広く高く、果てない青い空を馬鹿が飛んでいる。

 今までの激しい戦闘も、地上に降りた仲間や人々のことなどさっぱり忘れたように飛ぶ姿はいっそ憎らしい。こんなにいい女を二人も放っておくなんて全く信じられない。
 やれやれ、とため息混じりの苦笑を溢していると隣からくすくすと小さな笑い声が聞こえる。可笑しそうなそれに首を傾げて隣を見やった。

「ランカちゃん?」
「ほんと、アルト君たら空を飛ぶのが大好きですね」
「そのうち墜落するんじゃないかしら。イカロスみたいに」
「でも、やっぱりアルト君はヒーローです。とてもかっこよくて、素敵な」
「あら、そこに“私の”とはつかないの?」
「え? えっ、ええ!?」

 目を細めてからかうように問いかければランカは顔を真っ赤に染める。
 両端の髪をぴょこぴょこと跳ねさせてあたふたする彼女は実に可愛らしい。その様がさっきまで共に歌い、自分を叱り飛ばした少女と同一人物に思えずシェリルは声をたてて笑った。

「シェリルさぁ〜ん……」

 笑う自分にますます情け無さそうな表情を浮かべるランカが可愛くて仕方がない。
 一時期は羨ましいとも憎たらしいともつかない嫉妬めいた感情や劣等感を抱いた少女はやはり素直だ。庇護欲をそそるそれに世の幼女趣味の人々の気持ちがなんとなく解り、シェリルはくしゃくしゃとランカの頭を撫でてから空を見上げた。
 すいすいとどこまでも続く空を彼は飛んでいく。楽しくて仕方がないのだと顔が見えなくたって解る。
 彼は誰よりもこの空に憧れていた。願いが叶った気分はどうなのだろうか。
 ……叶うまでの犠牲を考えれば、きっと彼は辛くなるのだろうけれど。

 しかし実に不毛な恋をしたものだと思う。
 アルトは確かに若く普通の青少年と変わらない反応をする。だけれども彼の根底には培ってきた歌舞伎の人生観が影響し、そのうえ持て余しているはずの欲、有り体に言ってしまえば女性の肉体を貪るよりも空が好きだというのだからどうしようもない。
 歌姫を二人、しかも命を賭けて彼を愛している女を放っておくだなんて、無粋極まりないだろうに。

「……ねぇ、ランカちゃん」
「はい?」
「さっきあなた私に言ったわよね。負けませんって。歌も恋も」
「はっ、はい」
「でも恋だけで言えば最大のライバルは私じゃないかも」
「え?」
「私もあなたも、まず勝たなくちゃいけないのは――――」

 頭上高く広がる青を見上げて笑う。

「この空すべてじゃないかしら?」
「………………そうしたら、私たち一生勝てないかもしれませんね」
「同感」

 二人顔を見合わせて笑いあう。
 本当に最強のライバルだ。どう頑張っても勝てるはずがない不毛な相手。いっそのこと本当にイカロスのようにここに墜落してきてしまえばいいのだけれど、それも望めないだろう。

『お前が、お前達が! 俺の翼だ!』

 彼が二人揃って『翼』だというのならば。シェリルとランカが彼の傍に居続ける限り彼が堕ちることはない。
 ああ、本当になんて不毛な。翼が自ら落ちることなんて出来やしないというのに。妖精とシンデレラが恋したのは空に焦がれる戦女神。
 それでも彼と出会ったことを後悔したりしないけれど。


「こっらーアルトー!! こんないい女二人も放っとくんじゃないわよー! さっさと降りてきなさーいっ!!」
「シェ、シェリルさん……っ」

 きっと本当の恋はここから始まる。全てが終ったわけじゃないけれど、今度は何も考えることなくぶつかっていけるのだ。彼の前だけは二人ともただの恋する少女でいられるから。

 未来はこの空のように広がっている。いつかはこの恋にも終わりが来て、どちらかが彼の一翼にもなるのかもしれない。でも、これからがきっとスタートラインのはずだから。
 もう少しだけ、彼の翼の片翼でいさせて。



“先の見えない、トライアングラー!”