眼前には五人、背後には七人。 普段ならば歯牙にもかけない人数だ。取り囲む前から殺気は垂れ流し、力任せに剣を振るう輩に勝てないことなどない。 そう、いつもならば。 『普段』とはかけ離れた――有り体に言ってしまえば、ヘマをして傷を負った今の自分には少々キツかった。 「真撰組め!」 「お前をやれば俺たちにも箔がつくってもんだ!」 「おい、逃がすなよ!」 口々に罵声を上げる有象無象が五月蝿い。斬って捨ててやりたいのは山々だが、腹の傷は血をボタボタと滴らせ続けどうやら手当てする間すら期待できそうにない。 失態だった。これほどの痛手を負うのは久しぶりだ。 このところあの瞳孔開きっぱなしのマヨラーを殺るための鍛錬を怠っていたかもしれない。戻ったら愛用のバズーカをお見舞いしなくては。 そんなことをだらだらと考えながら。面倒クセェ、と一つ舌打ちをして剣を構え、そして。 「ハイハイどいたどいたどいたあぁァァァァ!!」 「ぶべぇしッ!?」 ――――突然上から降ってきた銀色に、目を瞬かせた。 銀幕、月下慕情 「……へェ?」 「な、なんだテメェは!?」 「うっわーだから退いてって言ったのに……。ん? あれ、沖田くんこんなとこで何やってんの。撮影会?」 ことり、と幼い仕草で首を傾げる相手が可笑しくて毒気が抜ける。力み過ぎていた肩の力を抜いて、口元にゆるりと笑みを浮かべた。 「……旦那こそ、なかなか粋な登場の仕方じゃあねェですかィ」 「いやいや、これはちょっとね。目測誤っちゃっただけでね。銀さんわざと人をクッションにしようと思ったわけじゃ――――うん?」 ぶぎゅる、とおよそ効果音としては正しくない音で武士の一人を踏みつぶしながら、彼はようやっと状況に気がついたようだ。 周りを取り囲む殺気立った連中に目をぱちくりさせ、ついでぽりぽりと頬を掻く。 「……お取り込み中?」 「へェ、まァ」 「何だコイツ?」 「テメェも真撰組か!?」 「は? いやいや俺はただの通りすがりの糖分王、よろず屋銀ちゃんです」 「よろず屋ァ?」 「面倒だ、コイツも纏めて斬っちまえ!」 「えぇぇぇぇぇ」 至極面倒そうな顔に、状況も忘れて思わず吹き出した。 吹き出した自分に彼がジト目でこちらを見やる。すいやせん、と笑いながら言っているとふと彼の目が下に向く。次いで気だるげな眼が驚いたように瞠られ、少し眉が潜められた。 「……怪我してんの?」 「みっともないとこ見られちいましたねェ、土方さんには内緒にしてくれたら在り難いでさァ」 「……ふーん?」 左手で抑えただけの傷口に目を向けたまま、彼はすっと目を細める。悠長な空気に焦れたのか、取り囲んでいた男たちが鬨の声を上げた。 「うおおぉぉぉ!!」 「死ね! 幕府の犬め!」 傷口から手を離し剣を構える。巻き込む形になってしまったが、彼は強いから勝手に逃げてくれるだろう。 こんなところで死んだりしたら名が廃る、大体あの男よりも先に死んでたまるか。 重心をずらし、滴り落ちる血と鈍い痛みに少し奥歯を噛み締めて。 ――――振り上げようとした腕を、軽い動きで止められた。 「…………え、」 「止血しときな」 ぽん、と頭の上に布の感触。するりと剣が手から抜き取られ、腰に下げた鞘に納められる。 唖然として振り仰げば、ニッと笑う口元が。 「銀さんの甘味屋覇道パトロン、一人ゲッート」 その言葉の意味を理解するより早く、彼の愛刀が月下に晒された。 「いち、おんぶ。に、だっこ。さん、俵担ぎ。さ、どれがいい?」 「四の肩貸してもらって自分で歩く、でお願いしやす」 「強情っぱりだねェ」 ぐい、と力強く腕を引っ張られ肩に腕を掛けられる。 身長差の関係上、本来辛いはずの体勢をとってくれた彼が有り難かった。止血をしたお陰でどうにか動く足を前に進めていると、あ、と彼から呟きが漏れる。 「で、次の休みいつ?」 「休み?」 「助けてもらったお礼に俺を甘味屋に連れてってくれんデショ。いつ?」 強請る、たかる、ということすら通り越してもはや確定されきった約束にまた口元が緩んだ。 これは思いも寄らぬ幸運を拾ったのかもしれない。 傷は痛いし、想い人に見せるには情けない格好で少し下降していた機嫌が上がる。 ああまったく、アンタにゃ飽きない。 見上げた先に、月の光にキラキラ光る銀色。いつもは死んだ魚のような目も今はどこか鋭く光る。 「じゃあちゃんとお洒落してきてくだせェね」 「お洒落?」 「ええ。――――せっかくのデートじゃありませんか」 「…………」 ニヤリと笑みを浮かべれば、目がまん丸に広がって。 それからひどく、楽しげに彼は破顔した。
“棚からぼたもち、月夜から想人” |