Passion handed down from finger touch

 君の指先が僕にふれる。ためらいもなく近付いてくる。
 王者とただのファン。他人。高校生と中学生。大学生と高校生。近付くはずのなかった数百キロの距離が数メートルになり、そして最後にはゼロになった。それが嬉しくて、でもどうしていいかが解らなくて戸惑う。
 嬉しい、ドキドキする、ふわっと心が宙に浮くような浮遊感。飛び跳ねる心臓が着地点を探して転がっていく。でも、それと同じくらい怖い。飛び跳ねて降り立った場所が、底なし沼の上だったら。
 臆病になって逃げて、逃げて。それでも君は躊躇わずに触れてきて。心と体は反比例する。
 僕はずるい。嬉しいのに、このドキドキが解らなくて君から逃げてしまう。
 なんなんだろう。この気持ちはなんだろう。触れたい。触れてほしい。もっと、もっと近くまで。
 君との距離が縮まっていく。怖い、逃げたい、離れたい……離れたくない。
 君の、そばにいたい。

「好きなんだ、健二さん。……あんたのことがずっと、ずっと前から」

 ――――そんなの、僕だって。
 ずっとずっと前から、誰よりも君にどきどきしてるんだ。

 僕よりも十数センチも高くなった身長。ほんの数年前は見下ろしていた高さが、今では反対になった。
 昔、俯く君の顔は僕からは見えなかった。どんな表情をしているのか、隠れて見えなかった。でも今は見下ろされているのは僕のほうで、だから君がどんな顔をしているのかも解る。
 唇を噛み締め君は僕の答えを待ってくれている。少し寄せられた眉、強張った表情。
 硬く握り締められた拳は昔のように細くない。節が目立った強く、優しい男の人の手。僕なんかよりもしっかりした誰かを守れる手。
 僕は怖かったんだ。君のその手が僕に触れたら、僕の弱さや臆病なところが君を汚してしまうんじゃないかって。僕の抱えているこの気持ちも伝わってしまうんじゃないかって、僕はずっと怯えてた。
 でも、いいのかな。この手は君に触れていいのかな。君が僕に触れても、君に害を与えることはないのかな。
 この気持ちを君に伝えても、いいのかな。

 怖かったことを恐る恐る口にすれば、君は呆れたように目を瞬かせてため息をついて。
 それから僕の一番好きな笑顔で、笑ってくれた。

「……なに考えてんだか。駄目なわけないでしょ」
 触ってほしいのは、触りたいのは俺のほうなんだから。

 君の腕が僕に回る。押し付けられた、僕なんかよりも逞しくて広くて暖かな胸。ぎゅっと僕を包み込む腕。
 人の温かさが、君の暖かさがじんわりと僕に染みこんで。嬉しい気持ちが溢れていく。
 こみ上げる想いが熱い涙に変わってしまっておろおろしていたら、それを見つけた君は本当に嬉しそうに微笑んで、僕の目元にキスをした。


「――――ありがとう。俺を好きになってくれて」


 その言葉は、僕のほうこそ言うべきなのに。
 ますます涙がこみ上げて涙腺が壊れてしまったようになったから、それでも嬉しいのだと笑いながら伸び上がってキスをした。

 いつか、君にどきどきしすぎて殺されちゃうんじゃないかなって。
 そんな馬鹿なことを考えたのは、ないしょ。



体温が教える、愛しさ