなもんかな」
 白菜、人参、舞茸、葱をざくざくと刻んで土鍋に放り込む。
 もやしはさっと茹でてから先に土鍋で煮てあるし、豆腐と鶏肉、鶏だんごも用意済み。水菜を入れるのはギリギリじゃないと煮すぎてしまう。
 鍋に入っている豚骨醤油のスープは前にも買ったもので、締めは煮込みラーメンにすると美味しい、らしい。
 パッケージに書いてあったそれを試してみたくとも、前回はうたい文句に気付くのが遅くてラーメンが無かった。だからこれはリベンジなのだ。
 土鍋の蓋を閉めてことことと煮込みだす。出来た頃にはきっと彼も帰ってくることだろう。
 リビングの中央に鎮座する炬燵の天板を拭いて、取り皿を用意。これで準備は万端だ。
 あと少しの時間、何をしていようか――と、ぐるりと部屋を見渡しているところで携帯が鳴った。
「あれ」
 着信音はたった一人のためのもの。普段ならマナーモードにしてあるそれも、今日は講義も何も無くて一日中家の中だったからそのままだった。
 机の上で振動する携帯を開くと、相棒の白い兎が手紙をこちらに突き出している。思わず眉が寄った。
「まさか帰り遅くなるとかじゃないよね……」
 それは非常に困る。主に鍋の具合的な意味で。
 嫌な予感にしかめ面になってメールを開くと――――そこにはあまり彼らしくない短いメールが。


『そとみて!』


 変換するのも惜しい、とばかりのそれに首を捻った。
「外……?」
 何があるというのだろうと思いつつ、ベランダに近寄って窓を開ける。冷たい風が吹き込んで調理場にいて火照った体を一瞬で冷ました。
 そして服に、肌に触れる白い、冷たいもの。

 ――――ひらひらと夜闇のなかを降りしきるそれは、白い花びらのようにも見えた。

「……雪……?」

 吹き付ける風に舞って白い雪が街を覆っていく。
 初雪だ。
 さっきから雨の音がしなくなったから止んだのかと思っていたがなるほど、雪に変わっていたわけか。
 新年に上田に行った時もまだ雪は降っていなかったから、これは本当に東京で今年最初の雪だ。

 しばしの間、空から舞い散る六花を眺めていたがふと大事なことに気がつく。
「……転んでなきゃいいけど」
 子供のようにはしゃいだりして、ぼーっと眺めていたりしなければいい。お約束をやらかすあの人のことだから、そのままうっかりすっ転ぶなんてこと想像に難くない。ため息をついて窓を閉めた。
 これ以上開けていたら暖気が逃げて行ってしまう。彼が帰ってきた時に部屋が寒いのはまずい。
 ガラスの向こう側、相変わらず雪は降り続ける。明日も講義は無いけれど、彼は出かけなくてはならなかったはずだ。早く止めばいい。

 ふと、自分の思考に笑いがこぼれてしまった。
 何をしてても何を見ても、結局行き着く先は彼のことで。綺麗だとは思っても、彼の害になるのならどうでもよくなる。
 ああ、タオルを用意しておかなければ。風呂から先に入らせるべきだろうか。しかし寝る前の方がやはり温められるだろうか。つらつらと過ぎるのは彼のことばかり。寒がりやな彼を暖めるのは自分の仕事で、それが楽しくて仕方がない。

『雪が降るのを眺めてると、なんだか世界に一人だけみたいな気分だったな』
『凄く寒くて、暖房いくらつけても寒いままだよね』

 笑いながら、彼が言った。
 きっと彼が寒かったのは体じゃなくて、心だ。降り積もるのは雪だけじゃなくて寂しさもまた心に降り積もる。そして、それは春になっても溶けないままに凍りついて。
 そうしていつしか“寂しい”と思う心すら、氷の中に。


「ただいまー!」


 玄関から聞こえてきた声にタオルを持って出て行くと、雪まみれの恋人が嬉しそうに笑った。
「ありがとう佳主馬くん!」
「お帰り。……傘さしてなかったの?」
「さしてたんだけど、風が吹き付けてくるから意味無くなっちゃって……フードあったからそれでいいかなって閉じてきちゃった」
 ダウンについた雪を払い落として、用意しておいたハンガーにかける。それは玄関にかけるとして問題は彼のほうだ。手袋をとった彼の指先は氷のように冷たい。
「凄い冷えてるね」
「うーん……ちょっと感覚ないかも」
 自分の手でそっと握り締めると、ぴくりと指先が動いた。冷たすぎる指に眉根が寄るのが自分でも解る。
「佳主馬くん、手冷たくなっちゃうよ」
「……やっぱお風呂が先かな」
「え?」
 鍋の火は一応消しておいてある。体の中から温める選択肢もあるけれど、やっぱりこれだけ冷え切っているのならば風呂のほうが手っ取り早い。
 一人で結論を出すと靴を脱いだ彼の体をひょい、と掬い上げた。腰から背中、足に腕を滑らせて横抱きにすると彼が慌ててしがみつく。
「ちょ、佳主馬くんっ!?」
「先にお風呂入ろう。このままだと健二さん風邪引くよ」
「お風呂はいいけどっ! な、なんで抱っこされてるの僕……」
「何でって」
 ああ、そういえば大事なことを忘れていた。
 ピタリと廊下で立ち止まり、不思議そうに見上げてくる恋人の唇にちゅっと音をたてて口付ける。
 もう何度もしているのに、頬を赤らめて初心な反応を見せる恋人にくすりと笑って。

「凄く寒いから――――お風呂の中で“僕が”温めてあげようと思って」
「――えええええええんりょしますっっ!!!!」

「まぁそう言わずに」
「いいってば! 一人で入れるから、って脱がさない!! 佳主馬くん!」
「うっわ全身冷たいね……全部隈なくあっためてあげるからね」
「いいです!! 全力で遠慮し……ひぁっ!? や、どこ触ってんの!?」
「どこって――」
「やっぱ言わなくていい――っ!!」

 往生際悪いよ健二さん、なんて笑いながら腕の中に閉じ込めてもう一度キス。
 見上げてくる愛しい人の顔は真っ赤で、そこにはもう寒さの欠片も見つからない。
 そのことにホッとしながらも悪戯をする手は止めないでいると、彼はがふっと嬉しそうに笑って。

「……やっぱり佳主馬くんと一緒だから、寒くないね」

 ――――なんて可愛く言うものだから。
 本当は一人で入らせてあげようなんて思ってたことも忘れて風呂場へと担ぎ込んだ。

 いいよ、全部溶かしてあげる。
 あなたの寂しさも哀しさも怯えも、ぜんぶぜんぶ。
 ご飯は? なんて言う唇は塞いであとは二人、熱く溶け合うだけ。



こころもからだも、あたためてあげる