大根と人参を細く刻んで甘酢に漬ける。その横ではこんにゃくをくるくると巻いており、里芋がくるくると剥かれ椎茸の石づきが落とされる。すり鉢では海老が練るようにすり混ぜられ、コンロではことことと黒豆が煮られていた。更にその横では小魚が炒られ、豆が味付けをしただしに漬けられる。

 くるくると、ひっきりなしに台所では忙しなく新年の準備が進められていた。総指揮をとるのはこの邸に住まう住人の天才マジシャンである。他にはクールな茶髪の少女(愛読書はオレンジページ)、更には黒髪紫目の女王様が難しい調理の担当を任されている。
 手伝いとして、今日は死神業もお休みな橙髪の少女、イノセンス探索はまた来年から、と白髪の少女、ちょっと人には言えない家業を超特急で済ませてきた少女たちも加わった。
「黒羽、これぐらいで味はいいのか?」
「どれどれ……うん、いいと思うよ。でもあとちょっとだけみりん足してもいいんじゃない?」
「歩さん、こんな感じでいいですか?」
「ああ。あとはそれにこっちのボウルのを混ぜてくれ」
「解りました」
「あー……これやっぱ腕疲れんだろ。代わるぜ」
「あ、ありがとうございます一護さん」
「おー。じゃああっち、ルルーシュ手伝ってこいよ」
「はーい」
「アレン、黒豆はどんな感じ?」
「えっと……まだ、ですかね」
「いい感じになってきたら言ってねー」
「昌浩、短冊切りは出来るか?」
「はい、まだちょっと練習中なんですけど……」
 自信が無さそうな昌浩の苦笑に、ルルーシュは少し笑みを浮かべると包丁をとって教えるように手を添えた。鍋の中で美しく艶を出し煮える黒豆を快斗がチェックし、歩とアレンは和え物の味見をする。一護は荒くすり潰された海老を更にすり潰し、下味をつける。
 コンロの隅では大量のお湯が沸かされ、あと数時間もすればたくさんの蕎麦が茹でられることになるだろう。
 そして定番のあと一つは、直に現れることになる。



 沸き立つ甘い匂い。優しい煮物の匂い。香ばしい香りも漂い、台所からは食欲をそそる匂いがリビングやダイニングに広がっていく。聞こえてくる忙しない音、少女たち(+青年一人)のどこか楽しげな声をBGMにリビングで寛ぐ数名はくすりと笑みを浮かべた。
「忙しそうだな……」
「手伝いに行かなくてもいいのか?」
「六人いるし、これ以上行っても邪魔になるだけだと思うぜ? まぁ何かありゃ快斗が言ってくんだろ。……それより日番谷。さっさと進めろ」
「ああ。……お前えげつないな」
「新一先輩、容赦無さすぎじゃあ……」
「バーロ、考えろよアスラン。日番谷だぞ? 手抜いたらこっちがヤバイ」
「そうだよねー、日番谷さん強いもん。……さ、こっちも進めようか不二くん」
「お手やわらかにお願いしますよ、キラ先輩」
「なーに言ってるの。君、普段はあんまり本気出してないでしょ。……ちゃんとやらないと殴るからね?」
「怖い怖い。……じゃあ全力で」
 ソファの中心に置かれたテーブルの上には二組のチェス盤が並べられていた。攻防は傍から通りかかって見ただけではほとんど動いていないように見える。しかし、傍観者であるアスランは顔が引き攣るのを止められない。
 智者同士の対決は、恐らく盤面で行われているのではなくそれぞれの脳内で展開しているのだろう。だからこそあまり戦局が表面化しない。だが、それこそが恐ろしいのだ。
 凄絶な笑みを浮かべた名探偵。その向かいに座る銀髪の少年はじわじわと追い詰められ、追い詰める。にこやかな笑みを浮かべた最強の人類の一人である少女はさらりと脅しをかけ、対するこれまた爽やかな笑みの少年からはどこか薄暗いオーラが漏れ出ている。
 この空間に助けを求めても、誰一人助けはこないだろう。そんな状況にため息をつき、アスランは大人しく紅茶を煽った。



