もっと近く、隣に、傍に居たいだなんて思わないし、思えない。そんなことを自分は考えてはいけないから。
 あの人の隣にいられたら、どんなに幸せだろうか。きっと毎日が楽しくて、目も眩むほどの光に包まれて。笑う彼の傍で、自分も笑えたら。どんなに。
 でも彼は探偵で、自分は怪盗で。
 正反対の立場。
 裏と表、昼と夜。間違いなく相容れるはずのない関係。
 追われる者と、追う者。
 受け入れて貰えるはずなんてどこにも無い。



*****


(何で、こんなとこいるんだろ……)

「それで被害者の家族は?」
「はい。今は別室で一人ずつ話を聞いて……」
 ここ何ヶ月かほどですっかり聞きなれてしまった捜査一課の警部の声に、刑事に扮した快斗はこっそりため息をついた。
 今日は出張らしい刑事の顔を借りて警視庁に潜り込んだはいいものの、この刑事は一課の刑事だったために事件が起こってすぐ、他の刑事に捕まってしまったのだ。
 幸いセッティング自体は終わっていたから、ここでどろんと消えても構わない。けれども怪盗が警視庁に堂々入り込んでいる、というこの手に気がつかれたら困るのだ。(一部気付いていそうな人物もいるが)
 そんなわけでさっさと帰りがたいがために上手く捜査を手伝いながら、ふと真実を見透かす蒼い瞳を思い出した。

 彼がここに来たら、どうしようか。
 バレてしまうだろうか。彼の目をごまかせる自信は正直、無い。
 最初は気が付かれなくても、同じ空間にいればそのうち気付かれてしまうだろう。……だからといって捕まるとは考えていないのだけれど。彼は現行犯じゃないと捕まえないから。
 まぁ、ある意味――怪盗はとっくのとうに名探偵の魅力に捕まっているのだけれども。
 ああでも、少しでも見ることができたら嬉しいかもしれない。
 ここ最近はキッドの現場にも来てくれないから、通学途中の道の向こう側でこっそり見ているしかないのだ。
 彼の隣にいつもいる、幼馴染の少女が羨ましい。当たり前のように傍にいて、彼と話して一緒に笑って時を過ごして。何の気兼ねもなく、無条件に許された位置にいる。
 でもそう思うことはこの想いが抑えきれなくなっていることの証で。それは、とてもまずいことなのだ。

『いいかげん、正体明かすでも何でもいいから何かして、もっと近付いたらどう?』
『私が近付いたら、名探偵のご迷惑になりますから』
『彼なら受け入れると思うけど』
『……だからこそ、ですよ』
『え?』
『ひとつ許されれば、もうひとつ。それが許されたらまたもうひとつ……そうやって、求めてしまいそうになるのが嫌なんです。名探偵は優しいから、こんなこそ泥のお願いも聞いてくれたりするかもしれません。でも、もしそのせいで名探偵に何かあったら――そう考えると、私はとても怖いんです』
『……あなたも、臆病な人ね』
『ええ。私はとても臆病で、そして罪に汚れた人間なんですよ。こんな人間、あなただってあの人に近づけさせたくないでしょう?』
『……………………』
『……ドクター?』
『…………ほんと、馬鹿って手に負えないわよね……』


 解っているのに、心は君を求めてやまない。
 そばにいたいよ。




“あなたへのきょり”




 それでも、君に近づきたい。



■本の中から一部抜粋です。快斗が最初鬱々としてて困った。(笑)