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「さて、改めまして! 健二くん合格おめでとう!!」 「おめでとうー!!」 「まさか本当に東大受かっちゃうとわねー!」 「やるじゃない!」 「本当に凄いな健二くん! さぁさ、飲んで飲んで」 「ちょっと大助さん、健二くんまだ未成年なんだから無理に飲ませようとしないで!」 やがて佳主馬の一家や他の面々も到着し、夕食は大宴会と発展した。 健二が見事東大に合格したとなって皆が彼を褒める。侘助もどこか楽しげに「後輩ができたな」と呟き健二が嬉しそうに笑っていた。 「残念だな、是非健二くんには防衛大に入ってもらいたかったのに」 「防衛大なんて、健二くんが行ったらすぐにぶっ倒れちゃうわよ」 「そーそー、向いてない向いてない」 「僕もそう思います……」 理一の言葉に理香が笑い聖美も同意する。健二も本気か冗談か解らぬそれに苦笑で応えた。 「適材だと思うんだけどな」 「なぁに、それスカウト?」 「優秀な人材は早めに確保しておかないと勿体無いからね」 「優秀な人材なんて、そんな風に言われるほどのことなんてしてませんよ」 「なーに言ってんの。あんな問題を暗算で解けるなんて滅多にいないじゃないか」 「謙遜しなくてもいいじぇねぇか! 東大に受かっちまったんだから、お前さんはやっぱすげぇんだよ!」 早くも酒でほろ酔いになった万助が嬉しげに声をあげる。健二が受かったと聞いた時、船上にいた万助が喜び浮かれて踊り回り、危うく船の上から落ちかけたことは皆が知っている話だ。 皆からの手放しの賞賛に、くすぐったそうな、こそばゆそうな顔で健二は嬉しそうに笑った。 「ありがとうございます」 「おう! ほら食え食え! このイカはうめぇぞ!」 「万助じいちゃんはいつもイカなんだから!」 イカの大皿を健二のほうへ寄せる万助に皆が笑う。そのなかで微かに笑みを浮かべつつも、佳主馬は時折健二の様子を窺っていた。 ……一年前と変わらぬように見える。 けれども、ほんの少し――どことは言えずとも何かが違うことに佳主馬は気がついていた。 どこか、無理をしているような。わざと明るく振舞っているような、そんな違和感がある。最初は自分のせいかとも考えたが、観察しているうちにどうやら違うようだと思い直した。 笑っている。前と変わらぬへらりとした笑みで楽しげに笑っている。 けれどその笑みに少しの陰りがある。気がついているのはきっと佳主馬だけじゃない。たまに健二を心配そうに見る夏希も、聡い理一や侘助も気がついている。 何があったのかは解らない。けれど、確実に何かがあったのだ。 夏希の態度からそう推測して、佳主馬は刺身の皿に箸を伸ばしながら目を伏せる。この宴会が終わったあとのことを考えて、じっと思考にふけった。 「わぁ……可愛いですね」 「目元が佳主馬と似てるでしょ?」 「本当ですね。そっくりだ」 聖美の腕の中の佳喃を見つめ、健二は感動したように目をきらきらと輝かせている。 そんなふうに感動する健二のほうが可愛い、と思ってしまった佳主馬はたぶん間違っていない。 「健二くん凄く嬉しそう……」 「ありゃ娘が出来たら親馬鹿になるタイプだな。どうなんだよ、そこんとこは」 「やだ、変なこと言わないでよ!」 少し離れたところから健二を見守る夏希と侘助の会話が耳についた。赤くなって眉を寄せる夏希の姿に少し苦しくなる。 「なんだよ、関係ないわけじゃねぇだろ?」 ビールのグラスを片手に茶化す侘助の言葉に、夏希が返す言葉を聞きたくなかった。 僅かに唇を噛み締めながらグラスを持って納戸へ行こうとしたその時、しかし夏希が発した言葉に佳主馬はその場で固まった。 「……関係なくなっちゃった」 「……はァ?」 ぽつりと、哀しげな夏希の言葉に侘助が理解できない、というように目を丸くする。 「……どういうことだ?」 「健二君くんは悪くないの。……わたしが、駄目だっただけだから」 「なんかあいつがしたのか?」 「違うの! そうじゃなくて……わたしじゃ、健二くんを助けてあげられなかったの。守られてばかりで、守ってあげられなくて、それで……」 「……あいつ、どうかしたのか?」 「………………」 言い募る夏希に侘助が静かに問うも、夏希は少し俯いて何も言おうとはしなかった。 