それはある日の放課後のことだった。




『女の子の秘密会話』





 優しく風が髪を揺らす。
 秋に入ったとはいえ昼間はまだ暖かいこの季節。
 私立ロマエゴ学園、第一カフェテリアの外テラスには三人の少女が座っていた。
 金髪を一つの三つ編みに束ねた一人はグラスに入ったストローをからからと回し、目の前のパイにフォークを入れるもう一人は長い黒髪の少女。
 三人目は肩につくぐらいの茶髪を無造作に伸ばしたクールそうな少女で、黙々と本に目を通している。

 不意にグラスをかき回していた手を止めて、少女──エドワード・エルリックは目の前の少女に話しかけた。

 「……不二がおかしい?」
 「そう。この間だって俺が遊びに行ったら『もうこんな時間だね、送るよ』ってすんなり家に帰らせてくれたんだよ? 絶対おかしいっ!」
 「でもそれは当然じゃねーの? 仮にもお前まだ中学一年生だし」
 「甘いねエドセンパイ、あの男は大魔王。一度行ったら夜は必ずベッドに連れ込まれて、朝まで離してくんない性欲魔神なんだから!」
 「性欲魔神て……いや、俺も一人知ってるけど」

 あの男も加減しろよなーと呟きながら、エドワードは口に含んだストローを吸った。
 オレンジジュースが口の中に広がり、そのまま横目で可愛い後輩──越前リョーマの姿を見る。
 彼女は目の前のブルーベリーパイにざくざくとフォークを入れている真っ最中だ。
 その目はどこか遠くを見ており、パイ生地が粉々になって紫のブルーベリークリームが出てきてしまっている。
 それはもはやパイとはいえないだろう。
 もったいない。せっかくの鳴海歩自信作を。
 しかし、それを造った当の本人は優雅に紅茶を飲みつつ読書をしていた。
 ザ・マイペース。
 リョーマも自分も協調性があるとは言えない性格だが、人とのお茶の時間まで読書しようとはさすがの自分でも思わない。
 別に非難しているわけではないのだが。まぁ、彼女がこういうお喋りにあまり口をつっこまないのは今更だ。

 「んで? 後は何かあんの?」
 「いや別に。気になったことをぶつけて見ただけ」
 「そーっスか……」
 「……大方、後でまとめて請求されるんじゃないのか? そろそろ春休みだしな。小旅行ぐらいのこと、あれなら考えてそうだが」
 「あー俺もそう思う。歩センパイの意見さんせー」

 突然口を挟んできた歩にまた少し感心しつつ、エドはリョーマを見つめた。
 彼女は一見聞いてなさそうにしながら実は聞いていたりするから面白い。

 「いっそのこと聞いてみればいいじゃん」
 「そんな恥ずかしいことできるわけないでしょっ!?」
 「このまま悶々と考えているよりはマシだと思うけどな」
 「歩先輩まで……」

 がっくりと肩を落とすリョーマは可愛く見える。(実際可愛いのだが)
 テニスをしている時は傲岸不遜、生意気などと言われるリョーマだがこんな女の子らしい彼女もあるのだ。
 見れるのは自分達ぐらいなのだろうなーとそのことが少しだけ誇らしい。
 一番可愛いトコロが見れるのは、彼女の彼氏、親友だろうけれど。

 と、しばらくたってリョーマの携帯が鳴り出した。
 とってから顔が若干明るくなったことを推察すればきっと不二だろう。
 二言三言会話を交わすとリョーマは立ち上がり、テーブルの上の紅茶を飲み干すと「ごめん行く! ありがと、また明日ね先輩たち!」と駆けだして行った。
 その後ろ姿を見送り、エドは呟く。

 「恋する乙女って可愛いねぇ」
 「エドもその一人じゃないのか?」
 「俺は乙女って言われるほどじゃないし」

 そうか、と言うと歩は本を閉じた。

 「あれ、もう読まねぇの?」
 「そろそろ終わった頃だろうからな」
 「何が?」
 「マヌケメガネの用事が」
 「あー……それはそれは仲の宜しいことで」
 「そう見えるか?」
 「いやちっとも」
 「だろうな」
 「でも」

 ん?と首を傾げる歩にエドはにっと笑った。


 「好きなんだろ?」
 「……さぁな」


 そして荷物を持って去っていった歩の耳が僅かに赤かったのは秘密だ。



 「あー、一人かよ……たまには呼び出してみっか」


 何だかあの二人に触発されてしまったらしい。
 携帯に手を伸ばし、いつも送られてくるアドレスにメールを打つ。




 『あと五分でA棟一階のカフェテリアまで来られたら泊まりに行ってやる』




 さぁ彼はどんな必死な形相でやってくるだろうか?
 そんなことを笑いながら思いつつ、エドワードはストローに口をつけたのであった。






…………






 「エドワードと鳴海といたの?」
 「ん。……あの、しゅ」
 「ねぇリョーマ君。春休みに熱海行かない?」
 「え?」
 「父さんから無料宿泊券もらったんだ。どう? 一緒に温泉行かない?」
 「……行く」
 「ありがとう」
 「……エドと先輩言ってた通りじゃん」
 「何か言った?」
 「何にも」






…………






 「悪ぃ歩! 待ったか!?」
 「遅い。何分過ぎてると思ってるんだ?」
 「ご、ごめんなさい……」
 「……荷物はお前だけ持てよ」
 「え」
 「何だ」
 「……飯作りに来てくれんのか?」
 「……約束、したしな」
 「…………」
 「香介?」
 「……愛してるぜぇぇっっ歩っっ!!」
 「馬鹿っ抱きつくなっ!!」






…………






 「12、11、10、9……」
 「エディッ!!」
 「お、ぎりぎりセーフだな。変態教師」
 「そういう言い方はやめたまえ……」
 「ほんとのこと言って何が悪いんだよ」
 「……まぁいいか、折角の君からのお誘いだしね。車をまわしてくるよ。裏門の前で待っていたまえ」
 「はいよ、っつーか俺腹減った」
 「何がいいんだい?」
 「チーズときのこのスープリゾット」
 「じゃあこの間の店に食べに行こうか」
 「もちろんおごりだよな?」
 「デートの時に恋人に金を出させる気はないよ。……もちろん、夜はたっぷり君を食べさせてもらっていいんだろう?」
 「馬鹿なこと言ってないで早く車まわしてきやがれ!!」






 それなりに幸せな、それぞれの放課後。





“甘いものを食べると、甘い恋をしたくなるのかしら”