 冷えた空気をほのかに温めるはずの炎は何故か勢いが強い。さすがに天まで登る、とはいかないがそんな勢いだけは感じられる火柱を眺め、黒髪の少女は呆れたように隣の金髪の少女を見やった。
「……やっぱりあの人って馬鹿?」
「やっぱり、じゃなくてアイツは馬鹿だ大馬鹿だ」
「苦労するね、エド」
「お前もな……。俺は今、中には絶対に入りたくないぞ」
「同感」
 ため息混じりに紡がれた声に、二人はさらに横を眺めやる。特徴的な赤紫色の髪を逆立てた少年が一人、肩を落とした様子でうな垂れていた。
「どしたの、浅月先輩」
「どしたって、お前らアレ見て何にも思わねーのかよ……」
「いや、なんかもういいかなって……ツッコミいれるの疲れんじゃねーか」
「……まぁそうだけど」
 焚き火、のはずだったのだ。リョーマとエドワードが庭を掃き、それを集めていたらさつまいもを快斗が持ってきた。ただそれだけ。……それだけだったというのに、何故か。

「私の炎のほうが凄いだろう! お前の炎も確かに凄いが、私だって調節は出来る」
「いや、そもそも俺とお前を比べるな……。言いたくはないが、俺はこれでも一応神の末席だぞ?」
「そんなことは関係ない! 今、私に関係あるのはさっきエディが火を点ける時に『あ、火点けてよ紅蓮先生』と、お前を頼ったことだぁぁぁっ!! ……私だって、点けられるというのに、というかそれは私の専売特許であったはずだというのに……!! おのれ安倍蓮!! どちらの炎がより優れているか、いざ尋常に勝負!!」
「人様の家で火を無闇に使えるか阿呆」
「つっーかオッサン、いい加減にこっちも手伝いやがれ」
「あ、神田くん僕は平気だよー?」
「お前が平気でもこっちが平気じゃないんだよ!! 高速でつこうとするなこの馬鹿!」
「いや、だって人数多いから早くやらなきゃと思って……」
「明日もあんだからとりあえず、明日の雑煮分があればいいんだよ。……安倍先生、こっちやってくれ。スザクのスピードが人外すぎる。人外のアンタならついてけるだろ」
「お前言いたい放題だな」
「こら! 私を無視するな!」
「マスタング、うるさい」
 杵を持ったスザクがははは、と楽しげに騒ぎを見守っている。臼の中にはほかほかの湯気が立ち上るもち米。傍の水で手を洗い、神田はいささか引き攣った顔で紅蓮を見やった。
 ロイはきいぃぃっ!! と紅蓮を睨みつけ、そして中心の紅蓮は疲れた様子で深く深く、ため息をつく。




「……ああ、もうそろそろだな」
 時計を見上げて新一が呟いた言葉に快斗が笑って頷いた。



 お節の準備は万全、雑煮のお餅も万全、ついでに黒焦げになりかけたさつまいもも無事回収してりんご煮にしてある。あとはお節料理に欠かせない“アレ”が来るのを待つのみ。
 洋館である工藤邸には少々似合わぬ炬燵の一辺には、リョーマが昌浩にべったりとくっつくように入っている。その横には神田が座り天板の上の籠から取り出した蜜柑を剥き、隣のアレンへとその房を渡していた。
 一つ残った一辺では不二が多少拗ね気味にリョーマを見やる。昌浩はといえば、テレビで放映されている紅白歌合戦に夢中だ。
「ほら、口開けろ」
「はむ……美味しいですねこのオレンジ! とっても甘い」
「オレンジじゃねぇ」
「リョーマくんこっち来ないの……?」
「昌浩のほうがいい」
 不二の表面上寂しそうな声もばっさりと切り捨て、リョーマはぬくぬくと昌浩にひっつく。昌浩はそんなリョーマを無意識に抱きしめつつ、画面の中の歌姫に歓声を上げた。アレンや神田もそちらに視線をやり、アレンは優しく微笑みを浮かべる。
「わー! シェリルの衣装凄いなぁー、綺麗だね」
「ランカ・リーも可愛いですよね。……でも何だか、シェリルもランカも少し顔が引き攣ってません?」
「客席のほうみたいだな」
「客席でなんか見つけた感じ?」
「……あ、シェリルが髪飾りちぎって投げた」
「投げたっていうか、投げつけてねぇかありゃ……」
「ランカはマイク投げつけたみたい……」
「……いったい何が?」
「次出るのクラインだろ? 舞台近くにいるんだろうから、後で聞いてみたらどうだ」
「ああ、そういえばラクス先輩はこの次の次ですもんね」
 一方、二台あるうちの一台では紅白歌合戦が流されている中、もう一台のテレビの前では白熱した対決が繰り広げられていた。
「安倍! 貴様だけには負けないからな!」
「マスタング、お前勝負の趣旨を理解しているか……?」
「あはは、ルルーシュ。僕達何もしなくても勝てそうだね……って聞いてないか」
「あ、そっちじゃ駄目だよルルーシュ。……あ、ほらまた!」
「うるさい耳元でいちいち喋るなスザク! 放っておいてくれ!」
「だってルルーシュ落ちゲーには弱いじゃないか……」
 2対2の勝負だというのに一方では何故か味方同士で争われ、一方ではあっさり進めていくキラの横でまごつくルルーシュにスザクが口出しし怒鳴られる。そんな二人をキラの隣でエドは呆れたようにため息をついた。
「俺の番って回ってくんのか……?」
 ダイニングでは、二人の少年がジュースとお茶、そしてこっそりと数パーセントのアルコール表記がされた缶を片手に深々とため息をつく。
「……新年になったら恐らくラクスが来るぞ……」
「あの嬢ちゃんもな……」
「また来年もこき使われるということか……」
「俺達ってぜってぇ苦労人だよな……」
「「…………はぁぁ……」」

