災難だ。厄日だ。 浅月香介は心からそう思った。 朝、学校へ行こうと歩いていると突然ナイフが襲い掛かってきた。学校に着いたかと思えば座った椅子が何故か爆発して、昼休みに歩のところへ行こうとしたら某銀髪ピアニストを追いかける(というかなんでいるんだラザフォード)女子の集団に踏み潰されて、部活に行ったらひよのがいて笑顔で窓から突き落とされた。 ……散々な目にあった。まぁひよののケースは運よく落ちた下にアスランがいて下敷きにしたお陰か、怪我は負っていないが。(別にいなくとも大怪我はしなかっただろうけれども) とにかく、歩に会っていない。 今日はバレンタイン。と、いえどもあの極度の面倒くさがりやがわざわざ渡しに来たことはないのだ。ならば行くしかない。愛のために!! しかし。 「結局足止めくらってるしな……」 バレンタインが終わるまで、あと約6時間。無事に辿り付ける保障は無い。それでも。 「よし、行くぜ!」 パンッ! と頬を両手で打ち気合を入れると浅月は学園から一歩踏み出した。 が。 「「「「ちょーっと待ったぁぁぁぁ!!!!」」」」 「…………うげ」 ずざざざっ! と目の前に立ちはだかった六人組(?)に浅月は深くため息をついた。 「おいおいおい……総力戦かよ」 「歩君のところには行かせないよ!」 「堪忍なー?」 「まだ私達、こーすけ君のこと認めたわけじゃないんだからねっ!?」 「鳴海さんのチョコは渡せません! せめてもの腹いせです!」 「お前達だって貰ってるだろーが」 「…………と、とにかくっ! 歩君のちょこれーとが欲しいなら、僕(私)達を倒してから行くんだね!」 浅月のツッコミに一瞬無言で固まったものの、笑顔で流すのはいつものことだ。妙なポーズを決めているカノン達の後ろでは呆れ顔の亮子と本来なら一番の強敵の(心の距離的な意味で)銀髪ピアニスト様がこちらを見ていた。 「…………ん?」 さて、どうしたものか……などと考えていたそのとき、ふとリニアカーの音が響く。首を傾げて振り返った瞬間――白く大きな手に捕まえられた。 「はぁっ!?」 「なっ!?」 「え、ええっ!?」 驚く間もなく車の中に引きずり込まれ、入れ違いに中から二つの人影が飛び出す。飛び出した人影は急いでドアを閉めると声を張り上げた。 「先輩出してっ!」 「OK! よろしく!」 カノン達が止める間もなく、一瞬で車が勢い良く走り出す。それを見送って飛び降りた二人――エドとリョーマはくるりと四人の前に振り返り、不敵な笑みを浮かべた。 「え、エドワードさん?」 「リョーマちゃん?」 「二人とも……なんで?」 「……あー……」 驚く三人のうち、一人が――火澄が何かを悟り乾いた笑みを浮かべ後方へと下がる。 解ってない三人にリョーマとエドはそれはいい笑顔で爆弾を投下した。 「皆さん、ここで足止めさせてもらいマス」 「邪魔はさせないっスよ」 「「「…………は?」」」 「いえですね、俺達みんな昨日歩先輩の家でチョコ作りしたんだけど」 「それで、たくさん作られたチョコの中に一つだけすんごく丁寧に作られたやつをたまたま発見しちまってさー」 「それは“一応”作ってみたけど渡せるアテが無いらしいんスよ」 「だったらそのアテを作ってあげようって、キラ先輩が言い出して」 「一足早い、歩先輩へのホワイトデーのプレゼントを決行中なんです」 と、いうわけで。 「ここから先は――俺達を倒したら、ということで?」 「手加減はしませんよっと!」 バチィッ! とエドの手から光が溢れて銀槍がその手に現れる。リョーマもひらりと左手を翻すと柔らかな光と共に、その手に桜色の扇が現れて。 どう考えても倒すことなど出来そうにない二人(その背後にいる人々も考えて)に、三人は顔を引き攣らせたのであった。 連れ込まれた車が発進すると、大きな手が瞬時に掻き消えた。