暫くその場で佳主馬も佇んでいたが、会話が続かないのを悟り歩き出す。 健二の異変の原因を、夏希は知っている。そして今の会話から察するに夏希と健二は付き合っていない。 そのことを嬉しく思いつつも、佳主馬はどこか気分が晴れなかった。それは健二にあった何かと、それがもたらした変化のせいだ。 あんなふうに寂しく笑う健二は、見たくない。 グラスを持って佳主馬は納戸へと移動する。健二に話しかけるタイミングが掴めないのだ。 ――――どう話しかけるか、落ち着いて考えようと廊下を進む佳主馬を見つめる視線に、佳主馬は気がつかなかった。 「ええ!? 明日帰る!?」 「ちょ、ちょっとどういうこと!?」 「また今年も栄おばあちゃんの誕生日までいられないわけ!?」 居間で上がった怒鳴り声に納戸から飛び出した。 足早に駆けつけると、健二が女性陣、むしろその場の皆に詰め寄られて困った顔をしている。何が起こったのかと訝る佳主馬の視線とこちらを向いた健二の視線が合い――ふい、と逸らされた。 「っ!!」 「どういうことなの!」 「その、僕前からOZの保守点検のバイトをやっているんですけど、そこでトラブルがあったらしくて……」 「そんなの佐久間くんがちょいちょいやってくれるんじゃないの?」 「佐久間、あの一件以来ただのバイトから主任に格上げされたんで忙しいんですよ」 眉を寄せる夏希に困ったように健二が笑う。 うそだ、と佳主馬は直感的に気付いた。 佐久間と連絡は取り合っている。 当たり障りの無い世間話程度だが、その中でも健二が現在佐久間と同じように主任に上げられて、それでいてこのところ根を詰めていたので休みをとらされた、とここに来る前に聞いていた。 もし健二が必要になるようなトラブルがあったのならば佐久間から何らかのアクションがあるはずだ。それがないということは、健二の言葉には嘘がある。 そして、佳主馬との視線を逸らしたのは。 ――――原因は佳主馬にあると自白したも当然だ。 「なんとかならないの?」 「ちょっと……」 「……まぁ、みんな落ち着いて。健二くんだって好きで帰るんじゃないんだし、そんなふうに詰め寄るのはやめてあげないと」 苦笑しながら紡ぐ理一の言葉に、詰め寄っていた夏希や万里子、直美たちが肩を落として下がる。 すまなそうにする健二に夏希がひとつため息をついて苦笑した。 「……仕方ないか。でも、来年こそは絶対だからね!」 「は、はい!」 夏希の勢いに押されるようにして健二がこくこくと頷く。それを見て少し落ち着いたのか、万里子たちは台所へと戻っていった。 残念がる子供たちに群がられる健二を見ていると不意に視線を感じる。そちらを向くと理一が笑みを浮かべて佳主馬を見ていた。 「……なに」 「いいのか?」 「何が」 「気付いているんだろう?」 柔らかな笑みを浮かべる理一の瞳の奥に、不穏なものを捉えて佳主馬は目を眇める。 「なんのこと?」 「知らないふりをするのは良くないよ」 「……そういう言い方する理一おじさんも大概じゃないの?」 挑戦的に口の端を上げながら言い返すと、理一は一層笑みを深めて笑った。 「いや、佳主馬も貫禄が出てきたなぁ」 「俺も陣内家の人間だからね」 「……ん? 佳主馬、いつから俺って言うようになったんだい?」 「さぁね」 首を傾げる理一に笑って、佳主馬はその場に背を向ける。 そうだ。 佳主馬は陣内の、あの偉大なる曾祖母の血を受け継ぐ子供だ。 陣内家に半端な人間はいらない。 そうでないと守りたいものを守れない。あの夏に、それを佳主馬は確かに学んだ。 尊敬する祖父も言う。 陣内の男は、強くなくてはいけない。 覚悟を決めてここに来たはずだ。終わりにしようと決めてきたはずだ。今まで先延ばしに、ずるずると引きずってきた想いに決着をつけようと決めてやってきたのだ。 いまさら怖気づいてどうする。 ――――佳主馬の戦いは始まってもいない。 あの夏の日から燻る火種を、戦になりそこねの想いを合戦へと昇華させるべく来たのではなかったのか。 負けてない。でも勝ちもしない。まだ何も始まってなどいなかったのだから。 廊下を進む佳主馬の目が、鋭い光を放つ。 それはまるで、ラブマシーンへと立ち向かった時のキング・カズマの瞳にそっくりであった。 |