「…………えー、と」
「おぅ、お帰り」
「お帰りなさい」
「お帰り!」
「……何が、一体どうなって?」

 目の前に広がる光景に、快斗は目を瞬かせて首を傾げた。
 朝は片付けられていたダイニングテーブルの上には様々な調理器具が並べられている。粉やら砂糖やらで汚れて後片付けが大変になりそうなそれらを前に、約一名は困った顔をするものの他二名は真剣な表情を浮かべて何かと格闘していた。
 漂う甘い匂いに疑問を感じるものの、必死そうな二人に快斗は声をかけられずに立ち尽くす。
 そんな快斗を見兼ね、苦笑しながらルルーシュはとととっと足音をたてて彼へ近付いた。

「すみません、ちゃんと後で片付けますから」
「いやそれはいいんだけど……これ、何の騒ぎ?」
「えっと……スザクが、その」

 困ったように笑うルルーシュに大体の予測をつけて、快斗は苦笑を浮かべた。子供二人のうちの片割れはバイタリティ溢れる元気なお子様だ。意外とノリのいい新一がそれに便乗して、この有り様ということだろう。

「すみません……」
「いや、いいよ気にしなくて。後で皆で片付ければいいんだし」

 しゅんとして謝るルルーシュの頭をぽんぽんと優しく撫でて、快斗は粉まみれになりながらも生地をこねる新一とスザクを見やった。

「でも、何でお菓子作り?」
「……今日、西暦何年何月何日ですか?」
「今日?うーんと……2008年9月6日?」
「8、9、6を並べかえると何か思いつきませんか」
「………………俺の名字?」

 968。くろば。黒羽。
 ……相変わらず考えることが面白い。

「スザクが、カレンダーを見て今日は快斗さんの日だって言い出して……」
「あ、やっぱりスザクか」

 予想違わず出された名前にくすりと笑みを溢して、快斗は楽しげにルルーシュを抱き上げた。そのままダイニングを出てリビングも出ようとする快斗にルルーシュが慌てる。

「快斗さん?あの……」
「まだまだ二人ともかかるだろうから、お風呂の用意手伝ってくれるかな。たぶん必要になるだろうしね」

 粉まみれな二人を思い浮かべながら笑う快斗に、ルルーシュはぱちぱちと目を瞬かせると苦笑してから小さく頷く。
 どんなものが出来るのかを期待しつつ、快斗はルルーシュと共にお風呂掃除に勤しんだのだった。




プレゼントは魚のクッキーでした。「ぎゃあああああ!」









「…………スザクか?」
「はい……」

 苦笑するルルーシュに、新一はほんの四日前を思い出して深々とため息をついた。9月6日。ちょうど2008年ということで8、9、6が続き並べ替えれば968、つまり黒羽の日だ! と言い出したスザクは記憶に新しい。そして今日が9月10日となれば導きだされる答えは名探偵じゃなくてもただ一つだ。

「今度は俺か……」
「あ、でも料理は快斗さんですし。新一さんの好きなものばっかりですよ?」
「それはまぁ、いいんだけどよ……」

 扉を開けて入って、漂ってきた匂いは食欲をそそった。現場帰りで疲れていたので、先に風呂へ入ろうかと思っていた足を止めさせるくらいだ。快斗の作る食事が美味しいのはよく解っているから問題はそこではない。問題は。

「…………何なんだこの台風がきたような散らかりっぷりは……」

 リビングは酷い有様だった。家具が倒れていることはさすがにないものの、戸棚は全開で中のものがはみ出て、ラグやソファーはずれて色々なものがそこかしこにとっちらかっている。今まで見たこともない惨状に新一は額を押さえてため息をついた。

「何でこんなことに?」
「その、スザクがですね? 快斗さんがデザートに使っていたリキュールを誤って呑んでしまって……」
「……なるほど」

 つまり、酔っ払ったスザクが暴れまわったということだろう。だからルルーシュが一人掃除をしていたわけである。しかし姿の見えない快斗はどうしたのかと新一が首を傾げるとルルーシュは少し困り気味にため息をついた。

「……スザクが、暴れまわったせいで快斗さん打撲がけっこう……幸い手には何もないんですけど……そのぅ……ちょっと、蹴られたりとかもしちゃって……」

 しどろもどろで頬をうっすらと染めてどういえばいいか考えているルルーシュを見て、新一は何処を蹴られたのかを何となく悟り、そして心底快斗に同情した。
 まだ七歳でありながらも、スザクは怪盗キッドをやっている快斗の手を煩わせるほど強い。運動神経も身体能力もいいはずの新一でも簡単には太刀打ちできないのだ。そんなスザクが手加減せずに蹴り上げれば……それはもう、想像を絶する。

「スザクは哀さんのところで酔いが醒めたらこき使ってください、って置いてきました。快斗さんは当分動けなさそうなのでベッドで寝てます。だから夕食は僕と二人で、と言われたんですが……」

 ごめんなさい、と悪くないのに謝るルルーシュの頭をぐしゃぐしゃと撫でて新一は苦笑を浮かべた。久々に早く帰ってこられたので少しくらいならいちゃいちゃさせてやってもいいか、と考えていたのだがこの分では快斗も起きられまい。まぁ疲れているので新一にとってはどっちでもよかったのだが。しゅん、とすまなそうなルルーシュを抱き上げて新一は笑いながらダイニングへと進む。

「ん。じゃとりあえず温めなおすか。んでトレーに乗っけて上持ってこうぜ?」
「え?」
「アイツ一人ってのもアレだしな。スザクも呼んで一度夕食にしよう。罰はまたそのあとでもいいだろ」
「……はい!」

 ぱっと顔を輝かせたルルーシュの微笑みは子供らしさに溢れていて、可愛らしいそれに新一の頬も緩む。それからキッチンへと進むと二人仲良く夕飯を温めなおし、その日はどうにか四人で910の日を過ごせたのだった。



「いたかった……マジで痛かった……」
「……同情する」
「何だよ快斗にーちゃんだらしねーなー!」
「スザク! 馬鹿か君は! 快斗さんにこんなことして! 反省しろこの馬鹿!!」
「な、なんだよ! 俺は悪くない!」
「どの口がそんなことを言えるんだ!」
「! い、いひゃい! ふねんなよ!!」
「いいからちゃんと謝るんだ! そうでないと当分君とは口をきかない!!」
「!! …………にーちゃん、ごめん」
「……ん。もう勝手につまみぐいすんなよ?」
「うん……」
「……すごいな、ルルーシュ」
「別に何もしていませんよ? ちゃんと躾けないとじゃないですか」
「…………まぁそうだな」



躾はちゃんと行いましょう。