見れば横に手袋を掛け直している少女の姿。 「こんばんは、浅月先輩」 「アレン?」 「僕もいるよー」 「キラ?」 「こんばんは、先輩」 「安倍ちゃん?」 見ると前で運転する少女は良く知った同級生で、その隣に座っているのは良く知った後輩だった。しかも先ほど降りたのはエドとリョーマだったはずで、ある意味ハーレム状態なこの状況に浅月は首を傾げるしかない。 「えぇっと……何がどうなってんでしょーかキラさん」 「んーとね、僕らから歩への一ヶ月早いホワイトデーの贈り物、ってとこかな?」 「は?」 のんびりとした口調で言われた台詞にますます首を傾げる。ホワイトデーのプレゼントとこれがどう繋がるのだろうか。更に問おうとしたところで、アレンがはっと後方へ顔を向けた。 「……来ましたね」 「え?」 「じゃあ俺が行きます。キラ先輩」 「気をつけてね」 昌浩がリニアのドアを開けて後ろを見る。つられて顔を向けるとそこには―――― 「……うーわぁ」 『歩LOVE!』『妹馬鹿万歳!』『馬の骨に妹をやるものか!!』『おにーちゃんvと呼んで欲しい!』『シスコン上等!』と、書かれたド派手な車が走っていた。 「何だアレ……」 「見て解るじゃん。鳴海理事長の車。凄いよねー」 いや、あれもう痛車だろ。 相変わらず緊迫感のない声で言うキラに目を白黒させつつ、浅月は頭を抱えた。 「あれも俺の妨害か……」 「歩先輩、愛されてますよね。……じゃ、俺行ってきます」 あっけらかんと笑うと、昌浩はひょいっと軽くジャンプし車の上に飛び乗った。危険な行動に浅月が目を剥くも、昌浩は慣れた様子で手に持っていた弓を構える。周りの車のドライバー達が唖然とその様子を見ていた。 「すみません、歩先輩のためなんで……」 さすがにギョッとした清隆にすまなさそうに微笑むも、昌浩は弦を引き絞り――弓を放った。 『ぎゃあああっ!?』 悲鳴が、ブレーキ音に重なって聞こえたような気がした。 「さ、着いたよー」 「ここって……」 「僕はあんまり知らないけど……君なら、知ってるんでしょ?」 そう言ってキラ達は浅月を降ろすと去っていった。残された場所で少し経ってから足を踏み出す。 場所は公園。自分と彼女が、初めて出会った―――― 進んでいくと、いつかのベンチのところに人影があった。ダッフルコートに身を包んだ人影は立ち上がるとぽつりと呟く。 「……遅い」 「……悪かった」 ぶっきらぼうなその言葉に苦笑して、浅月は歩の傍に近寄った。歩も少し近づいてきて、 「……お疲れ様」 青い包装紙とリボンでラッピングされた包みが差し出された。 「サンキュー」 差し出されたそれを受け取り、そのまま腕を引っ張って抱きしめる。抱き寄せた体はかなり冷たくて、いつからここにいたのだろうかと眉を寄せた。 「苦しいんだが」 「こんなに冷たくなってて何言ってんだよ」 ぶっきらぼうな歩に苦笑して、額に口付けて。 「こっからだと俺の家のほうが近いよな」 「は?」 「まだ夕飯食ってねぇんだ。作ってくれよ」 「……一食千円」 「キビシーって」 それでも握り締めた手は振りほどかれることなく。 あの五人にもチョコレートは貰っていたので、ホワイトデーには奮発しようと密かに思う浅月だった。 「うううう……リョーマさんとエドさんに手が出せるわけないじゃないですか……!!」 「妹さんも、今頃こーすけ君の毒牙に……!!」 「許すまじ浅月香介!!」 「「「おー!!」」」 「歩が幸せならいいと思うんやけどなー……面白くはないけど」 「……あのさ、ラザフォード」 「何だ」 「アンタはいいのかい? あれに加わらなくっても」 「別に」 「だってあんたも妹のこと……」 「あんな阿呆な真似しなくともやり様はある」 「…………アンタが一番恐ろしい気がするよアタシは」 |