町を賑わすジングルベルの鐘の音。
 楽しそうな笑顔を浮かべて行き交う人々。
 口々に飛び出す『Merry xmas』の言葉たち。
 その腕に抱えられた……大事そうにくるまれた贈り物。

『羨ましくない』と言ったら嘘になる。
 けれど、自分はそれよりもずっと欲しいものを手にいれていたし、何より一人からで十分だった。
 彼がくれた暖かさと、贈り物。
 それがあれば何もいらなかったから。




降誕祭の贈り物





「クリスマスパーティ、ですか?」
「そう、毎年のことなんだけどね。是非参加して欲しいの」
 ね? と首を傾げながら聞かれて、アレンはティーカップをソーサーに置いて微笑んだ。
「もちろん参加しますよ。お誘い有り難うございます」
「良かった!」
 嬉しそうに笑うリナリーにアレンも笑った。
 任務から帰ってきてすぐ、コムイのところに行ったらリナリーに捕まって。何事かと思えばそんな『お願い』をされた。断る理由などもちろんあるわけがなく、アレンはもちろん即OKを出す。
「クリスマスか……もうそんな時期なんですね」
「日付の感覚が無いから、行事ごとなんて忘れそうになるけどね」
 そう言って少し苦笑するリナリーに、「確かに」と笑いアレンはふと考える。
「ねぇリナリー、パーティっていつ?」
「それはもちろん今日の夜」
「今日っ?」
 リナリーの発言にアレンは危うくカップを落としそうになった。
「それはまた急に……」
「だってクリスマスは今日だもの。任務から疲れて帰ってきてるのは解るんだけど……」
「ごめんね?」と言われてしまえば何も言えない。苦笑してアレンはもう一度カップを持ち直した。

「大丈夫ですよ。今回はいつもより簡単に終わりましたし」
「それならいいんだけど……」
「それより、準備はどうなってるんですか? よければ僕、お手伝いしま」
「あー! それはいいのいいの! もう皆手伝ってくれてて人手は足りてるし! アレン君は部屋で休んでて!!」
 ね!? とどこか妙に血走った瞳で言われ、その勢いに押されたアレンはこくこくと頷くしかなかった。



「クリスマスか……」
 部屋に戻ってベッドに寝転がり、アレンはそっと瞳を閉じる。
 団服を脱ごうかと思うも何となく面倒で、そのままごろりと仰向けになった。
 思い浮かべるのは、幼い冬の日。
 今日という日。
 『彼』に、手を差し伸べられた日。

『誕生日、わからないのかい?』
『じゃぁ君の誕生日は今日だ。25日、クリスマスだよ。僕らが出会った日。皆が笑い、楽しみ、慈しむ日だ』
 そう言って頭を撫でてくれた掌は、暖かかった。

 あの日からずっと、12月25日はトクベツな日。
 師匠でさえも、さりげなく祝ってくれて。
 でも、そろそろ卒業しなくてはいけないのかもしれない。
 今年からはソレを知り得る人はいないし、クリスマスに皆で騒ぐなんて事も初めてだ。絶対に楽しそうな予感がする。
 だから、それでいい。
 この日を過ごすのが、自分一人ではないのだから。



 コンコン、と扉がノックされる音で飛び起きた。
 どうやらあれからずっと眠ってしまったらしい。眠るつもりがなく団服のままで横になっていた為に、スカートに僅かに皺が寄っている。
 あーあ、と苦笑と共にため息をついて再度されたノックに慌てて扉に向かった。
「はーい…って、神田?」
「おせぇぞモヤシ」
 いつもの不機嫌そうな顔と声をひっさげやってきたのは神田だった。そのことに少々驚きアレンは目を瞬かせる。
「モヤシじゃないって何度言えば解るんですか。名前で呼んでくれたって……」
「仕方ねーだろ。もう慣れちまったんだよ」
「そんなの慣れないでくださいよ」
 相変わらずの彼の態度にため息をついて、自分より長身の影を見上げた。
「で、用事は何ですか?」
「……エスコート、だそうだ」
「え?」
 首を傾げる間もなく強引に手を掴まれ廊下を歩き出す。ティムキャンピーも二人の後を追い、アレンの頭に飛び乗った。
「ちょ、ちょっと神田!? 待って下さいよ、一体どこへ……っ」
「うるせぇ。黙ってついてこい」
 ずんずんと足早に歩く神田に転びそうになりながら手をひかれ、アレンは頭に?マークを浮かべる。そうこうしている内に目的地に着いたのか、神田が足をピタリと止めた。
「神田?」
「……入れ」
 そこはいつも来ている食堂の前。
 常ならば空いている扉は閉じられており、中を見ることが出来ない。戸惑っているアレンに舌打ちをして、神田は彼女の腕をひっぱると扉のノブに手をかけさせた。
「いいから早くしろ」
「はい……?」
 神田の言葉に大人しく従い、アレンは恐る恐る扉を開けた。





「「「「「Happy Birthday ALLEN!!!!」」」」」





 パンパンパンッッ!! と幾つもの破裂音がその場に鳴り響く。
 色とりどりの紙テープが視界を埋め、アレンは呆然と固まった。
「え……?」
「良かった大成功ね!」
「うんうん、良い仕事したねぇ」
「よっしゃー驚いたっ!」
「アレン固まってますって」
「大丈夫? アレン君」
 リナリーが手をたたき、コムイはうんうんと満足そうに頷く。ラビは拳を突き上げて叫び、リーバーとジェリーが苦笑してアレンに声をかけた。
「これ……?」
「今日はお前の誕生日なんだろ? コイツラが誕生日パーティーするって言ったら集まったんだよ」
 目の前に映る光景が信じられなかった。
 装飾された室内、豪華な食事。
 テーブル中央に置かれたケーキ。
 たくさんの、人。
 皆が笑顔で自分を見ている。