「…………あっちから辛気臭ぇオーラが漂ってくんだが、放置しておいていいのか?」
「あー、まぁそっとしておいてあげようか」
「新一さん、こっちの事件は……」
「ああこれな、これはさー被疑者がセコイやつでよー」
「……何もこんなカウントダウン間際まで検証しなくても……」
 ソファに向かい合わせになってテーブルに広げられた資料を漁る新一と歩に、呆れたように一護が呟く。その言葉に苦笑した快斗が一護へグラスを差し出すと、ちらと日番谷を見やる。その視線に少し笑って頷いたのに、快斗は心置きなく一護へそれを手渡した。
「そういやお仕事大丈夫?」
「今日と明日、明後日は非番をもぎとった」
「無茶すんなよなあんまり……」
「無茶じゃねぇよ、普段俺に休めっていうのはお前のほうだろ?」
「そりゃそうだけどよ」
「いいじゃん、恋人と新年過ごしたかったから日番谷は頑張ったんでしょ? 一護ちゃんはなんかゴホービあげないの?」
「ご、ご褒美って、や、そんなの別に何も考えてっ」
「……明日帰ったら、寝させてやれねぇかもな」
「ば、馬鹿野郎!!」
「いいなぁ日番谷……新一はあんなんだし、邪魔もいるから俺なんて……」
「……がんばれ」
 沈み込む快斗の肩を叩き、日番谷は杯の酒を煽った。そして不意に顔を巡らせると玄関の方角を見やる。
「……誰か来たみてぇだぞ」
「え?」
「……ああ、もうそろそろだな」
 その言葉に反応した新一が時計を見上げて呟いた。快斗が笑って立ち上がる。テレビの中では紅白も終わりあと数分で日付が変わる。白熱していたゲームも強制終了となり、ダイニングでやさぐれていた二人も皆、ソファ周りへと集まった。
 そしてリビングへ、快斗が玄関からつれて来た二人が新たに加わる。

「遅れてすみません!」
「お邪魔します」

「おー、ギリギリだぞ健二! 佳主馬!」
「ごめんなさい、ちょっと手間取っちゃって……」
「完成した?」
「はい! 佳主馬くんも裏ごしするの手伝ってくれたんで!」
「味見はちゃんとしたし、美味しかったよ」
「ん。じゃあとりあえずもう座れ」
「はい!」
 コートを脱いで、持ってきた金色の栗きんとんが入ったタッパーを快斗へ渡す。そしてソファやこたつ、その他ラグやらに座って皆が時計やテレビを見やる。
 テレビの画面は銀河の妖精と超時空シンデレラのカウントダウンライブの真っ最中だ。中央のステージに二人が走っていき、背中合わせに片腕を掲げる。立てられた指は三本。


『3.Hey,I count down……!』
『2.Are you ready?』
『1.覚悟はどう?』


『『0.愛、鳴らして!』』


“A Happy New Year!!”