「坂田先輩!! どうか俺と付き合ってくださグホゲハアアアァァ!!!」

 突然目の前に飛び出してきたかと思えば滑るようにして遠ざかっていく。いや、実際滑ってるのかこれわ。まるでボウリングのピンみたいに転がっていった男子に周りからどよめき。
 あー、これモロに顔からいったな。アスファルトだし痛そ。
「茨城ー!! しっかりしろ!」
「だっから諦めろって何度も言ったじゃねぇか……!」
「衛生兵! 衛生兵ー!」
 そういえば『先輩』と言っていたからどうやら後輩のようだ。
 アスファルトを滑っていった男子は、ケツを突き出した間抜けな格好のままピクリとも動かない。屍のようなその子の腕を両脇から抱えて、友達らしき男子たちが急いでその場を離れていく。
 そんな男子学生たちをぼんやり見送っていたら後ろから腰を抱かれた。慣れた仕草で回してくる腕に引き寄せられて振り仰げば、そこには朝から不機嫌そうな凶悪面が。
 その原因も何もかもを知っているから笑顔で挨拶をした。
「おっはよー晋ちゃん」
「…………おはよう、銀」
 ぶっ飛ばされた少年を見送って眇められていた隻眼が、俺を見た瞬間に甘く溶ける。
 その瞬間を見てしまって思わず頬が緩んだ。と、いうかニヤけた。
「どうした?」
「えへへー、なんでもない!」

 愛されちゃってるなぁ俺!

 照れ隠しついでに腕に抱きついたら引き結ばれていた口元がふっと綻ぶ。そうしてくしゃくしゃと今日も相変わらずあちこち跳ねた天パを、優しく撫でられた。
 くっついたままじゃちょっと歩き辛い。でもこれから一日離れなきゃいけないことを考えたらギリギリまでくっついてたいのだ。本当は一日離れてるのだって暴れだしちゃいたいほど嫌なのに。
 ……いや、まぁ。そもそもクラス分けが決まった時に、隣の人がブリザード出して入学式がシベリア並みになっちゃったことを思えばもうする気は起こらないけど。さすがに俺はそこまで非常識じゃない。
「変なことされてねェか?」
「何にも! そもそも、あの子が全部言い切る前に晋助がぶっ飛ばしちゃったじゃん」
「仕方ねェだろ」

 ――――お前に愛を囁いていいのは銀河系で俺だけだ。

「そう、だね」  そんなことを、真面目に言う晋助が嬉しくて可笑しくて笑う。口でも態度でも、俺のことが好きなんだ、大切なんだって示してくれるのが嬉しくてたまんない。
 ……でもさぁ晋助。世界ならともかく、銀河系はなくね? お前ってそういうとこ中二病っぽいよな。いや、嬉しいけど。嬉しいけど、ちょっとだけ引くかも。いや嬉しいんだよ本当に!! ちょっと、ほんのちょっと恥ずかしいだけで!!
 学校まではあと十数メートル。そういえば、高校に入って人生で初めて晋助とクラスが別れちゃったんだよね。まぁ来年は「俺と銀時を引き裂いたこと、後悔させてやる……」って晋助がホラー映画の悪役みたいな顔で言ってたから一緒だろうけど。
 でも、もちろん寂しくないわけじゃない。
 授業中ふと教室を見渡しても大好きな黒髪サラサラヘアーは無いし、綺麗な深い常盤色の瞳は俺を映さない。あの瞳に映る自分の姿が凄く貴重なんだって気がついたのは、一昨年のことなんだけど。
 過ぎった考えに少し落ち込んで俯いてたら、チュッと小さなリップ音。
 驚いて目を瞬かせて上向くと、晋助が俺の髪にくるくる指を絡めてキスしてた。

「銀時」
「晋助?」
「……愛してる」

 そっと耳元に落ちてくる甘い、低い声。
 愛しさが込められたその声が嬉しくて、少しだけ涙が出そうになって。誤魔化すためにもっとぎゅっと強く――――離れないように、抱きついて笑った。

「俺も晋ちゃん愛してる!」
 世界で一番、晋助が好きだよ。



「……おーおー今日もラブラブやっちゃなぁ……」
「く……っ! あんな顔だけイケメン男の何がいいんだ銀時!! 見かけはいいが中身は末期中二病患者だぞ!?俺☆最高とか思ってる俺様男の何がいいんだあああ!!」
「いやー晋作もおんしばあにゃ言われたくないと思うぜよ」
「あああ可愛い可愛い俺の銀時が汚されていく!!」
「あいつらここが公衆の場ちゅうこと忘れちゃおらんかのう……」

 今日もバカップルは絶好調に馬鹿っぷるなようで。


“いつでも君に首ったけ!”