本気と演技の境目は。 『生意気な目をするな。……その目、引きずり出してくれるわ』 ガクを睨みつける昌浩が癇に触った。赤く鋭い嘴が昌浩の目に迫る。 「昌浩……!」 その光景に紅蓮が焦り、彰子の悲鳴が闇の間隙を縫って響く──――筈だった。 ざしゅっっ!! 「え!?」 『え』 ――――現在撮られているのは、彰子が連れ去られる一歩手前のシーンだった。昌浩の目前に鳥妖が迫ってくる場面である。このシーンは昌浩、彰子、紅蓮、そしてガクとシュンを簡単に真似た着ぐるみで撮影は進められていた。 ガクとシュンは着ぐるみだけでは上手く表現することが出来ないため、このシーンを撮ってから合成ということになっている。着ぐるみを相手にしながら役者が演技したあと、その動きに上手く重ね合わせていくのだ。そのため、着ぐるみの中にはスタントが入っている。 が、しかし緊迫感溢れるこのシーンに予定とは違う音が聞こえてきた。 鋭く、何かを切る音。 それはこのあと聞こえてくる予定の彰子の悲鳴とはまったく程遠い音で、四人(スタント含み)の首を思わず傾げさせる。 そして、懐剣で僅かに切り裂かれた長い黒髪が風に舞う。更に続くのは高らかな声。 「この程度で私を拘束しようだなんて一億年早いわっ!」 ついでに二千年、と付けたしたくなるよーな自信に満ち満ちたその声に、場の空気が固まった。 このあとの展開は昌浩と紅蓮が地に伏せさせられ、彰子が浚われてしまうのだが…………何故かそのオヒメサマは自力で脱出している。 ふふん、と言いたげな表情を浮かべて意気揚々と彰子は地面に降りたった。その表情は実に嬉しそうである。当然、彰子を髪で拘束していた役者は勢いのあまりその場にすっ転んでしまった。慌ててスタッフが駆け寄っていく。 何だこの展開は。 あまりのことに昌浩とガク(と中に入ってる人)は呆然と目を点にさせる。が、彰子は固まるガクをげしっと軽く蹴って横へ転がすと、地に突っ伏していた昌浩を助け起こした。 「大丈夫昌浩っ!? 怪我してないっ?」 「あのー彰子さん、何故今俺は貴方に助け起こして頂いているんでしょうか……?」 「だって私……昌浩が心配で……っ!」 「それは有り難いけど今本番中………」 「ついでに生温いわ、あの髪の拘束。もうちょっとしっかり首絞める感じでやって貰わないと、あれじゃあ簡単に抜け出せちゃうじゃない」 「そもそも抜け出す必要性ないと思うんだけど……台本にないし」 「ヒロインのピンチを救うのはヒーローの仕事でしょ。もっくんだけにいい思いはさせないわ!」 「ちょっと待て彰子。この姿の時は騰蛇だ」 「関係ないわ、ヘタレ男はSMプレイでもしてたらいいんじゃないかしら」 「何だそれはっ!」 現在紅蓮はシュンに拘束されて動けぬ状態にあった。場が彰子の行動によって続けられぬ状態になってもそのまま乗せていたのは、純粋に唖然としていたからだ。それはきっと皆同じなのだろうけれど、矛先がこちらに向かうとは思わなかった。 とはいえ、さりげに酷い彰子の言葉にがばっと勢いよく紅蓮は起き上がる。思わず背に乗ったシュン(人入り)を振り落とすと、直ぐに彰子に向かって行った。 結構な気迫で迫って来る紅蓮は、太陰ならば震え上がってしまうほどおっかなかったのだが、さすがに彰子は動じない。自分よりも背の高い紅蓮を怯む様子も無く見上げる。そんな様子に少々眉を潜めつつ、紅蓮は腕を組みながら反論した。 「……俺は好きであんなことをしていたわけじゃない」 「そのわりには生き生きしていたように見えますけど。