「美味い?」
「美味い」
「そ」


けぶる月夜に映り見えるは




 珍しく正々堂々と――いや、正々堂々と来るほうがおかしいのだけれども、しかしそのほうが楽なことには変わりない――玄関からやってきた昔の仲間、現時点で枝分かれした道の後方を何時までも見つめている男、に湯呑みを差し出した。
 温かい番茶が入ったそれを手に取るとぐい、と流し込む。一瞬寄った眉根に火傷でもしたかと思ったが直ぐにそれは消えた。意地っ張りでかっこつけな男はこういう時酷く不器用だと思う。
 白飯も総菜も味噌汁も食べ干して掌を合わせたやつに笑った。本当に、変なところで律儀な野郎だ。
 そうして二杯目の番茶を飲み干しようやっと、晒された片目がこちらを向いた。
「どうしたの」
「……寝るぞ」
「はい?」
 唐突にかまされた宣言に思わず固まった。その隙をついて腕を取られる。そのまま座敷まで引っ張り込まれ、敷きっぱなしの布団の上へ転がされた。
「……ちょっとしんちゃん、いきなり何すんの。食べて直ぐに寝たら豚になるってこと知らないの。つか、これでヤろうってならどんだけ本能に忠実なの。食欲の次は性欲とかどんだけぇー」
「……馬鹿か?」
 見下ろす瞳が呆れたように眇められるのにイラッときた。
「お前喧嘩売ってんの」
「本当のこと言ってるだけだろ。……幾ら俺でもな」
 さらりと髪に指が絡められる。見下ろしてくる目が優しさを帯びたことに――そしてそれがもう随分見ていなかった、けれど懐かしい表情だったことに、不思議と肩の力が抜けた。
「弱ってる兎を喰う趣味はねェさ」
「……何言っちゃってんの、お前」
「自覚してねェのかよ」
 ついにポエマーになったか。中二病も末期か。そんなことを考えていたら今度こそ憐れみに似た視線が向けられてむず痒くなった。
 その視線は苦手だ。
 思い出すのは――――まだ何も失うことはないのだと、信じていたかったあの時間。
「寝てないんだろ」
 ガキ共にはまだ気付かれてねぇかもしんねェがな、
「お前のソレは解りやすいんだ」
「……ったく……お前って嫌な男だよな」
「イイ男、だろ?」
 ニヤリと笑みを履く唇が無性にムカついて、噛みつくように口付けた。本当に――嫌な野郎だ。
 こんな時だけ誰よりも早く察して駆けつけるだなんて、本当に、タチの悪い。
 切れ切れの声の合間にそう呟けば、酷く愉しげな声が耳朶を打つ。
「当たり前だろ、」

 テメェは俺の獲物だからな。

 ……とっくのとうに捕まえられてません?
 なんて聞けば、少し眉根が歪んで「捕まえられた試しもねェよ」とため息混じりで返されて。それが何故か可笑しくて、のし掛かる男の背中へと腕を回した。



“傍にいるのが日常ではないからこそ、気付けるものもあるのだと”