街を彩るような甘い匂いとピンクや赤の装飾。
 デパートや製菓店に群がりはしゃぐ少女や女性達。
 それらを見て少女──越前リョーマは呆れた顔で盛大にため息をついた。

「……何、コレ」
「毎年この時期はこんな感じだよ。……まぁ初めてだからそう思うのも無理ないとは思うけど」
「うん……」
 苦笑する昌浩の横で、リョーマはげっそりとしてそこ──チョコ売場を見渡した。既製品から手作り用のキット、ラッピングまで山のような種類がある。
「この中から選ぶの?」
「だって手作りにするんでしょ?」
「めんどくさい」
「リョーマ……」
 ともすればコンビニの板チョコで済ませそうなリョーマに、不二がバレンタインチョコヲねだったのが始まりである。
 むしろ昌浩としては、リョーマがバレンタインをちゃんと覚えていたことの方が驚きであったが。何せアメリカでは日本のように女性からチョコをあげる習慣がないであろうからだ。
 毎年紅蓮や祖父、兄たちや父に渡している昌浩はもう慣れたものだが、初めてチョコを作るリョーマはあまりの種類に頭が飽和状態になっていた。甘いものには目が無いリョーマも、こうたくさん溢れていてはうんざりするのだろう。しかも今回は貰う側ではなく作る側にならなければいけないのだから。
「何やりゃいいのさ……」
「と、とりあえず手作りのコーナーの方行ってみようよ? 俺も選ぶし」
 リョーマの手を引っ張り、昌浩は少女達でひしめきあう売場の中を進んだ。
 売場には所狭しとキットやクーベルチョコレートなどが並べられ、作り方などのレシピカードも置いてある。それらを見渡しながら昌浩は楽しげな様子でキットを手に取った。
「何作ろっかなー。去年はトリュフだったし、今年は生チョコでも」
「生チョコって手作り出来たんだ」
「……リョーマ……」
 へー。と感心しつつキットを見ているリョーマに昌浩は額を押さえる。
 ……これは無難に型抜きチョコレートにした方がいいかもしれない。考えてみれば料理は作るものではなく食べるものだと言ってはばからないリョーマだ。仕方ないといっては仕方ないのかもしれないけれど。
「……リョーマ、トリュフにしない? これなら俺も結構作ったことあるから教えられるし」
 ね?とキットを見せて昌浩は問う。さすがに只の型抜きチョコは不二が可哀相な気がする。別に型抜きチョコが悪いわけではないし、板チョコよりはマシかもしれないが。
「んー……そだね、これにしよっかな」
 キットを手に取り、暫く眺めたあとリョーマが緩く微笑む。ほっと昌浩は影で胸を撫で下ろした。
「あと、誰にあげるんだっけ?」
「桜乃と国兄と……あとエドとアレンとか。先輩達にも渡す」
「じゃあこのキット二つ買えば出来るよ」
「ん。昌浩は?」
「俺は数が多いからね……じい様や六合にはガトーショコラを1ホール焼いて、紅蓮には生チョコ、あとは一応手塚先輩と坊城先輩とアスカ先輩にもあげて……先輩達にも渡さなきゃ」
「そりゃまた数が…」
「でも手塚先輩ってたくさん貰いそうだけど」
「ほとんど手作り以外は毎年俺の胃の中だったけどね」
「……うーわー」
「直接来るのは全部断ってるからね、あのヒト。毎年食べんのは桜乃のとか先輩達のぐらいだよ」
「……なるほど」
 買い物篭にキットやそれと共に選んだラッピングも入れてさぁレジへ──というところで誰かにぶつかり、昌浩は尻餅をついた。
「あ、ゴメン! 大丈夫か!?」
「い、いいえだいじょ……って、あぁっ!」 「え? って、昌浩ぉっ!?」 「エド先輩!」
 さしのべられた手の先には見知った顔があった。ぽかん、とする昌浩とリョーマの前で、更にエドの後ろから白銀の影が駆けてくる。
「エド? どうしたの…ってあれ、昌浩くん、リョーマくん?」
 エドが立ち上がらせた昌浩の服をはたき、アレンは偶然だねーと笑う。
「あの、これ落としましたよー?」
「あ、ありがとうござ……キラ先輩?」
「ふぇ? リョーマちゃん?」
「キラ、こっちもまだ……何だ、皆来てたのか」
 昌浩の落としたカゴを拾って歩いてきたのは、亜麻色の髪にアメジストの瞳をした少女。後方からこぼれ落ちたのを拾って来たのはポーカーフェイスの少女だった。



