「……で、ここを結べば完成だな」
「凄い、綺麗……」
「そんな感心することか?」
「だって俺、料理は出来るけどお菓子作りもラッピングもからっきしだから。……ありがとう、ルルーシュさん」
「気にするな」
 ふわふわの茶色の髪を緩く撫でて、ルルーシュはくすりと笑った。この少女は酷く大人びている面を見せるけれども実のところ感情は結構豊かだ。そんなところが可愛らしくてこんな風に構いたくなる。
「でも綱吉。そのもう一つ作ってたヤツは誰に渡すんだ? 本命は雲雀なんだろうけれど、そっちの青い包みは……」
「……まぁ、その。ちょっと」
 テーブルにラッピングされた包み数個のうち、一つだけ離されて置いてあるそれにルルーシュは首を傾げる。本命と、義理と。そのどちらでもないらしいソレ。不思議そうなルルーシュに綱吉は少し視線を逸らしながらぼそぼそと零す。
「その……この前、ちょっと助けてもらって。それで……」
「お礼か?」
「そんなところ、です」
 どこか困ったように、しかし苦笑気味に言う綱吉にルルーシュはふむ、と顎に手を添える。暫し考えてから思い浮かんだ名前を思いつくままに口にした。
「……工藤新一か?」

 どんがらがっしゃんっ!!

「なっ!! なっ、なっ!!」
「この前助けてもらったんだろう? リボーンから聞いたぞ」
「アイツ……」
「いいんじゃないか? 助けてもらったんなら、お礼はしないとな」
「……うん」
 照れくさそうに笑う綱吉にルルーシュは少し笑ってからそっとため息をついた。……そのうちにこの繋がりが助けになる可能性もある。そう考える打算的な自分を疎ましく思いつつも、表面上は何も無いように振舞った。
「いつ渡しに行くんだ?」
「15日の放課後辺りかな。当日に渡しに行くと迷惑かもしれないし」
「……そうかもな。有名人だし」
「……受け取ってくれると思う?」
「もちろん」
「……だよね」
 はにかむ綱吉につられたようにルルーシュも笑みを浮かべた。















 トゥルルル……と電話が鳴り出してスザクは急いで電話をとった。
「もしもし?」
『スザクか?』
「ルルーシュ?」
『今ちょっと出られるか? 前にいるんだ』
「えっ!?」
 電話の向こうから聞こえてくる声に急いで窓を開けると、確かに玄関前に人影が見えた。慌てて窓を閉めて上着を引っつかみ階段を駆け下りる。
「ルルーシュ!」
「こんばんは、スザク」
「こんばんは、じゃないよ! こんな遅くに女の子が外に出てちゃ駄目だろ!? 一体何時だと思って……!」
「そこまでタクシーで来たから大丈夫だって。はい、これ」
「え?」
「ハッピーバレンタイン」
 ふわりと浮かべられた笑みと共に渡された紙袋にスザクは目を見開いた。それから力が抜けたように肩を落とす。
「今年はもう貰えないと思ってたよ……」
「悪いな、遅くなって」
「ううん、ありがとうルルーシュ」
 時刻はもう一時を過ぎていた。14日は過ぎてしまったけれど仕方が無い。ルルーシュは一昨日から自国に戻っていたのだから。こんな遅くに来たことは感心しないけれど、その気持ちはとても嬉しい。
「今年は生チョコだ。あまり凝ったものは作れなかった」
「僕はルルーシュから貰えるなら何だって嬉しいよ。本当にありがとう」
「……うん」
 本当に嬉しそうに笑うスザクにルルーシュも笑った。しかしその笑顔は直ぐに消えてしまい、ルルーシュはさっとスザクに背を向ける。
「じゃあまた明日、学校で」
「あ、ルル送って……」
「スザク」
 静かなルルーシュの声にスザクが足を止めた。背を向けたままの彼女を彼はじっと見つめ、そして一瞬後に聞こえた言葉に顔が強張った。


「婚約、決まった」


「……誰、と」
「中国、天子カンパニーの黎 星刻という男だ。若いながらもまだ幼い総帥の右腕を勤め上げているやり手らしい。父上が決めた」
「……そ、う」
 ルルーシュの顔はスザクから見えない。声音は淡々としていて感情を図りかねた。けれど――解っていた。スザクは解っていたのだ。きっとルルーシュが心の中で泣いていることを。
「ルルーシュ、僕は」
「私はナナリーを守らなければいけないんだ」
 口を開いたスザクの言葉をルルーシュが遮る。はっとしたスザクへ畳み掛けるようにルルーシュは言い募った。
「そして私は、いずれC.C.の元に戻る。……ほんの数年になるだろうな。どうせ中国での調べものがすむ間の結婚だ。その後は私は幽閉されるだけだろうし」
「ルルーシュ!」
「あと二年だけ自由にさせてくれるらしいからな。その間は私と一緒に思い出作りをしてくれよ?」
「……う、ん」
「じゃあな。おやすみ、スザク」
 そのまま暗闇へと去っていくルルーシュにスザクは何も言えない。ただ黙ってその細い肢体が闇に溶けるのを見送ることしか出来なかった。











「ごめん、スザク……」
 知っている。スザクが自分を好きでいてくれることを知っている。だって同じ気持ちを抱えているのだ。ずっとずっと。七年前からずっと。
 でもルルーシュにはその手をとることが出来ない。とってはいけない。こんな道に彼のように綺麗なものを引きずり込ませるわけにはいかなかった。
「ごめん、ごめんなさい……!」

 ルルーシュの母マリアンヌはある巫女の家系に生まれた。ギアス、という不可思議な力を崇めるそれに大会社の父親であるシャルルが目をつけ、二人は結婚した。そこに愛があったから良かったものの、生まれてきた子はとんでもない力をもっていた。――それはまるで人ではないような。
 マリアンヌの実家で生きる最高位の巫女であるC.C.がその子供を暫し預かった。判明したのはそれがギアスそのものの力であること。そしてそれはいずれ暴走すること。――そのうちに成長が止まり、不老不死のようになること。
 呪いだと思った。マリアンヌは神からの祝福だといいシャルルは強者の証だというそれは、ルルーシュにとっての呪いだった。

 時折脳裏を過ぎる記憶がある。たまに見る夢がある。
 それは此処ではない何処かの『自分』で。酷く苦しんで、悲しみに包まれている。でもそれと同じくらい酷いこともしていて。
 ああ、これはその自分の罪が連鎖しているのかもな、と思った。

 それでも夢の中の自分の気持ちも解るからルルーシュはその『自分』を責めることはない。ただ、もう少し周りに目を向ければいいのにとは思うのだけれど。
 ……もう少し素直になればいいのに、とも。
 夢の中の自分の傍にもやっぱり『彼』がいて。
 今のルルーシュと同じように――彼のことを。

「言えないのは、私も同じか」

 自嘲気味に微笑んで、ルルーシュは夜空を見上げる。
 煌々と輝く月が眩しくて目を細めた。



「…………すき……



 その言葉を、上弦の月だけが聴いていた。