「…………足りねェ……」
「はい?」
 突如零された呟きにまた子は目を瞬かせた。



愛と憎しみは紙一重って言うけど妬みと尊敬も紙一重だと思う



 眉間に皺を寄せてチッと舌打ち。超絶不機嫌です、という表情を隠しもせずに煙管を軽く噛み、煙草盆へ灰を落とす高杉に彼女は困惑気に首を傾げた。
「晋助様ァ?夕飯足りなかったっスか?それなら今酒と一緒に持ってこさせますけど……」
「違ェ」
 すっぱり切り捨てるような物言いに傍にいた万斎も眉を潜めた。
 いったい、何が足りないのだろうか。資金? 人材? 着物? いや、どれも今は潤沢なはずだ。人材はどうあっても不足しがちなのは否めないが、そんなに苛々するほど足りていないわけではない。
 何が敬愛する主の気にそぐわないか検討もつかず、また子は困ったように万斉を見やった。その視線を受けて、ひとつため息をつくと万斉は高杉に声をかける。
「……晋助。一体何が足りないのでござるか。ただ足りないとだけ言われてもどうしようも――――」
「銀が足りねェ」
「………………は?」

 低く、そして苛立たしく紡がれた言葉にまた子と万斉は硬直した。

「……銀って……白夜叉っスか?」
「……そういえばここ三週間、会う時間が無かったでござるな……」
 白夜叉、つまり坂田銀時は高杉の超溺愛する恋人である。それはもう『テメェが俺のモンにならねェんなら殺してやるよ』なんて素で言うような。正直ヤンデレ過ぎて思わず万斉もまた子も引いた。
 つまり、彼が言いたかったのは「恋人が足りない」と言いたかったのか――それに気がつくと、また子と万斉は顔を見合わせて少し笑った。
 稀代の超過激派テロリストも恋人の事となるとまるで少年のようだ。なかなか忙しくて会えていないことを『足りない』とは可愛いことである。
 そんな高杉が微笑ましいやら、白夜叉が妬ましいやらでまた子は複雑そうな顔だ。
 彼女の頭を宥めるように叩きつつ、万斉は苦笑気味に口を開いた。
「晋助、それなら――――」

「あの白ぇ肌にかじり付いてそこら中キスマークだらけにしてやりてェ。体中嬲って感じきってドロッドロにしてやってから突っ込むと悲鳴あげて可愛いんだよなァ……。下から突いてやんのも悪かねェが後ろから突いてやると嫌がって締まりがよくなるし、顔が見たいって泣いて強請ってくるのも見たいよなァ。ああ、いっそのこと縛ってやんのも面白ェか。バイブ突っ込んで放置プレイでもすりゃ欲しがって泣き出すんだろうし、ほんとにアイツの顔は嗜虐心そそるよなァ……ああやっぱり足りねェな。明日辺り江戸行ってくっかァ――――」

「白夜叉逃げて超逃げてエエエエ!!!! 晋助様から逃げて白夜叉アアア!!!!」
「…………苦労するでござるな、白夜叉……」

 その時分、江戸にいる銀時がくしゃしみをしたかどうかは定かでは、ない。



「白夜叉。和三盆の落雁と栗ようかんっスけど食べるっスか?」
「へ? いいの!? 食う!」
「どうぞっス……」
「いっただきまーす! ……うまっ! あーやっぱ金持ちのとこは食べてるモン違うねぇ……あー、幸せー……」
「………………」
「……って、え? また子ちゃん? え、え、え!? どしたの!? 何でいきなり泣いてんの!?」
「白夜叉……ッ! アンタ、やっぱり凄いんスねェ……! あんな、あんなにたくさんえげつなく鳴かされてんのに、そんな空元気……! 尊敬するっス……!!」
「へ、えええええええ!? ちょ、また子ちゃん!? 何言ってんのつか何聞いてんのおおおおお!?」

 それからまた子や万斉が銀時を半ば尊敬の眼差しで(または憐れみをこめて)見るようになったことも、言うまでも、ない。


“愛って重い。(でも、シアワセですか?)”