ちゃんと、気づけていられたら。
 助けられたかも、しれないのに。

 本当に、まだまだ自分は未熟で、半人前だ。



【Each role】





「どうしたのさリョーマ! 一人? 危ないよこんな時間に出歩くなんて……」

 ――――出てきた相手の顔を見て。
 この馬鹿、と心の中で毒づいた。


「……お邪魔するよ」
「え? ちょ、ちょっと!?」
 勝手知ったる他人の家、とばかりにリョーマは玄関から廊下へと上がると、昌浩の手を掴み部屋へと歩き出した。
 どうやら風呂に入ったようですでに寝巻きに着替えていたことを好都合に思いつつ、すたすたと足を止めることなく進んでいく。
 後ろで引っ張られるような形になり、焦ったような声を上げる昌浩を半分無視した。
「ね、ちょ、リョーマ!! 何で……!」
「リョーマ?」
 不意に聞こえてきた声に漸くぴたり、とリョーマは足を止めた。
 居間から顔を出した紅蓮がこちらを見ていた。眉を寄せ少し驚いた顔をしている彼を真っ直ぐ見上げて、リョーマはきっぱりと言い放つ。
「今日泊まるから。あとで掛け布団だけ一枚貸して」
「は?」
「じゃ」
「え!? あ、リョーマ、じ、じいさまとかに一応了解……」
「後で言う」
「あ、あとでって……!」
 おろおろしている昌浩を気にせずに、またすたすたとリョーマは歩き出す。向けられた小さな背中から読み取れる感情に、思わず紅蓮は苦笑した。

 全く。何処で知ったのやら。

「……俺が今から晴明のところに行くからいいぞー、あとで布団は持ってくなー?」
「え、な、なんでぇ!?」
「Thanks」
 帰ってきた言葉に頷いてから、ぼんやりと昌浩の部屋へ向かう二人を壁にもたれながら見送った。から、と引き戸を少し開けて居間から六合が顔を覗かせる。
「……知っているのか」
「でなけりゃこんな時間に来ないだろ。中学生にはもう遅い時間だ」
「十時だしね」
 ひょこり、とその下から大陰が顔を出す。後ろにはどこか難しい表情を浮かべた玄武もいた。
「……やはり、我らだけでは駄目なのだな」
 ぽつり、と呟かれた言葉に静寂が生まれる。その言葉を聞くと、皆は一様にどこか苦いものを含んだ表情を浮かべてため息をついた。
「……リョーマ様が来られましたから、大丈夫でしょう」
「そうだな、アイツなら……昌浩も、落ち着くだろ」
 炬燵に入ったまま答えた朱雀に視線を移して、そうねと大陰は炬燵の中に戻る。
 天一の入れた茶に手を伸ばして、でも、と続けた。

「…………やっぱり、歯がゆい気もするけど」

 神将達の胸に、遠い過去に感じたものと同じ思いが去来した。





「リョーマ、何で……わっ!!」

 部屋に入り、ぱたんと扉を閉めるとリョーマは手早くマフラーやコートを脱ぎ捨て昌浩を布団に追いやった。
 それからばさりと掛け布団を頭から被せそのままぎゅっと抱き込む。
 わ、わ、わと言いながらもぞもぞと中で動いて、昌浩は顔をぷはっと布団から出すとむぅとリョーマを睨んだ。
「いきなり何なのさ、大体泊まるって何で……」
「馬鹿。昌浩こそ何でそんな作った顔してんの。いい加減やめたらどう?」
「!!」
 容赦ないリョーマのその言葉に、昌浩の顔が強張った。
「な、何言ってんのさ……。いつもと変わんないよ? もーリョーマったらいきなり……」
「誤魔化せると思ってんの? そんな今にも泣き出しそうな顔してるくせに」
「……リョ、ーマ……」
 昌浩を見つめるリョーマの瞳は真っ直ぐだ。
 黒い瞳の中映る自分の顔を見て、……あぁ、だからか。と昌浩はどこかぼんやりとした頭で納得した。


 皆が、心配そうにしてたから。

 だから、心配をかけたくなくて。

 笑って、いたはずなのに。


「辛かったら泣けばいいじゃん。見られたくないなら、こうすりゃいいでしょ。だから、一人で溜め込むのはよしなよ」
「……ほんと、敵わないなぁ……」

 ぽすりとリョーマに引き寄せられ、昌浩は歪み始めた顔を彼女の肩に埋めた。じんわりと何かが体の中、いや心から染み出してくる。目頭が熱くなり喉の奥が震えだした。


 泣いていいわけないのに。
 泣く資格なんてないのに。
 それでも、今はこの温もりに甘えたくて。


「……ごめんね、リョーマ」
「ばーか。そう思うなら最初から隠さない」

 その言葉に少し笑って。
 昌浩は、そっと目を伏せた。








「…………何か飲み物貰える?」

 そう言ってリョーマが居間に姿を現したのはもう日付も変わったころだった。
「すまないな」
「気にしなくていいよ、それより水でいいから頂戴」
 廊下に立ったままのリョーマを炬燵に入らせて、天一が湯呑みに緑茶を入れた。それを飲んで人心地ついた彼女に、六合が問いかける。
「何か食べるか?」
「ん、大丈夫。今は喉渇いてるだけだから」
 そう言いながらぐい、と緑茶を飲み干すと再度天一に湯呑みを渡してリョーマはぐるりとその場にいる神将達を見渡した。
 昌浩とある種似た瞳が自分達を見据えてくるのに、神将達は少し姿勢を正す。
 別系統ではあるものの、彼女は――彼女の魂は自分達よりも高位の存在だ。
 彼女はそんなこと微塵も気にしないし、それを行使したこともないのだが、何となく居住まいを正さなくてはならない気がしてくる。
 そんなことを思いながら紅蓮はリョーマを見返した。
「昌浩は?」
「泣き疲れて寝てる。一緒に寝るからあとで上掛けだけくれる?」
「あぁ。さっきも言ってたからもう用意してある」
「ん。……で、本題だけど」
 すう、とリョーマの瞳が彼らを射抜く。


