男にしておくには勿体無いほどの真白い肌。普段は少し濁った、けれどその実鉄火場となれば誰よりも煌めき、透き通る紅い瞳。
 ふわふわの銀髪だとか、引き締まってるように見えて華奢そうな肩だとか色々 目を引くところはあったのだけれど。
 ――――これは、まさかの事態。



月夜に跳ねる




「……あんまりジロジロ見ないでくれる?」
 なんか減る気がすんだけど。

 呆れ混じりの言葉にも、咄嗟に反応出来なくて馬鹿みたいに呆けることしかできなかった。
 そりゃ、これで女なら極上と思ってたのは事実。別に性別なんてこだわらないから女じゃなくても好きだったし、いつか自分のものにしてみせるとは思ってた。
 でも、まさかこれは。

「……くしゅっ」

 小さなくしゃみが聞こえたのにハッとして、慌てて上着を脱いだ。夜は冷える。
 そのまま彼の――いや“彼女”の肩にそれをかければ小さな礼のあとに、彼女はいそいそとそれを着込んだ。
「あー、でもやっぱりちょっと小さいか」
 いくら女性とはいえ自分と彼女との差は十センチほどある。多少の体格差はあるだろうとはいえ、しかし秘密を知った今となっては前よりも悔しさは倍増した。
 袖や肩はいいのだ。……ただ丈が短いだけで。そのせいで上着が彼女の肢体を包み込んでいる、とは言いにくい。
 だからといってこのまま放置するよりは数倍マシだった。何故なら今の彼女は――銀時は水に濡れて服が透けている状態なのだから。
「……女性だったんですねェ」
「別に男だってわざわざ主張した記憶もねぇけど」
 川の中で月がゆらゆらと揺れる。さっきまで騒がしかった水面は静かだ。
 しみじみ呟いた自分の言葉にさらりと返る返事は最もらしく聞こえるが、結局隠していたことに変わりはない。
「言いふらすことでもねぇだろ」
「そうですけど」
 むしろ言わない方がいい。ただでさえ大多数に男と思われている今だって、銀時に惚れている輩は多いのだ。知った時のそいつらが何をするか解ったものではない。
「うっわ気持ちわりぃ……」
 ぐっしょりと濡れた着物の裾を持ち上げると、水が線になって落ちていく。銀時は嫌そうに顔をしかめると着物を握り水を絞った。
 びしゃびしゃびしゃと溢れるほどの水が滴り落ちる。それを何度か繰り返し、漸く落ち着いた様子で彼女は沖田を見た。
「……なんか視線が痛いんだけど? さっきも俺言ったよねぇ?」
「気にしないでくだせェ」
「いやいや無理だから。そんなあっつい目で見られても、銀さんストリッパーでも何でも無いから脱いだりなんてしないからね」 「脱いでほしいなんて思っていやせんよ」
 自分から脱いでもらうなんて勿体無い。脱がせる楽しみが減ってしまうではないか。
「脱がせてみたい、とは――思ってやしたが」
「……まるで告白みたいだねぇ」
 全身から水を滴らせながら、銀時がうっすらと笑った。日頃の怠惰な様子も見せず、妖艶な笑みで男を誘う。
 しかしそれはまやかしで、食いついたが最後、叩っ斬られてしまうのだろう。頬に張り付く髪や、ちらちらと上着の合間から見える肌と膨らみに確かに気は惹かれてしまうが、がっつくのは信条ではない。
「だとしたらどうしやす?」
 三歩近付けば、手の届く距離だ。首を傾けて問いかければ彼女はうっすらと笑みを浮かべ――それから軽やかに線を引く。
「沖田くん」
 声音が、子を諭す親のようだ。

「俺は、自分よりも小さな子供には手を出さない主義なの」

 くっきりと目の前に引かれたラインに思わずため息をついた。
 ……まだ、早いと言うことか。
 幾分がっかりはしつつも予想の範囲だ。それに銀時の様子だと別に想う人間がいるわけではないようで。それならばまだ、機会はある。
「それは残念ですねィ」
「うん。まぁこんなオバチャンじゃなくて、もっと可愛い女の子にしとけってこった」
「可愛い“だけ”の女にゃ興味がとんとねェもんで」
 肩を竦めて返せば彼女は豪快に笑ってみせる。月夜が照らす、銀色の髪は美しかった。

 ――――諦めるつもりなんて、毛頭ない。

「旦那」
「うん?」
「覚悟してくだせェ」
 その一言で彼女には伝わる。
 目を瞬かせ少し驚いて、それから銀時は愉しげに笑みを浮かべて沖田を見やる。
「俺は難しいよー?」
「覚悟のうえでさァ」
「まぁ止めはしないけど。……精々頑張ってね」

 くるり、と背中を向けてひらひら手を振りながら彼女は去っていく。その背中は自分よりも広く、大きい。 それは物理的な意味ではない。
 あの背中に追いつき、肩を並べるところまで行かなくてはならないのだ。

「……アンタが証人ですぜ、ちゃんと見ててくだせェよ」

 お月さん。


 黙して語らない真円を見上げ、沖田は笑う。飛んで跳ねて、今は追いつけない兎を想い笑う。
 本当は兎なんて可愛らしいもんじゃないのだけれども。

 そして別々の道を歩き出す二人を、月はじっと見つめていた。


“兎よりも愛らしく、そして気高く畏ろしく”