「ちょ、コラッ! 待てやソウゴォォッ!!」 「…………は?」 「ンナァ〜!」 振り向いた瞬間、胸に飛び込んできたそれを沖田は反射的に受け止めた。 Act Like A Baby常と変わらぬ町中を、目下の第一級暗殺対象と見回る。だらけた態度の自分を時折窘める声を聞き流しつつ、沖田は場所柄からか無意識にとある色を探していた。 それは光を弾き煌めく銀の色。その色はこの町――かぶき町の看板男といってもいい、彼の人を指す色だ。 真撰組外で恐らく唯一、沖田が信頼を寄せる人間。そして苛立たしいことに有象無象共から想いを寄せられる、美しい人。 退屈な見回り、それも好かない相手とならば時間が経つにつれ面倒さも増してくる。暗殺手順を考えるのにも飽きてきて、どこかでこっそりとバックレよう、そんなことをつらつらと考えていたその時だった。 「ソウゴ! 待てっつーのテメェ!」 雑踏と雑音の中、真っ直ぐに飛んできた声。探していた色の持ち主。 その声の主に驚き、振り向いた瞬間に飛び込んできたそれ――栗毛の子猫に沖田は、はてと首を傾げた。 「……猫?」 「あ、オニーサンその猫押さえてて……っ! ってアレ、沖田くん? どしたのこんなとこで」 「それはこっちの台詞ですぜ、旦那。……この猫は?」 「ああ、今日一日預かってる猫。銀さんはージャンジャン税金使ってるコワーイ公僕のオニーサン達と違って、善良で真面目な一般市民だから生活のためにはちゃんと働かないとイケナイんですー」 「当てつけか」 「……あれ、多串くんいたの? 気がつかなかった」 「テメェ今俺のほう見て言ってただろうが!!」 がぁ! と吠える土方の剣幕もさらりと流し、銀時はありがとう、と沖田の腕から子猫を受け取る。子猫は抱き上げた人物を気がつくと、直ぐに胸元に擦りよるように腕の中におさまった。 「よしよし、はしゃぐのはいーけどあんまどっか行くんじゃねぇぞ。ここらにはコイツみたいな味覚音痴の変態がゾロゾロいっからなぁ」 「誰が味覚音痴だ!」 「沖田くんほんとにありがとね、助かった」 「いえいえ」 言いながら猫に目をやると、大人しく銀時の腕で目を閉じていた。銀時が気持ちよさそうな子猫の首を指で擽ると、甘えるように顔を押しつけてくる。 それを、驚くほど優しい顔で彼が見つめているのに、沖田は意外な顔をした。 「……旦那、猫好きだったんですかい?」 「うん? や、そういうわけじゃないけど……懐いてきてくれるのは、嬉しいじゃん?」 「……あぁ、」 瞬間、思い浮かんだ眼鏡とチャイナ娘に納得する。 その他にもぞろぞろ出てくる該当者に沖田は思わず顔をしかめた。懐いている、というか纏わりついている、のほうが正しいような気がしたからだ。 そんな沖田の憂鬱も知らず、銀時は子猫の頭やら首やらを擽り楽しげに笑っている。 「懐かれるとね、甘やかしたくなるんだよ」 ふわりと、柔らかな笑みで紡がれたそれに。 ぴん、と何かが閃き――沖田は正面から猫ごと銀時に抱きついた。 「……………………へ?」 「総吾おおォォォォォォォォ!!??」 「ナーゥ?」 ぽかん、と銀時は目を丸くし土方は怒声とも悲鳴ともとれる叫びを上げ、ついでに子猫が返事をした。 「……あのう、沖田くん?」 「へい、」 「……どういうこと?」 「懐いたら、甘やかしてくれるんでしょう?」 てらいもなく言い切った沖田に今度こそ銀時が絶句する。土方も吸っていたタバコを道に落としたことに気がついていない。 そんな二人に構わず沖田は片腕を銀時に回したまま、傍らの子猫の頭を撫でる。 「えーと……沖田くん、甘やかしてほしいの?」 「へィ」 「俺に?」 「もちろん」 「多串くんとかゴリラじゃなくって?」 「旦那、」 まだ混乱した様子の銀時を見上げ、沖田はゆるりと笑みを浮かべる。回したままの腕をそっと細腰に滑らせて、子猫ごと抱き締めた。 「――――俺はアンタに甘やかされて、甘やかしてェんです」 「……何食べたい?」 「?」 「夕飯。仕事終わったら食べに来な」 茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる男に沖田は笑う。子猫を抱いていないほうの彼の手をとると、その指先にそっと口付けた。 「焼き魚と白飯、味噌汁に」 デザートにはアンタが食べたい。 「……りょうかい」 可笑しそうに楽しそうに彼が笑うのを見上げて沖田も笑う。 一瞬後に傍からあがった怒髪天の悲鳴もなんのその、行く前に有名店のケーキとキャットフードを買っていこうと決めた。
“きっと、甘やかされるだけでは足りないから” |