指先から侵食

　困らせたい、わけじゃないんだ。
　ただあなたが好きで、好きで、どうしようもない、だけ。


「佳主馬くん、なにか勘違いしてるんだよ」
　少し困った苦笑気味の、優しいけれどそれ以上侵略するのを拒む笑顔で彼が笑う。少し傾いだ首が真っ白で滑らかで、かじりつきたくなった。眉を八の字にした彼は可愛いけれど、彼は決して馬鹿でも単純でも愚かでも無かった。だからこそ自分を拒む。足を踏み出させることさえ許さない。
「君の世界はきっと僕よりもちょっと狭くて、なにかの感情とごっちゃになってるんだよ。もう少し君が大人になれば違いに気付くと思うし」
　大人になるのはいつなのか。いつになれば大人になれるのだ。
　自分の世界が狭いことは自覚している。子供の無邪気さと残酷さでもって受けた痛みは確かに佳主馬の中に根付き、それが一因であることも認める。人間不信、冷めた思考。およそ子供らしくない欠落を内包し、それ故に捻じ曲がった部分があることもきっちりと佳主馬は自覚しているのだ。
　だからこそ己の世界が狭く、しかし視野は逆に広がったことを解ってもいた。
　世界が狭いだけでは利益や名声に集る企業、スポンサー達を相手どることは出来ない。言わばあの経験があるからこそ佳主馬の才能とその手腕は開花した。周囲の人間を観察し相手の裏を読み、目に見るものだけが全てではないことを知ったのだ。
「君はＯＺの英雄でキング・カズマで、中学生で男の子で――――これから先、凄くカッコよくなって可愛い女の子からモテるんだろうなぁ。その時になったらきっと気付くから、余所見なんかしちゃ駄目だよ」

　余所見？　そんなことしてない。
　こんなにも、あなただけ見てるのに。
　ただただ、太陽に焦がれるひまわりのようにあなただけ見上げてる。

「今は解らなくても、きっと、きっといつか気付くから。その気持ちが錯覚とか小さかったからちょっと間違えただけだったって。ああでも佳主馬くんが僕を嫌いじゃないのは嬉しいよ。僕も佳主馬くんのこと弟みたい、って思ってるし。かわいいなって、」
　なんで気付かないの。
　嫌いじゃない？　そんなんじゃ足りない。好きで好きで、どうしようもなく苦しくて痛くて死にそうで、どうすればいいか解らないぐらい好きなのに。
　これが間違いだというならば、一生間違えたっていい。一生解らなくていい。弟なんかじゃ足りない。かわいいなんて、全然だめ。
　少し照れたようにはにかむ顔も、夏の気温に汗ばむ肌も、細くて長い指も、柔らかな髪の毛も。

　――――――――全部、奪い尽くしたいのに？

　膝に行儀よく乗せられた白い手を取ると、彼は目を瞬かせて首を傾げる。「佳主馬くん？」と呼ぶ声を無視して指先を唇に近づけて、ぱくりと口腔に導いた。
　びくりと震えた体に手をかけて押し倒す。小さく上がった悲鳴を無視して板張りの床に転がすと両足を動かせないように跨って封じこめる。ついでに腕もひとまとめにして押さえつけると、彼の瞳が怯えたようにこちらを見上げて、その視線にぞくぞくした。
　丁寧に、指の根元から爪先までを舌でなぞる。べろりと舐め上げると白い頬が羞恥に赤く染まり、そうして弱弱しい制止の声が飛び出す。無視。
　二本目。途中でゆるく噛むと組み敷いた体が跳ねる。彼の眉根が寄る。泣き出しそうに潤み、僅かに伏せられた目が楽しい。感じてるの？　と聞けば彼は更に顔を赤くさせて足を軽くばたつかせた。誰か来てもいいの？　と意地悪く問えばハッとして、それから首を振って離して、と懇願された。
　唾液が彼の手を滴る。余すことなく舐め続ける。
　びくびくと、震える体が可愛すぎてどうしようもない。かずまくん、と切なげに、舌たらずに制止の声。その声も熱を持つ。息も荒い。頬は上気し瞳からは涙が零れ、くにゃりと体が床に崩れた。

　ねぇ、困らせたいわけじゃないんだ。
　あなたが好きで、好きで、好きで好きで好きで好きで――――あなたの全てを、俺で侵(オカ)してしまいたいだけ。

「健二さん」

　ごめんね、あなたを愛してるんだ。



だから、俺の手でめちゃくちゃにされて？