オトナの味
彼が風呂上りに冷蔵庫から取り出してきたものを見て、少し苦笑せざるをえなかった。 「……ほんと、似合っちゃうから困るよねぇ」 「なにが?」 それ、と指で指し示せばああ、と得心がいったように佳主馬が頷いた。そのままプルタブに指をかけるとぷしゅ、と空気の抜ける音がする。慣れたように口をつける彼の、もう見慣れた姿に諌めるべきか少し悩んだ。 「ほどほどにね?」 「一本ぐらいじゃ酔わないし」 「そうだけど……佳主馬くん、まだ未成年なんだから」 当然のように蓋を開けた缶――ビールを飲む彼はまだ高校二年生、十七歳なのだ。今時未成年の印飲酒など特に珍しくもないし、そもそも夏の陣内家では平気で佳主馬にも酒が振舞われるのだからいまさらではある。かといって、一応年長者である手前、何も言わずにはおられない。 そんな健二の心境を解っているのか、佳主馬はくすりと笑い髪をタ首にかけたオルで拭きながら隣に腰を降ろした。 「大丈夫だよ。これ一本だけにしておくから」 「うん。……に、しても」 よく飲めるよねぇ、と零せば佳主馬が不思議そうに健二を見やる。 「そういえば、健二さんビール飲まないよね。日本酒は飲めるのに」 「日本酒だってあんまり飲むわけじゃないけど……。ビールって苦いんだもん」 日本酒は少しぐらいなら大丈夫になった。(ならされた、というべきか)しかしビールはどうしても苦手なのだ。あの独特の渋みというか苦味というか、とりあえずそんな味が好きではない。 むしろ飲むならカクテルとか果実酒とか、甘い味を好む健二は未だにビールが飲めなかったりする。 「健二さんのほうが俺より大人なのに」 「ううう……苦手なものは苦手なんだよ」 恨めしそうに缶を見やる健二に、佳主馬はくすくすと笑みをもらした。 ――――まったく、本当にかわいいひとだ。 夏希だって平気で飲んでいるというのに、健二は本当にビールだけは受け付けない。焼酎だってウィスキーだって、量は飲めないけれどほんの少しなら大丈夫だ。なのに、ビールだけは駄目。 ああ、カクテルも苦いもの――ジンなどは駄目だった気がする。だけれどジン系は飲めない人も多いし、一般的なビールと比べたらやっぱり不思議に思うところだ。 まぁどちらかというと甘党な健二なら仕方が無いのだが――と、そう思ったところでふと頭を掠めた考えに、にやりと佳主馬は笑みを浮かべた。 「……健二さん、そんなにビールって苦い?」 「え? う、うん……」 「じゃあ――――」 きょとん、と首を傾げる健二の肩を引き寄せ缶を煽る。そして無防備に見上げてくる顔に近づくと、そのまま唇を重ね合わせた。 「〜〜っ!?」 途端に健二の顔が真っ赤に染まる。もう何度もしているというのに反応が初々しい健二に佳主馬は笑う。引き寄せた肩から後頭部に手を回し、少し傾けさせるとそこにビールを注ぎ込んだ。 「!!」 抱き込んだ肩が跳ねる。ぎゅっと瞑られた目蓋が嫌だと解りやすく訴えている。けれど佳主馬は健二を放さずに、そのまま口内へと舌を潜りこませた。 ぴくん、と先ほどとは違う反応で体が震える。温くなったビールは美味しいとはいえないだろう。佳主馬の舌が健二の口内の中のビールを掬うように動き回り、上顎や歯列をなぞった。そのたびに健二の目元がうっすらと朱に染まっていく。ちらりと開けた目でそれを視認しながら、佳主馬はビールが口内から無くなると、ゆっくりと健二の唇を舐めて舌を吸った。 合わさった唇が、腕の中の体が熱い。じんわりと熱をもってくる体にこのまま雪崩れ込みたい欲求が湧き上がるが、やはり一応は聞いてみるべきかと名残惜しげに唇を離した。 「ふ、ぅ……あ……」 「……どう?」 「どう、って……?」 はふり、と空気を吸い込む健二に問いかけると彼は不思議そうに首を傾げる。潤み始めた瞳にいたずらっぽく笑うと、佳主馬はそっと耳元に低い声を流し込んだ。 「――――ちょっとは、甘くなった?」 「……!!……」 はくはくと口を開閉させた健二はまるで金魚のようだ。可愛らしい反応を見せる年上の恋人に思わずニヤニヤしていると、健二はうー、と恨めしげに唸る。そんなところも可愛くて、佳主馬は健二をひざの上に抱え上げると赤くなった顔を下から覗き込んだ。 「で、どうなの?」 「…………き、気持ち悪いかも、だけど」 「うん?」 おずおずとまだ赤い顔でしどろもどろに喋る健二の背中を叩き、佳主馬は優しく促す。すると健二が、ぎゅっと佳主馬の肩を掴みながら恥ずかしそうに呟いた。 「……佳主馬くんが甘いから、ビールの味なんて、わかんなか、った……」 「……………………」 ほんとにどうしようかこのかわいいイキモノ。 「ご、ごめん、やっぱり気持ち悪い……」 「健二さん」 「は、はい」 「ごめんもう無理」 「え?」 「――――いただきます」 状況についていけない健二を抱いて後ろのベッドに移動する。 目を白黒させる健二を押し倒すと、佳主馬は中身が半分以上残ったままのビールも忘れて、甘い甘い恋人を味わうことに決めた。 世界でいちばん、甘いもの |