「で。どっちなんだ?」
「…………は?」
「だからシェリル姉さんとランカちゃん、本命はどっちなんだよ?」
「……はあぁぁっ!?」

 藪から棒に突きつけられた発言にアルトはひっくり返ったような声をあげた。ぎょっとしたように驚くアルトの反応に、問いかけた当の人間はニヤニヤと意地悪げに笑ってみせる。

「まぁ、どちらからもアプローチ受けてるお前にとっちゃ選びにくいよなぁ? タイプが全然違うし……いや、だからこそか」
「おい、つか何でシェリルとランカなんだよ! 別に俺はそんなんじゃ……」
「学園の二大アイドルと幼馴染みのお前がなーに言ってんだよ。しかもランカちゃんもシェリル姉さんもバレバレってか、ランカちゃんは隠してるつもりなんだろうけどシェリル姉さんは絶対周り牽制してんだろーし」

 早乙女アルトには幼馴染みが二人いる。シェリル・ノームとランカ・リーだ。
 どちらもタイプの違う少女だが、とても仲がよく人気も強い。シェリルはナイスバディな女王様気質だが、気を許した相手には色々な面を見せる。ランカは優しく庇護欲を誘うようなタイプだが、男女共に好かれている。
 そんな学園の二大アイドルが一心に追いかけているのが早乙女アルトである。
 彼自身男にしておくのが勿体無いような美貌をもち、取っつきにくそうながらも面倒見のいい性格から周りには好かれていた。そんな三人の友人であるミハエルやルカは時々こうやってアルトをつつきたがる。

「しかもアルト先輩自体美人さんですから、女の子はあんまり来ませんしね」
「おいルカ。別に俺は美人じゃないぞ」
「なーに言ってんだ。顔の綺麗さならシェリル姉さんと張る、っつーか姫が女の子だったら間違いなく学園の三大アイドルになってたな」
「三姉妹でもいいかもしれませんよ? 長女がシェリルさんで次女がアルト先輩、末っ子がランカさん」
「家事能力だったら末っ子が一番だな。んで次女のアルト姫は苦労人」
「何だその設定は」

 好き勝手述べる二人にアルトは呆れたようにため息をついた。手元のグラスに刺さったストローをくるくると回す。そんなアルトにミハエルは肩を竦めた。

「でもま、お前だって解ってんだろ? あの二人がお前のこと好きだろうってこと。何時かは決めなきゃだぜ?」
「んなこと言われても……」
「それともアルト先輩、他に好きな人でもいるんですか?」
「いるわけねーだろ。俺は稽古に忙しいんだから」

ルカが言ったその一言に肩を少し揺らすだけで留められたのは、身に付いた演技の賜物だっただろう。そうでなければみっともなく動揺してしまっていたことは間違いない。
 ただ、隣にいた聡い男には気付かれているとは解っていた。だからルカと喫茶店から別れた帰り道、何の前触れもなく問いかけられてもアルトは全く動じなかったのだ。

「なぁアルト姫」
「……だからその姫ってのやめろよ」
「お前の本命って、誰?」

 質問に返す答えなど決まっていた。眉を潜めてどうでも良さそうな様子でアルトは振り向く。

「だから、言ってんだろ。俺は好きな奴なんていない」
「嘘だろ」
「何で決めつけられんだよ」
「……お前のこと、傍で見てれば解るんだ」

 河川敷から眺める川は夕焼けに染まっていた。
 人通りもない中で、こんな風に対峙するなんてどこの青春ドラマだろう。そう考えてもアルトはミハエルの言葉を笑い飛ばせなかった。

「俺に、好きな奴がいるって? 馬鹿馬鹿しい。色恋だけ考え過ぎだろお前は」
「何でそればっかりなのか、お前は考えたことあるか?」
「え?」

 向けられた真剣な瞳にアルトは返す言葉を失った。
 ゆっくり近付いてくるミハエルから逃げなくてはいけなかった。それなのに足は動かずただ呆然とミハエルを眺めることしかアルトは出来ない。
 やがてあとほんの数十センチというところでミハエルが止まる。彼の顔がほんの少し赤いのは夕焼けに照らされて赤いのか、それとも。

「……なぁ早く気付けよ。認めろよ、欲しがれよ。でないと、さっさと進めちまうぞ」
「……何を言って」
「失うつもりはないけど、何時どうなるかなんて解らないんだからな」

そう言って笑いかけてくるミハエルにアルトは何かがせりあがってくるのを感じた。その衝動のままに手を伸ばす。ゆっくりと指先が触れようとして





 そして、アルトは夢から醒めた。

「…………ははは」
 暗い部屋。もうアルト以外帰る者のいない部屋。
 軽口を叩き合う相手はどこにもいない。
 現実が戻ってくる。
 人類とバジュラ、生き残りをかけた戦の真っ最中の、現実が。
 もう手を伸ばしても、温もりは二度とこの手には戻らない。伸ばしても、届かなかった。
 ああ、本当に遅かった。何もかもがもう、届かない遠い場所へ。

「…………ミシェル……ッ!」

 冷たい暗闇に沈んだ緑は、優しい夢に散った。



“気付いたときは、もう届かない”