ウラハラ。 「邪魔だ、どけ! 目障りだ!」 「何するんだ!」 「黙れ。騰蛇ともども、役にも立たない子ども風情が!」 『カッーット!』 監督の声が、その場に響いた。 まだ朝も早く、日の出までは遠い時間。早朝というよりも深夜に近いだろう。かといって時間は無駄に出来ない。まだまだこれから重要なシーンが控えているのだから。 もちろん、全てを今日撮りきるわけでは無いがそれでも現場は慌しい。くるくる変わるセットと走り回るスタッフ。次は特殊セットになるために準備が大変なのだ。 その間、役者は椅子などに座り待機。昌浩も例に漏れずに役者用に置かれた椅子に座り、タオルを首に引っ掛け台本を見ながら待機中だ。メイクさんが整えたあとも、一人黙々と台本に集中し水分補給のことなど頭から吹っ飛んでしまっている。 そんな時、次の台詞の復習をする昌浩の肩に不意に手が置かれた。その手の主に心当たりはあったものの、何故なのかが解らず昌浩は首を傾げつつ顔を上げた。 「?」 「………怪我は、していないか?」 ぶっきらぼうに、紡がれる言葉。 しかし、その言葉とは裏腹に心配そうな瞳をさせた青龍がそこにはいた。 彼が何のことを言っていることに気づくが、そのことに昌浩は更に少し笑う。きっと彼が気にしているのは先ほどのシーンで自分を突き飛ばしたことだろう。 突き飛ばしたのは演技なのだから気にすることはないのに、彼はいつもこうやって不器用ながらも心配する。どこかくすぐったい気持ちを抱いて、昌浩は手を軽く振って微笑んだ。 「大丈夫だよ、別にそんなに気にしなくてもいいのに。演技なんだから」 「……なら、いい」 心底安堵したように息を吐いた青龍に、昌浩は嬉しそうな笑顔で先程まで飲んでいたドリンクを差し出した。それを心なしか仄かに笑みを浮かべた顔で受け取り、青龍は口をつける。 次のセットが組み立てられるまでもう少しあるからと昌浩が隣の席を薦めて。そこに青龍が座り少しずつ会話が繰り広げられ。 現場の一角でそんなほのぼのとした空間が出来上がっていた。 「……とてもじゃないですけれど、先程まであんな演技をしていたようには見えませんね」 「そうだな」 「何だか花が飛んでいる気までします。本当に、青龍があんな顔するのは晴明様と昌浩だけですね」 「全くだ」 スタッフも時折手を止めて、昌浩達のほうを眺め微笑んでいる。無口な青龍は冷たく見られがちだが、その実気配りも出来て意外と優しいことは結構知られている。そして彼のその優しさが向けられる筆頭は今回の主役であり、彼の主の大切な孫である昌浩だ。 台本を読み込む昌浩が疑問を青龍に聞き、それに彼は丁寧に答えている。会話は聞こえてこぬものの楽しそうな昌浩の様子に穏やかなムードが漂い、その光景は微笑ましい。 感心したような天后の言葉に、次の出番まで暇だった玄武がしみじみと答える。朱雀もそちらを眺めやり、そしてふっと別方向を見て――――顔を青ざめ引きつらせた。 「…………あっちがなかなか大変な事になってるぞ」 その言葉に「?」と二人は朱雀と同じ方を見やり。 ……………凍り付いた。 「………………騰、蛇?」 そこには、黒く冷たいオーラを全身に纏わせた、十二神将最強といわれる男が殺意の籠もった眼差しで青龍を見つめていた。 怖い。 怖すぎる。正直言ってこの場から一目散に逃げ出したいくらいかなり怖い。 今にも炎蛇を召喚させそうな騰蛇にスタッフ達も物凄く遠ざかっている。メイク道具やタオルなどを持った女性が近寄れずにいて泣きそうだ。それでも誰もどうにも出来ずに不穏なオーラは増すばかりだ。それに全く気づかない昌浩と青龍はある意味大物だろうか。 何だか青龍が哀れに思えてくるくらい、そのオーラは凄まじい。このシーンが終わってしまえば今日は打ち上げなので、青龍が騰蛇にいたぶられることは間違いないだろう。いや、青龍も真っ向から迎え撃つので(とはいえど彼は昌浩のことに関しては騰蛇にかなりの確立で負ける)非常にうるさくなる事はもはや決定事項だ。 「「「…………ご愁傷様」」」 思い描いた未来に、そんなことを三人同時に呟いてしまったのは仕方がない。 今はただ和やかな時間を過ごす青龍達を、皆憐憫のこもった眼差しで見つめたのだった。 “火に水を注いだら、油より燃えます”
こちらも大幅加筆修正しました。青昌? でもラブというよりもライクな気も。打ち上げにはじい様と彰子もいるので神将たちは大変です。 |