「……良かった」
 優しい声と愛しさあふれる笑顔に、勝てないひとがまた一人増えた、と胸中で呟いた。
「わたしじゃ駄目だったんだよね。だから佳主馬が健二くんを守ってくれるなら、良かった」
 ふふ、と笑みをもらしながら、夏希は泣き疲れて眠る健二の髪を優しく撫でる。その微笑みは慈愛に満ちていて、彼女が少女から女性に成長しつつあることを感じさせた。
「……知ってたの?」
「健二くんけっこう解りやすかったからね」
 くすくすと笑って夏希は佳主馬に視線を移す。大人の女性へと、日々美しく凛々しくなっていく彼女の顔が真剣な表情に変わる。
「ちゃんと、幸せにしてくれる?」
「もちろん」
「覚悟はある?」
「ある」
「……命に代えても?」
「健二さんを一人にしたくないから、どんなことをしても二人で生きるよ」
「――――そう、」
 良かった。

 そう言って微笑む夏希に、曾祖母の面影が重なる。
「よろしく頼みます」
「良かったら見守ってて」
「もちろん!」
 薄暗い納戸で誓いが交わされる。
 佳主馬の腕の中、昏々と眠り続ける健二を二人で静かに見つめていたが、ふと今更ながら気がついた事実に佳主馬は眉を寄せた。
「ん? どうかした?」
「……まだ聞いてない」
「え?」
「健二さんから好きって、まだ聞いてない」
「…………がんばれ」
 ぽん、と肩に乗せられた手と夏希の同情のこもった声に、佳主馬はひきつった顔で肩を落とした。



 そしてその次の、次の日。

「おばあちゃんお誕生日おめでとう!」
「んで佳主馬もおめでとう! 良かったわね!」
「本当に、一時はどうなることかと思ったけどね」
「良く言うぜ、どうせ面白がってたくせに」
「それはお前もだろう?」
「あーあ、あたしも早く相手見つけなきゃかぁ……」
「よし夏希! あんたも一緒にがんばろっ!」
「えー、わたしはわたしで見つけるよ……」
「まぁいいじゃねぇか、今は祝いなんだからよ!」
「しかしそれじゃあ二世は期待できないわけか……」
「ほんっとそればっか!」
「エロ親父!」

 よく晴れた青空の下、明るい笑い声が響き渡る。
 朝顔に囲まれた栄の遺影の傍、健二は引きつった顔で隣の佳主馬に問いかけた。
「……あの、どうしてこんなに普通に受け入れられて……と、いうかバレて……」
「気にしたら負けだよ」
「あ、そういえば佳主馬、健二くんから返事はちゃんともらえたの?」
「うえぇぇぇ!?」
「チューしちゃいなさいよ、チュー!」
「今度こそ鼻血吹かないのよー!」
「やっちゃえー!」
「あのさ、幾らなんでもそれは……」
 相変わらず無責任な大人たちに佳主馬は呆れたようにため息をつく。
 恥ずかしがりで照れ屋の健二のことだ。夏希との時もそうであったように、また鼻血を吹いて倒れる可能性は否めない。
 しかし、ふとこちらを笑って見ていた夏希が驚いたように「あ」と口を開けた。その顔に首を傾げ――ついで、柔らかなものが頬に当たった感触に佳主馬は目を見開いて固まった。

「………………たしかに、まだ言ってなかったから」

 恥ずかしそうに赤くなりながら、それでも必死の表情で喋る健二は凶悪的に可愛い。
 暫く固まっていた佳主馬もつられるようにみるみるうちに顔が真っ赤に染まり――その様子を見ていた家族たちが爆笑する。

 遺影の中の栄もきっと笑っていることだろう。
 入道雲が浮かぶ暑い夏の青空のもと、こうして佳主馬は新たな繋がりを手に入れたのだった。




終わらない恋は、終わらない幸せに繋がって