「はい、神田。バレンタインのチョコレートです」
「……あぁ」
 放課後、高等部の生徒会室に現われたアレンは小さな包みを持っていた。
 渡されたのは仄かに甘い香りが漂うプレゼント。それを座ったまま受け取ってからおもむろに神田はアレンの腕を引っ張り抱き寄せる。腕の中で小さな声が上がったがそれを無視して抱き締めると、彼女の髪を梳きながらため息をついた。
「何つー顔してんだよテメェは……」
「……別に変な顔なんてしていませんよ?」
「してるだろ」
 きっぱりと言い切ってみせれば、アレンは僅かにふくれたような拗ねているような、そんな顔をして神田の背中に腕を回す。アレンの腰にそのまま腕を回して自分の膝の上に引き上げると、椅子がぎしりとしなった。
「……俺が何かしたか?」
「……いえ、神田のせいじゃなくて……僕が、ワガママなんです」
 落ち着いたのか観念したのか、困ったような顔を浮かべるアレンの頬にうっすらと朱がさす。それから未だこちらを見つめる神田の視線から逃げるように顔を背け、アレンはそっと呟いた。



「………………ただ、他の人からあんまり貰ってほしくないなぁって」



「………………は?」

 ぽかん、といつもなら絶対に見せない間の抜けた顔をして神田が呆けた声を出すのに、アレンは顔を真っ赤にして目を逸らす。その様子をまじまじと見つめてから、神田は珍しく小さく吹き出した。
「わ、笑わないでよ!」
「だってお前…………」
 くっくっくっ……と笑いが治まらない神田をギッと睨み、アレンは「だから言いたくなかったのに……」とぶすくれて顔を俯かせた。
 その頭をポンポン、と叩き神田はアレンの頭を自分の胸に引き寄せる。胸に触れた白い髪にそっと口付けて、彼は笑みを浮かべながら囁いた。
「……安心しろ。お前以外からの“特別”なもんは受け取ってねぇよ。」
「……え……?」
 きょとん、とした声を発して目を瞬かせてアレンは神田を見上げた。手触りのいい白い髪に触れながら神田は言葉を続ける。
「直接持ってこられたもんは全部断った。机の中とかに入っていたやつは全部処分した。……まぁ、おさげ娘だとかリナリーだとか……生徒会の奴らとか鳴海とかのは一応受け取ったがな。」

 “トクベツ”な想いがこもったものは貰っていない。

 そう答えてみれば、アレンは唖然とした顔になってからくしゃりと相好を崩しくすくすと笑いだした。
「ひよの先輩とか、リナリーからのは構いませんよ。どうせついででしょうし」
「一緒に胃薬まで渡されたぞ、俺は」
「……たぶん、大丈夫じゃないかな」
 食べられないものは渡さないだろう。…………たぶん。
「…………でも」
「でも?」
 不思議そうに見上げてくるアレンの手をそっと取り、神田は甲に口付ける。


「………………嬉しいと思うのは、お前からのだけだ」


 その言葉にアレンは一瞬目を見開き───花のように微笑んだのであった。









「…………で、このシチュエーションで何処行こうとしてんだお前は」
「え、ええっと……この後、キラ先輩とかと待ち合わせしてるんです」
「何で」
「……何でも、歩先輩に一ヵ月早いホワイトデーをプレゼントしようってことらしいですよ?」
「…………何だそりゃ」