はらりはらりと、白紅の花弁が風に舞い散る。
 幼き頃から変わらぬその光景に、少年は口の端を緩ませた。
「……今なら、色々と解る気がするんだ」
「何をだ」
 静かな声音が恐ろしかった。恐ろしいということすら認めたくなくて、逃げていた。でも今はもうそんなことをする必要は無い。だから少年はうっすらと笑みを浮かべながら呟く。

「俺は、お役には為りきれていてもそこに込められた想いは理解できずにいたんだ。だからずっと苦しかった。本当に恋い慕う気持ちとか、喜び、悲哀、それらはお役を通して感じていただけだった。そこにあるものを知らなかったから、淋しかったんだ。向けられる感情が理解できなくて怖くなった。自分の中に無いものばかりに目を向けられて、それは虚構の自分だけを必要とされているみたいで……だからきっと、空を目指したんだと思う」

「……そうか」
 短いそれに込められた不器用だけれど確かな安堵に、少年は母親譲りの美貌を綻ばせた。
 こうやって向き合ってみれば、昔は理解できなかったことがするするとほどけるように解ることが出来る。年を繰り返し、少しでも成長出来た今だからこそ解ることが出来たのだ。

「……私は、お前にとって最高の師匠ではあったが、最高の父親ではなかったな」

 ふと傍らの父が呟いた言葉に、少年は眼を見開く。
 縁側に腰掛けるその姿はしゃん、と背筋を伸ばしているため美しかった。
 けれどもこうして隣に並ぶと広かった背中はとても小さく見える。記憶の中の、一番鮮やかな舞台の上に居る人と、隣の人物はもう繋がりにくくなっていた。
 はらはらと華が散る。緩やかに時は流れる。舞い散るその儚さを美しく思う、その感情こそが、人が生きているという証なのだろう。
 父との間に置かれた位牌にそっと触れて、少年は目を伏せた。
 自分はもう、父や母の望んだ、本当の形では舞うことは出来ない。けれども、今自分のいる人生と言う大舞台の中でならば至高の舞を魅せることはできるかもしれない。
「……今は」
「え?」
「今は、理解できるのか?」
 もたらされた小さな問いに、少年は少しだけ困ったように眉を寄せてから淡く染まった頬を指で掻く。
 それから暫し逡巡するように視線をあちらこちらへと巡らせ、それから彼はつと息を吸うと、一語一語を確かめるように言葉を紡いだ。
「……非常に、不本意な形ではあるけれど、でも、たぶん幸せだと思えるぐらい大切なことは、理解できていると……思う」
「……そうか」
 柔らかな風が、まるで二人を包むかのようにそっと吹いて、そしてほのかな温もりを残して去っていった。



 雪解けが訪れて、命の芽吹く春が来る。
 時は巡り、うつろい、そしてまた、光あふるる未来が姿を成すのだ。