「…………名探偵と、呼ばれる貴方が何で俺を助けるんですか?」

「は?」
 どこか揶揄するような呟きを向けたにも関わらず、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。
「……何でそんなに不思議そうなんだ?」
「だって、貴方は探偵で……俺は、その目の前でドンパチやらかしてこうしてヘマしたヤツですよ?」
「それがどうした」
「や、それがどうしたって……」
「あーあんま動くなよ、まだ巻き終わってねーんだから」
 目の前で心底不思議そうに首を傾げる相手に少々眉を寄せた。

 本気で言ってるのだろうか。
 しかも問いかけの最中もこちらが負った傷を手当する手は止まらない。全く露ほども気にしていないような態度。
 その様子が不可解すぎてますます訝しげな表情を浮かべてしまうのは仕方が無いだろう。

「貴方は、工藤新一ですよね? 日本警察の救世主、名探偵と呼ばれるあの」
「まぁ、一応そう呼ばれてるらしいな」
「なら、何で俺を・・・・警察に引き渡すとか、しないんですか?」
「ん? 引き渡して欲しかったのか? 呼ぶなら直ぐに呼んでやるけど」
「いや、もちろんそうされたくはないんですけど……」

 何だか噛み合わない会話に眩暈を覚える。本当に目の前の人物は『あの』工藤新一だろうか?
 確かに、今さっき厄介なヒト達を自分の代わりに追い払ってくれたのは目の前の彼女なのだけれども。紙面やネットなどの情報で知る彼女とは大分違う気がする。
 もっとクールで知的で(いや知的ではあるのだけれど)間違ってもこんなぼけぼけしていて可愛いイキモノでは無かった筈なのだ。

「あの、本当に解ってます?」
「んー?」
「この状況とか……」
「えーと……俺が帰り道にたまたま薄暗い路地裏にお邪魔したら何やら物騒なモノ持った数名の人間と対峙しててちょっとばかし銃刀法違反犯してるかもしれない女の子見つけてしかも怪我してるみたいだったからちょっくら追い払って今こうやって手当てしてることか?」
「……ご説明ありがとうございます。それで」
「それで?」
「っ!! だから!! 貴方も言った通り犯罪犯してる人間見つけたんですよ!? 暢気に手当てしてる場合ですか!?」
「いや、だって怪我結構酷そうだったし。応急手当でも必要だろうし」
「そうじゃなくって!! 俺を捕まえたりしないんですか!?」
「や、俺警察じゃないからさ。捕まえることは」
「………………も、いいです…………」

 暖簾に腕押し、ぬかに釘。
 そんな言葉が頭をよぎる。もはや諦めにも似た心境でため息をついた。
 大人しくなった自分をちら、と見やってからさっさと包帯を止めていく。少しばかり深く切り裂かれていた腕の傷は白に覆われてもう見えない。少々血を流しすぎた所為で頭がくらくらしてきた。でも、まだここで意識を失うわけにはいかないのだ。

「……ありがとうございました」
「いや、構わないぜ。んじゃ、気をつけて帰れよ?」
「は?」
 よっこいせ、とちょっとばかしイメージ的にどうかと思われる掛け声で立ち上がった相手に目を丸くした。自分の出した声に、ん? とまたしても不思議そうな表情を浮かべている。何だこのヒトは。
「いえ……それだけ、ですか?」
「それだけって……あ、タクシー呼ぶか? それで帰るのキツイだろうし」
「そうじゃなくって!! どうして、何も聞かないんですかっ!?」

 たまたま、今日はいつも一緒にいる自称右腕や友達とは別で。
 そこを狙ったように来た刺客。
 誰が自分を十代目にしたいと言っていたって、自分にはその意思なんてないのに。
 それでも命をとられるなんて冗談じゃないから応戦して。
 利き腕を傷つけられて少し不利になったところで――――暗い路地に凛と響いた声。



『そんなところで何してるんだ?』



 あいつらの後ろに立って、静かに問いかけてきた声。
 思わず少し意識をそちらにやって、見えたものは闇の中でも光を放っているように見える蒼い瞳。


 一瞬、時が止まったような気がした。


 気づけばその人がどうやったのかそいつらを蹴散らして自分の手当てをし始めていた。そこでちゃんと相手を見て―――――それが、かの有名な探偵だということに気づいたのだ。

 正直、血の気が引いた。
 彼女の力は、あまりにも有名すぎた。

 自分の状況は誤魔化しようがない。何せ近くには拳銃があるのだ。
 まさかモデルガンと本物を間違える筈も無いだろうし。これは、まずい。
 最悪、助けてもらったことには感謝しつつもどうにか口封じを……と考えていたのに。

 目の前の名探偵はまるでクラスメイトに「また明日」とでも言うような軽さでこの場を去ろうとしているのだ。


「聞かないって……聞いて欲しかったのか?」
「そんなワケないでしょう!?」
「じゃあいいじゃねぇか」
「いいって……貴方、探偵でしょう!?」
「そうだな」
「俺は、犯罪者なんですよ!?」
「……犯罪者、なんてここにはいねぇぞ?」
「……え?」
 感情のままに叫んだ言葉に返って来たのは酷く穏やかな声だった。
「お前は犯罪者じゃないだろ」
「何言って……!」
「とりあえず、俺の目にはそう見えなかった。だから手当てだけしたんだが」
「俺は……っ!!」
「他の人間を巻き込まないように全力で戦ってるようなヤツは、俺の中では犯罪者じゃないんでな」
「……っ!!」

 何を、言って。
 そう言おうとするのに声が出なかった。

「じゃ、俺はもう行くけど本当に気をつけろよ? それじゃあな」
 そう言って本当にあっさりと彼女はこの場を去って行った。





「…………本当に、何なのさあのヒト……」


『犯罪者じゃない』?
 立派に拳銃持ってて、応戦していた人間が?
 …………馬鹿じゃ、ないだろうか。


「ホント、何者だよあの人……」

 もう二度と会いたくない、そう心から思う。

 けれど、心のどこかでこれは始まりに過ぎないであろうことをどこかで確信していた。





“知らず知らず期待している、

これから起こりえる面倒ゴトに”