「銀ちゃーん？　……銀ちゃん？どうしたアルか？」
「……ぅぅぅ……」
「あら神楽ちゃん。銀さんがどうかしたの？」
「姉御ォ！　銀ちゃんが全然動かないネ。まるで屍みたいアル」
「え？　具合でも悪いの？」
　机に突っ伏して微動だにしない銀時を見下ろし、妙は首を傾げた。
　普段、賞味期限切れのプリンやらクッキーやらを食べても平気な顔をしている銀時がそう体調を崩すとも思えない。眠いだけじゃなかろうか、と訝しみながら耳を近付けながら声をかける。
「銀さん？」
「……ぃ、たぁ……」
「いた？」
「……いた、い」

　痛いよぉ……。

　か細く、庇護欲を煽る声。
　シクシクと力無いすすり泣きまで聞こえてきたのに妙は目を見張った。
　大怪我をしても泣くどころかピンピンしてるような彼女が、泣くほどの痛み？
「やだ、ちょっと銀さんっ？」
　宥めるようにふわふわと跳ねる髪を撫でながら妙は神楽と顔を見合わせた。
　うずくまる銀時は確かに具合が悪そうだ。何処が痛いのかは具体的には解らないが、ともかく、と軽く肩を叩いて彼女の注意をこちらに促す。
「銀さん、どこが痛いんですか？　保健室、いきます？」
「…………はら……」
「銀ちゃん腹痛アルか？」
「お腹……変なもの食べたりしてません？　落ちてたもの拾って食べたりとか」
「食ってねぇ……」
　声を出すのすら億劫そうな銀時に神楽が心配そうに寄り添う。ただの腹痛というわけでは無さそうな様子に、妙は他に腹痛の原因となるものを考え始める。食べ過ぎ、拾い食いでもなければ――――

「――――オイ、銀時」

　その時、思考を遮った低い声に妙は目を瞬かせた。

「高杉くん？」
「志村、これ持ってろ」
「え？」
　高杉からミネラルウォーターのペットボトルと錠剤を押し付けられ、妙は反射的にそれを受け取る。
　高杉は直ぐに銀時に近寄ると優しい手付きで背中を撫でつつ、机から起きあがらせた。起き上がった銀時の顔色は真っ青で力無く、神楽は心配そうに彼女へと近寄る。
「ほら、これ飲め」
　妙に渡していた錠剤とペットボトルを受け取ると、高杉は銀時の体を支えながら錠剤を口元へ運んだ。うっすらと目を開けた銀時が声もなく錠剤を口に含むと、ペットボトルを傾けて水を飲ませる。
　晒された白い喉がこくりと動き嚥下したのを確認すると、高杉は銀時の腹を労るように優しく撫でた。
「時間が経てば効いてくるだろ。……保健室行くか」
　言うが早いか、高杉は力無くもたれかかってくる銀時の腰と足に手を伸ばすとその肢体を持ち上げる。まるで子供を抱き上げるような体勢で腕に座らせると、銀時がもそもそと動いて高杉の首に腕を回した。
「あ、あの……高杉くん？　銀さんどうしたの？」
　てきぱきと銀時の世話をやく高杉を呆然と見ていた妙だったが、さすがにこのまま連れて行かれたのでは疑問が残る。教室を出ようとする高杉に問いを投げると、高杉は少し振り返ってため息をついた。

「大したこたねェよ。ただの生理痛だ」
「……え」

　生理、痛？

「今日が一日目だろうからな。コイツ、たまに生理痛重い時あんだよ」
「そう、なの……」
　慣れたように喋る高杉に、妙は言葉を失う。いや、返す言葉が見つからないと言ってもいい。
　だって、なんで。

「どうしてお前、銀ちゃんが生理って気付いたネ！」
「神楽ちゃん……」

　銀時を抱える腕をジト目で見ながら神楽は険のこもった声を投げかけた。
　高杉は面倒そうに眉を寄せつつも律儀に答えを返す。
「どうしてって……コイツの生理周期は把握してっからな」
「ええ！？」
　今度こそ妙は驚愕の叫びを上げた。……まさか、まさかとは思っていたがこの男。
「銀さんの生理周期まで記憶してるなんて……」
　おかしいだろう。普通。
　だがそんな妙の心の声にはさすがに気付けないのか、高杉は肩を竦め平然と答えた。


「幼なじみだからな」


　そう言って腕の中の少女を抱え直すと、肩口に顔を押しつけていた銀時の頭が僅かに動く。ふわふわと綿菓子のように揺れる髪を撫でながら、背中をあやすように叩いて顔を近付けた。
「大丈夫か、銀」
「…………」
「ばァか、いちご牛乳で生理痛が治るかよ。いいから寝てろ。保健室まで連れてってやっから」
「……、……」
「帰りは後ろ乗せてやるよ。それともタクシー使うか？」
「………………」
「つったって、確か先生は一昨日から講演で明後日までいねェだろうが。……はァ？　なんで知ってんのかって、ンなの先生にオメーの世話頼まれたからに決まってるだろ。……ア？　いいから寝てろ。文句はテメェの具合が良くなったら聞いてやっから」

　銀時の声は聞こえない。ただ高杉の受け答えが柔らかく響き、そのまま二人は教室から姿を消す。

　そんな二人を黙って見送り。
　妙は無言で傍にいた男子二人へ錆付いたような動きで振り返り……そうして、眉を潜めながら静かに問いかけた。


「あれで…………………………付き合ってない、のよ、ね……？」


「当然だろう。あんな万年中二病男に我らの可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いかわ…………っいい銀時はやれん！！！」
「アハハハー、まっことのことちや！　ぶっちゅう(同じ)屋根の下に二人きりでいようとお姫様抱っこがデフォルトくじゅうててもあの二人の仲はまっさらに清いままちや！」
「信じられないわ……」

　二人が出て行った後をもう一度眺め、妙はもう一度呆然と呟いたのだった。
　そして明日も同じような光景を目にし、段々と(未)ばかっぷる耐性ができていくのを、まだ彼女はしらない。(爆)



“ブルー、スウィート・ブルー”