「何が、あった?」


「……学校から帰ってきてから、依頼があってな。晴明が出払ってたから俺と六合と昌浩とで行ったんだが……」
 依頼はなんてことのないポルターガイストのようなものだった。しかし、それを起こしていたのはかなり厄介な妖で、少々ながらも苦戦した。
 風を操るそれらは二匹だったのだ。風は炎を操る紅蓮には厄介なもので上手く動けず、六合もまた少し動きを制限されていた。
 とはいいつつも少しの時間でそれらを退治た二人が見たものは……顔面蒼白で、一点を見ている昌浩の姿だった。

『昌浩?』
『あ……』
『? っ、!!』

『いやぁ!! やだ、ベス目を開けてぇ……っ!!』

 子犬を抱え泣きじゃくる少女。
 その家の子供。
 子犬は、息をしていなかった。


「昌浩に非があったわけじゃない。もともとその犬は家人が皆避難しているというのに勝手にひょこひょこ来たからな」
「家の両親はそれを解っていたからこちらを責めては来なかった。だが、子供は感情を簡単には制御できない。俺達が帰るまでずっと泣き叫んでいた」


『返して!! ベスを、返してっ!! どうして助けてくれなかったのっ!?』


「昌浩が直接言われたわけじゃない。どうみたって責任者は俺達だし、その子供も俺達に言っていた」
「しかし、実際はこの依頼は昌浩に任されたものだ。……そこを出て家に着くまで、昌浩はじっと黙り込んだままだった」

 着いてからはわざと明るく振舞っていた。
 反省を深く深くして。それから振り切ったように毎日の鍛錬をこなして。
 食欲なんてないはずなのに美味しそうに夕飯を食べて。
 テレビを見ながら大笑いをして。
 気を使う神将達にも笑顔を見せて。

 ……けれど瞳は誤魔化せきれなかった。
 傷ついた、光が曇る瞳。
 痛々しくて見ていられなかった。
 それなのに彼女は無理をして。
 皆どうすればいいのか悩んでいた。



『……俺だけど。開けてくれる?』



 だから、そんな時鳴ったチャイムの音とインターホンから聞こえた声に、あぁ、と思わず安堵してしまったのだ。

「……何となく胸騒ぎがして。顔見て納得した」
 不二の家に来ていて、ベッドに入って寝ようかと思っていたのに、何故か嫌な予感が渦巻いていた。
 どうしても気になったから彼と一緒にここまで来て。何が起こっているか解らなかったから、もし中に入ったら帰っていいよと言ってチャイムを押した。何も無さそうならば帰るつもりで。
 出てきたのは、今にも壊れそうな瞳をした少女。

 胸騒ぎの正体を知って、後ろ手にごめんと不二へ手を振った。

「まぁ気持ちは解らなくもないけどね。自分のせいだって責めているうちは誰の言葉も頭入らないし」
 まるで経験があるような口ぶりでリョーマはぽつりと呟いた。それから渡された湯呑みに口をつけて続ける。
「アンタ達、昌浩にとっては家族だし。事情を全部知ってて気使われたらそりゃ無理したくもなるか……」
 珍しく苦笑を浮かべてため息を吐く。ことりと湯呑みを置いて頬杖をついた。
「俺は、事情知らないし。ましてや家族でも、血縁でもない『友達』だからね。お互い弱みを見せ合えるぐらいには仲いいはずだし」
 だからさ、と彼女は皆を見回して。

「そんな辛そうな顔しないでくれる? あんた達はあんた達にできる事をすりゃいいじゃん。少なくともあんた達がいたからヤケに走ろうとはしなかったんだろうしさ」

 その言葉に目を見張る神将達を尻目に、リョーマは湯飲みのお茶をぐい、と飲み干すとご馳走様と言って立ち上がる。隅に用意してあった上掛けを抱えると「お休み」と言い残し、彼女はさっさと戻っていった。




「……ったく敵わんな、アイツには」
「ホントよね。何で昌浩といいリョーマといい、恋愛とか鈍いわりにこういうことは鋭いのかしら……」
 皆ため息をつきながら、苦笑する。あれは口下手な彼女の精一杯の激励だ。

 口は悪いし、生意気で態度もでかい。
 けれど、その根本には優しさがある。
 包み込むような、深く広い優しさ。

 だから、皆彼女を嫌えない。
 悔しく思っても、でも彼女なら、と思うから。
 遥か昔にあった……似たようなできごとを思い出して、沈んでいた自分達を気にかけるから。
 良かったと、心底思う。
 彼女がいてくれて。

「……よし、そろそろ寝るか」

 明日は休みだ。
 リョーマも連れて皆で出かけようか。
 痛みを忘れさせることも、吐き出させることも出来ないけれど。
 その痛みを和らげることは出来るはずだから。

 窓から夜空を見上げて、明日は晴れかと紅蓮は淡く笑みを浮かべた。





“今は、ゆっくりおやすみ”





□かなり珍しいシリアス調のロマエゴ話。
 神将達が思い出してるのはきっと真紅の〜や玉依編辺り。不二は昌浩がらみなら大体許容してくれます。だから直ぐにリョーマを連れて行ってくれました。色々とつっこみもあるかと思いますが、許してクダサイ……。(涙)