変わったんじゃなくて壊れたんです。

恋して候

「池沢、恋でもした？」
「…………………………は？」

　その時の僕は物凄く胡乱げな顔をしていた……と、思いたい。
　なにしろ内心では、うっかりあの人の笑顔を思い出してしまって心臓が全力疾走していたのだから。

「……いきなり、なに」
「だってお前、夏休み終わってからなんかとっつきやすくなったからさ。恋したら変わるって言うだろ？」
「くだらないこと言う前に自分のほうをどうかしたら？」
「くっそー、どうせ俺はお前みたいにモテたりしねぇよ……！」
　中学生に上がってからはイジメなんかは無くなった。でも特に友達がいるわけでもない。
　今話してるヤツは何故かよく構ってくるけど、かといって仲が良いとは言えるかは微妙だ。なにしろ僕からすれば居てもいなくても別段気にしない人種なのだから。
　モテる、と言うけれど自分にとってはそんなことどうでもいい。周りの顔もしらない有象無象に好かれるよりも、好きな人に好いてもらえる方がいい。
　でも、今あの人にそんなことを言ってみても――――「僕も佳主馬くん好きだよ！　なんか、弟みたいで」とか全力で嬉しくないことを微笑みながら言うに違いない。……想像したらちょっとヘコんだ。

　ヘコむ、だなんて。
　そんなことを考える日が来るとは思わなかった。

　同性だから、とか４つ年下だから、とか夏希姉ちゃんが好きな人だからとか色々考えたけれど、どうしようもなかった。
　メールがくればドキドキするし、チャットや電話をしていると楽しいし時間が経つのが凄く惜しい。時が止まってしまえばいい、とさえ思う。(実際止まったら何時まで経っても子供のままだから困るけど)毎日のようにOZで会ってはいても、やっぱりリアルで会いたくなる。
　近付きたい、傍にいたい、離れている距離がもどかしい、だなんて今までなら考えられなかった。
　あのどこか頼りない、けれど優しい笑顔を思うと暖かくなる。もっともっと、と欲が溢れ出す。
　夏希姉ちゃんはあの人が好きなのだろう。けれど良く観察してみれば、あの人から夏希姉ちゃんへのそれはどちらかというと憧憬とか羨望だとか、憧れに近いもので。
　まだ正式には付き合ってないらしいから、望みはあるかもしれない。
　今からたくさん勉強して(してたけど)高校は東京に行こう。あと二年頑張ればあの人の傍に行ける。ああ、両親も説得しないと。
　幸い金銭の心配はない。マーシャルアーツの契約諸々で、中学生が持つにしてはおかしいぐらいの金額を貯めていることは両親だって知っている。それを何かに使うこともなく、逆に呆れられているくらいなのだし大丈夫だろう。
　その頃には背だって伸びてる。あの人よりも背も体格も大きくなって、簡単に抱きしめられるくらいになってる、はずだ。そうでないと困る、いろいろと。
　そうして高校に受かったら、告白しに行くのだ。
　もちろんそれまでにちゃんとアタックだって怠らない。目下の目標は今年中に５センチ伸ばすこと。三年の冬までに目指せプラス１５センチ。
　健二さんはきっとあの童顔で小さいままだろう。夏希姉ちゃんとほとんど変わらないぐらいなのだし。もう成長期だって終わってしまったようだし、二年後だってきっと変わらないまま――――

『佳主馬くん』

　……あの優しい声で、呼んでくれると嬉しい。
　そうしてこの想いを受け止めてくれたなら。
　いつだって、どんな時でも思い出すのは柔らかで嬉しそうでかわいい笑顔。

　やっぱり好きだなぁ、としみじみ実感した。

「………………池沢」
「なに」
「お前、気づいてねぇの？」
　なんだか、物凄く微妙な……むしろ引き気味な顔で名前を呼ばれて訝しげな視線を向けた。
　すると、彼はこほんとわざとらしくひとつ咳をして。

「鼻の下、気持ち悪いくらい伸びてる」

　僕の思考やキャラクターやプライドその他諸々をこうも粉々に粉砕するなんてさすが健二さん！！
　と、少々現実逃避をはかった。

だって、好きなんです！！