僕の灰色の世界を色付かせたのは、キミ。



「……ひ、雲雀さん?」
「…………」
「……どう、しよ……」

 恐る恐る、といった様子の声が頭上から振ってくる。
 困惑しているのだろう。そんなことは疾うに気付いているのだけれど。
 どうしても今はこの微睡みと温もりにひたっていたくて。
 小さな笑みと一緒に、知らないフリをした。



Il mondo di colorante







 どうしよう。どうしたらいいんだろうか。

 その言葉だけが頭の中をぐるぐると巡っている。あぁ、もう、本当にどうしたらいいっていうんだよちくしょうーっ!!
 沢田綱吉、14歳。  現在位置、学校の応接室……のソファの上。
 更に何故か、揃えた膝の上には学校どころか町内に君臨する覇者の頭が。

 ……只今絶賛混乱中。

 いつもならベタベタひっついてくる犬(獄寺)の姿もなく、山本とも教室で別れて本当ならばもう家へ帰りついている頃だ。大きな窓から入ってくる太陽の光は徐々に赤みを増していっている。
 この状態になってから一体どれくらいたったのだろうか。……最強風紀委員長殿の枕になって……すなわち膝枕をしてから。
 本当に、たまたま応接室の前を通り掛かっただけなのだ。それなのに、いきなり扉が開いたかと思えば中に引っ張りこまれていて、目の前には端正な顔。何が起こったのかも解らずにざっと青ざめた自分に、彼は一言のたまった。


『……あぁ、枕見つけた。』


 …………枕って、ナンデスカ?

 そんなことを聞く間もなく。
 あれよあれよというまにソファに座らせられて、気が付けば雲雀の頭が膝に乗っていて。
 暫らくして聞こえてきたのは穏やかな寝息だった。
 声をかけてみたけれど、反応はほぼなし。身じろぎはしつつも気付いた様子はなく。途方にくれても仕方ないと思いたい。
 (綺麗な髪、だなぁ……。)
 とはいえどもその状態で約一時間。恐怖もいささか麻痺してきたらしい。
 雲雀が起きる気配もないため、暫くきょろきょろと応接室を見回していたのだがそれにも飽きてしまった。手持ち無沙汰になってしまいふと目に付いたのは黒い、さらさらとしていそうな髪。気になったと同時に、どうしても触ってみたくなる。
 (……少しなら、ばれないかな?)
 じっと雲雀を見つめて様子を伺うも、特に起きる気配もなさそうで。どきどきと恐れと期待で高鳴る心臓を押さえつつ、そっと手を伸ばした。

 サラ……ッ

(……うわ……っ!!)
 柔らかい。  まるで高貴な猫の毛のようだ。それともここは絹糸のようだといったほうがいいのだろうか。ボキャブラリーが貧困なのが少々悲しい。
 だが彼の髪はとにもかくにも素晴らしく手触りのよい髪で。何か特別なトリートメントでも使用して……
(って、使ってるわけないよね、雲雀さんが……)
 埒もない考えに苦笑する。
 ふわふわと遊ぶ髪の毛のほんの先を、指で梳いているだけだけれどとても手触りが良い。
 そうなると、もう少し触れてみたいという欲求が生まれてくる。しかしこれ以上はさすがに起きてしまうだろう。そう思って、名残惜しみつつも手を離そうと、した。


「…………やめちゃうわけ?」


「っ!? ひ、雲雀さんっ!!」

 起きてたんですかっ!?

 聞こえてきた言葉にぎょっとして下を見た。
 ごろん、と今まで見えなかった顔がこちらを向く。
 どこかとろんとしている目に驚きつつも、怒られるんじゃないかと思わず身が竦む。

「…………ね、もっとやってよ」

 けれど、返ってきたのは穏やかでどこか甘さを含んだ声で。
 向けられたのは見たこともないほど優しい微笑み。
 顔が赤くなるのは止められなかった。

「え、えっと…………」
 おろおろしているうちに、また雲雀が顔を少し背ける。けれど、それは寝に入っただけで嫌がったわけじゃない。今度は見える横顔に浮かべられているのは安堵に満ちた笑み。
「……失礼、します……」
 一言断ってから、そっと髪の中に指を差し入れた。

 さらさらと指の間を滑る髪の毛。
 穏やかで気持ち良さそうな表情。

 …………どこか暖かくて、優しい時間。

 来た時の圧迫感はもうなくなっていて。
 胸に芽生えるのは小さな、けれど色濃い蕾。
 芽吹いた花は、いつか咲く。





 優しい指を感じながらうっすらと明けた目に映ったのは、鮮やかな紅に染まった空。

 綺麗だな、なんて。
 思う自分に少し笑う。
 今まで、空の色なんて気にしたことなかったのに。

 この目に映るのは灰色か、黒か。または鮮血の赤。
 それが全てだった筈なのに。

 あの日視界に飛び込んできたのは、炎の赤と茶色。
 鮮やかに色付き広がった世界。
 だから今、こんなにも空の色は綺麗で。
 頭を撫でる手が嬉しい。

 もう少ししたら、彼を送って行こう。
 陽が落ちて藍色に変わった空も世界も、彼がいればもっと綺麗に見えるはずだから。
 その中で輝く笑顔を、傍で見たい。



 色付いて、花が咲いて。
 世界が一層煌めくまで。
 あと、少し。










First 2006-11-15
Renew 2009-01-07