……まぁそんなことはどうでも。肝心な時に昌浩を助けられないヒーローなんていらないわ」 「何!?」 ほう、とため息混じりに呟く彰子の言葉に剣呑さが混じる。それにこめかみをひきつらせていると、彰子が不意ににっこりと微笑む。嫌な予感がする、と思う前に彰子はまたもや高らかに宣言した。 「今日から昌浩のヒーローの座は私が貰います!」 「誰がやるかっ!」 そうして周りをまるっきり無視した、舌戦が勃発した。 「「「………………」」」 ぎゃおぎゃおと夜闇に激しい騒ぎ声が響く。 幸いここはセットのために近所迷惑にはならないが、このシーンで止まってしまっては次のシーンへと進めない。かといって二人の舌戦を止めようとする勇者はおらず、スタッフはそろそろと移動する。 昌浩もまた二人から離れ、神将たちのほうへと避難した。勾陳が避難してきた昌浩をその腕の中へと抱え込む。その横に完全に置いてけぼり状態になってしまった六合や青龍が立ち並んだ。始まってしまった仁義なき戦いに、取り残された昌浩はぽつりと呟く。 「…………あのさー、そもそもヒーローは俺でヒロインは彰子だと思うんだけど……紅蓮でもなくて…………」 少年陰陽師――――この話の主人公は昌浩である。 それならばヒーローは昌浩で、その相手役となる彰子がヒロインなのは自明の理だろう。しかし何故か彰子が対戦相手に指名したのは紅蓮だ。確かに準主役とはいえ、何故自分じゃなく彼なのか。 しきりに首を傾げて悩む昌浩を見下ろしながら、並び立つ闘将二人は小さなため息を零す。 何だか空しそうに呟く昌浩の両肩にぽんっ、と手が置かれた。 「……気にするな」 「…………」 六合と青龍が慰めるような視線を向けてくるのに、昌浩は乾いた笑いを漏らした。監督さえ諦めた様子でスタッフに声をかけ休憩に入っている。黒いオーラで舌戦を繰り広げる二人はそれに気づかない。 「終わりませんね………」 「今日はもう無理じゃないのか」 出番を待っていた天后と朱雀もため息混じりに昌浩達の横に立つ。自分の周りに集まってきた神将達を見上げて、昌浩は恐る恐る問いかけた。 「朱雀も一応火将なんだからあれぐらい止めて来れないの?」 「俺はまだ死にたくない」 「じゃあ青龍」 「嫌だ」 「り……」 「断る」 「…………」 きっぱりと付け入る隙もなく断固拒否する面々に昌浩が乾いた笑いを浮かべる。周りのスタッフはもはや撤収作業を進めていて、誰も二人に近づこうとしない。 「第一、家でも現場でもずっと一緒だなんてズルすぎるわ! 私だって昌浩と四六時中一緒にいたい!」「俺と昌浩は家族だ! 一緒に居て何が悪い」「私だって家族っていえるぐらい親密よ!」「だからといってもお前はあくまでも藤原グループ社長の一人娘で子役で女優で家族のようなもの、だろう! 正しい家族ではない!」「あらそれを言ったらもっくんだって別に血の繋がりはないじゃない!」「俺は晴明の式神だ! 昌浩が生まれてからずっと見てきたのは俺だぞ!?」「じゃあ私が昌浩のお婿さんになれば問題ないわ! 正しく家族よ!」「お前に昌浩はやらん! お前と一緒にいたら素直で可愛い天使のような昌浩にまで腹黒がうつる!!」「腹黒なんて言わないでちょうだい! 私は正々堂々真っ黒よ! 別に隠してなんかいないもの!」「そういう問題じゃない!!!!」 「………………何の話?」 「というか、お嫁じゃないのか……」 結局その後、ロケが再開することはなかった。 “君への思いは何時でも本気。”
携帯サイトから。 |