いつも明るくて元気ではしゃいでて。 自分とは正反対の人間。 かかわり合いになることなんてない──そう、思っていたのに。 『なぁ! アンタが鳴海歩!?』 『……そうだけど。何だ?』 『サインくれ!』 『…………………………は?』 『あ、言っておくけど俺のじゃないからな。妹があんたの大ファンなんだよ』 『……そりゃどうも』 『このCDにさ。ちゃんと“マユちゃんへ”ってつけてくれよなっ!』 『…………シスコンか?』 『よく言われる。でも本当に可愛いんだぞうちの妹は!』 『…………かせ』 『へ?』 『書いてやるよ。ほら』 『マジでっ!? ありがとなっ!』 『こんなレプリカの曲なんてどこがいいんだろうな……』 『レプリカ?』 『……俺を知ってるんだから鳴海清隆の事ぐらい解るだろ? 俺と兄貴は弾き方が似てるし、同じ曲でも兄貴の方が数倍巧いだろうが』 『そうか?』 『そうかって……』 『俺もあんたのピアノ聞いた事あるんだけどさ。俺は鳴海清隆よりあんたの方のが好きだな。確かに似てるけど、全然違うって』 『…………違う、か?』 『違うよ。確かに鳴海清隆の方が綺麗だけどさ。でも完璧すぎて、冷たい感じがすんだよなー。アンタのはなんていうか…………』 『?』 『そうそう!五臓六腑に染み渡るっていうか!』 『…………ぷっ』 『へ?』 『くっ……は、はははっ!』 『な、なんだよ笑うなよっ!!』 『あんた……五臓六腑って……はははっ!!』 『それにあんたじゃないぞ! 俺の名前はシン・アスカだ!』 それが彼───シン・アスカとのファーストコンタクトだった。 出会いを思い巡らせば 「なーなー歩ーいいだろー?」 「それくらい自分でやれ。俺に頼るな」 「ちぇー、いいじゃんか少しくらい。俺次当たるんだよ」 「……いいぞ、見せてやる」 「えっ! マジで!? よっしゃ!」 「ただし後で昼休みにそのネタをキラにふらせてもらうけどな」 「う……っ!」 キラの名前を出しただけで途端に大人しくなるシンに、歩は見えないようにくすりと笑んだ。 次の時間の数学の課題を彼は忘れていたらしく泣き付かれたのだが、歩は見せようとはしなかった。それをしたらシンの為にはならない。 それでも……!と、まだ言い募るシンには効果的だったようた。 渋々とノートを開きカチカチとシャープペンの芯を出す。 その場所が歩の机の上であることがまだ甘えている証拠であったりもするのだが、もはや毎度の事なので歩も特には言わない。 「ちくしょー課題なんてキライだ……」 「文句を言う暇があったら手を動かせ」 「解ってるっ!」 「ちなみにそれ、二問目間違ってるぞ」 「げっ!?」 「言わんこっちゃない……」 慌てて消しゴムで答えを消し、シンはまた問題へと視線を向ける。 ぺし、と読んでいたオレ○ジページでシンの頭をはたき、歩はやれやれと息をつくとシンの課題に付き合い始めたのであった。 「……なー、そういや歩」 ぽつりと呟かれた名前に雑誌から顔を上げた。 見ればまだ、シャープペンシルを持ったままこちらを見てくるシンの姿がある。何か解らない所でもあったのだろうかと考えて歩は雑誌を閉じた。 「どうした? 解けないのか?」 「違くて。……その……さ。……俺たち親友だよな?」 「は?」 ……いきなり何を言いだすのかと思えば。 「……“親”が付くかは知らないが友人ではあるんじゃないか?」 「あ、ひっで! 歩、俺のこと親友と思ってくれてないのかよっ!」 「お前がそう思うのなら俺だって親友だと言えるぞ」 「……あ、うん。サンキュ。……って、そうじゃくてっ!」 「じゃあ何なんだ。はっきりしろ」 まったく要領を得ないシンの話に、歩はため息をついた。 あー、うー、と不可思議な呻きを上げつつシンは言いにくそうに歩を見た。言い渋るシンに視線で『話せ』と送る。 するとシンは軽く息をついてから、困ったような顔で歩に告げた。 「…………オカシイ、んだってさ」 「は?」 「……男女間で恋愛が生まれないなんて、オカシイんだって。そんだけ長くいるのにどうして恋愛に発展しないのか、って……」 「…………誰に吹き込まれたそんな事」 「ルナマリア」 「……あの子か……」 シンの友人である濃い赤色の髪の少女を思い出して歩は納得した。 なるほど、自分達とは違い所謂“普通の”思考を持つ彼女ならそう思うのは無理もないだろう。実際、歩自身も他の女子から聞かれた事があるのだし。 ちなみに歩はその時「シンと付き合うならキラと付き合う」と言い切った為に、一部の女子達に「女の子も許容範囲ですかっ!?」と詰め寄られた時がある。 あの時はキラにまで話が行き、彼女まで「歩ならいいかもー」とかのほほんと言ってしまったがために、しばらく某乙女の園の姉妹と重ね合わされた記憶がある。 今だに何故自分が姉でキラが妹だったかは解らないが。 ……話が逸れた。 とにもかくにもどうやら今だに自分達は怪しまれているらしい。 自分には一応紫芋色頭のマヌケ眼鏡がいて、シンは解りやすいぐらいキラを追っ掛けているというのに。 どうやら世の中は男女の友情を簡単には認めてくれないらしい。まったくもって不条理だ。 「……放っておけ。どうせ俺達にやましいとこなんて何もないだろうが。言いたいヤツには勝手に言わせておけばいいんだ」 そう言って歩は顔にニヒルだがどこか穏やかな笑みを浮かべた。 その表情は一部の……彼女が心を許してる人間にしか見せない表情で。 その表情を見慣れている(ただし嬉しそうに笑いながら照れている)シンはともかく、それをはたから見ていたクラスの人々は皆一様に顔を赤くさせて固まったのだった。 |