「……まさか皆来ていたとはねぇ…」
 コーヒーを口に運びつつ、エドはテーブルを見て苦笑した。
「考えることは皆同じですね」
 昌浩とリョーマはそっと笑い合い、歩もまた微かに頬をゆるめ微笑する。
 結局、とりあえず会計を済ませるとデパートにあったファーストフードに皆でなだれ込んだ。状況説明をすませ、その理由は皆同じことに苦笑する。
「俺はキラが泣きついてきたんで、くっついてきただけなんだけどな」
「だって歩が料理上手いのは周知の事実でしょ? ひよのちゃんが言ってたよ。『去年のチョコレートは絶品でしたーっ!』って」
「でした? ……俺、去年キラにチョコあげたよな?」
「それが……カガリに食べられちゃって」
「……今年はカガリにも作るか」
「オネガイシマス……」
「去年直ぐに言えば良かったのに……」
 うぅっと頭を下げるキラに皆は苦笑する。確かにあの姉だったなら食べてしまってもおかしくはない。歩の料理上手は誰もが認める事実だったので納得もした。
「……そういえば、皆は本命にはあげんの?」
 そんな中、さらっと発したリョーマの言葉に、その場の空気が凍りついた。
「リ、リョーマ……直球すぎ」
「え、そう?」
「そう言うリョーマくんは不二君にあげるの?」
「最初はめんどくさかったんスけど…」
「だよなだよなー、やっぱりチョコは貰うもんだろ!」
「エド……」
 乙女の思考からいささか(?)かけ離れたところにあるリョーマとエドはさておき、アレンは歩に笑顔で問いかける。
「歩先輩はもちろん、浅月先輩にですよね?」
「……アイツが無事に俺のトコまで取りに来られれば、だけどな」
「え? 渡しに行かないの?」
「わざわざトラップやら妨害をさけて渡しに行くのは面倒だろ?」
「「……え?」」
 予期せぬ歩の言葉に昌浩とリョーマの声がハモる。クエスチョンマークを浮かべた二人に、紅茶に口をつけてから歩はキッパリとのたまった。
「バカ兄貴とおさげ娘と悪魔とかが嬉々として邪魔に入るだろうからな」
「「……あ──……」」
 頑張れ、浅月先輩。
 その光景が容易に思い浮かべられて、思わず合掌してしまう二人だった。











「そういえばさー、一人足りなくない?」
「新一先輩?」
「新一さん達なら、バレンタインは引きこもるって。まぁ毎年のことだからな」
「え、何で?」
「新一さんのところ、毎年トラック単位でチョコレートが宅配されて来るんだ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「優作さんとか有希子さんのファンからのも多いしな。一応警察に届いた分は調べてもらったりとかしてるみたいだけど、家に直接届くヤツは検品しなくちゃいけないんだ。へたすると爆発物が送られてきてる可能性があるわけだし」
「あー……怨恨か」
「有名人も大変だな……」
「……まぁ今年は」
「?」
「……あの人がいるから、新一さんも楽なんだろうけど」
「嫌そうな顔するねー歩」
「ほんっと歩先輩って黒羽先輩のこと嫌いだよなー……」
「手伝いに行くって言ったら『だいじょーぶ! 新一のことは俺がちゃんとやっとくから〜v』って……!!」
「歩、グラスぴしぴしいってるから。危ないから」
「いろんな意味で大変だな新一先輩……」