「ハイ。Happy Valentine!」
「ありがとうリョーマくん」
 流暢な英語と共に渡された紙バッグに軽い口付けを送って不二は心底嬉しそうに微笑む。その気障な仕草にリョーマは呆れたように盛大なため息をついた。
「見かけには文句言わないでよね。それでも昌浩とかと一緒に頑張ったんだから」
「もちろん。君の作ったモノに文句なんて言うわけないでしょう? 大切に食べるから、ね。……ちょっと食べるの勿体ないけど」
「…………食べなよ?」
 何だか食べないまま飾られそうで怖い。飾られたまま、その内に食べられなくなってしまったらそちらの方が勿体ないじゃないか。
 とはいいつつも確実に今日は食べないんだろうな、と不二の行動パターンを思いリョーマは再度長い長いため息をついた。
 はぁ、と吐く息が白い。もう夕方のせいか路地にはあまり人はいなかった。それを確認するとリョーマは自分から不二に腕を絡める。
 突然珍しくも腕を絡めてきたリョーマに、不二は驚いたように目を瞬かせた。
「リョーマくん?」
「……寒いし。バレンタインだし」
 ぎゅっと見えないようにして腕に顔を押しつけてくるリョーマの耳が仄かに赤い。その様子を見てそっと不二は微笑んだ。
 未だ恋人同士というじゃれあいにも慣れないリョーマを不二は愛しく思う。……本当に、愛しいと心から思う。何度も夢見た光景が、大切な人が自分の傍にいてくれる。それはどれほどの幸運だろうか。

 “初めて”会った時からもう――何百年が過ぎたのだろう。出会って、恋をして、そして失って――あの絶望の瞬間からどれだけの時を過ごしたのだろうか。もう思い出せないほどそれは色褪せた記憶だ。
 ハジマリの記憶は鮮明に、そして今までの記憶は灰色で。こうして、“不二周助”として生まれる前の記憶はほとんど無いに等しい。昔一時でも好きになった人も、好きになってくれた人も、こんなふうにバレンタインを過ごした人ももう時の彼方だ。
 何年も何百年も追い求めて捜し求めて、漸く見つけた人が居てくれる。だからこんなチョコレートなんて本来なら強請る必要がないほど、今の自分は幸せだった。彼女がいてくれるだけで、それだけで何にも変えがたいほど幸せなのだ。

「……周助、何か違うこと考えてない?」
「え? どうして?」
「だって、……なんか懐かしそうな顔、してるから」
「……ちょっと、ね」


『贈り物。……あんたに、神様の加護がありますように』


 ほら、変わらない。

 何となく嬉しくなって不二は腕にくっついたリョーマをそっと抱き寄せる。もう直ぐ分かれ道で、そこからリョーマの家へは近い。部活帰りのこの時間はそう長くはいられないけど、でも。
「あのね、姉さんが家でチョコレートケーキを焼いてるんだ。リョーマ君もおいで?」

 もう少し、一緒にいたい。
 そんな気持ちを込めて、とびっきりの笑顔で不二はリョーマに問い掛ける。
 その言葉にリョーマもまた花が綻ぶような笑顔を浮かべて――――――



「ムリ」



 と、返したのであった。










「…………え、何それ。この流れでそうなるの?」
「だって俺、今から──」
「リョーマッ!」
 ブゥンッ←リニアカーの止まった音。
「へ?」
「安倍さん……?」
「不二君ごめんなさいっ!」
「え? アレン?」
「じゃ、また明日ね周助〜」
「え、ちょっとリョーマくんっ!?」
「出すよっ!」
「キラ先輩!?」
 ブゥゥゥン……←遠ざかっていく音。(笑)
「……いったい、何……?」