 …………ぽたりと、雫が落ちた。

「「「っ!?」」」
「アレン君!?」

 突如、瞳から大粒の涙を溢れさせたアレンに皆はギョッとした。急いでリナリーがアレンに駆け寄り、彼女の顔をのぞき込む。
「どうしたのアレン君? ごめんなさい、こういうのイヤだった?」
「ちが……う……くて」
「え?」
「……嬉しくて……嬉しすぎて……」

 まさか、祝って貰えるなんて思ってもいなかったから。

「アレン君……」
「ごめ、なさい、せっかく用意してくれたのに、泣いちゃって……」
 しゃくりあげるアレンを見つめて、皆顔を見合わせて微笑んだ。優しい視線が少女に向けられる。その言葉だけでこのために必死に準備したかいがあった。
「いいのよ、泣くほど喜んで貰えるなんて準備したかいがあったわ。だから、楽しみましょ? クリスマスパーティーも兼ねてるから、めいいっぱい、ね?」
「はい……!」
 顔を上げたアレンの表情は眩しいほどの笑顔だった。


「じゃあ行きましょ、アレン君」
「え、どこに?」
「着替えよ、主役が着飾らなくってどうするの!」

 泣き止んだアレンをむんずと捕まえてリナリーは食堂を出ていく。え? え? と困惑した声も何のそのとるんるん気分でリナリーは自室へと向かう。残されたメンバーはその様子に苦笑した。
「あーあ、アレン遊ばれるさあれは……」
「と、いうか主役が行ったらどうにもならないんだけどな」
「まぁいいよ。クリスマスパーティもこみなんだし。先に少し始めてようか」
 コムイが苦笑して告げると、パーティーは緩やかに始まった。






「おっ待たせ〜っ!」
 しばらくして、リナリーが上機嫌で扉を開け放った。開かれた扉に一同が視線を向けると、彼女はにこりと笑い扉の外に声をかける。
「ほら、アレン君! 早く入って!」
「でもリナリー、絶対これ変だよ……!」
 外から聞こえるのは連れて行かれた少女のものだった。しかしリナリーが腕を引っ張るのに抵抗しているらしくなかなか姿が見えない。往生際の悪いアレンに業を煮やしたリナリーは、一度外に出ると思いっきりその背を押した。
「いいから早く入りま、しょっ!」
「わぁっ!」

 瞬間、フワリと宙に舞った白に皆息を呑んだ。


「うわ……っ」
「そーいやお前女だもんな……」
「すっごい可愛いよアレン君! さっすが僕の妹!」
「え、ええっと……」
「でしょう? だから大丈夫って言ったじゃない」
「で、でもこんな格好初めてだし……」

 大きく首元を出したパフスリーブ。腕を隠すための白くて長い手袋。
 胸の辺りにはギャザーがより、胴体は一枚でほっそりとした体の線がよく出ている。下は柔らかく盛り上がったフレアスカートで非常に可愛らしい。
 真っ白で丈も少し長めのドレスを着たアレンはまるで花嫁のようだった。
「可愛いよアレン君! 神田君何か何かやめて今からでも僕と……!」
「寝言は寝て言いやがれ」
「じゃー俺でも」
「テメーらぶち殺すぞ!?」
 口々に言い募るコムイとラビに神田がわなわなと肩を震わせる。六幻片手に二人を追いかける神田達を、リナリーやアレンは笑って見ていた。




「……おい、何してやがる」
「あ、神田」
 ひらひらと手を振るアレンにため息をついて、神田は彼女の傍へと近寄った。
 パーティ会場にアレンの姿が見えないことに気が付いたのは少し前のことだった。放っておいても良かったのだが、何となく気になって探すとテラスに通じる窓が開いていたのに気付く。外に出ると暗いテラスに翻る白を見つけて神田はほっとすると同時に呆れを覚えた。
「主役がこんなとこ出てきていいのかよ」
「ちょっと風に当たりたくなったんですよ。少しぐらいなら抜け出したって大丈夫でしょう?」
 室内は酔っ払いが溢れてドンちゃん騒ぎだ。アレンの誕生日もクリスマスという行事でさえも今の状況にはもはや関係ない。それを暗に指して微笑むアレンに、神田は再度ため息をつく。と、その時アレンが口元に手を当て小さくくしゃみをした。
「くしゅんっ!」
「おい、大丈夫か?」
「あはは、やっぱりちょっと寒いかも……」
 寒いのには慣れているといっても、やはり薄着過ぎる。滅多に着ないドレスも嬉しいとは思いつつもやはり寒いことは寒い。どうしようかと悩んだアレンの肩に、突然フワリと何か暖かいものがかけられた。
「……ショール?」
 それは白くてフワフワした、暖かく大きめのショールだった。
「かけてろ」
「わー可愛い! でもこれいいんですか?」
「風邪なんて引かれたら面倒だからな」
「じゃあ、後で返しますね」
 そう言ってふわふわのショールに顔を埋めたアレンに、ぶっきらぼうな声が降る。
「……やる」
「え?」
「やるっつってんだ。貰っとけ」
「で、でもこんな高価そうなもの……!」
 そう言いさして、はた、とアレンは何かに感づき思わず神田を凝視した。
 これは、もしかしてもしかすると。


「……もしかして、誕生日プレゼント、だったりします?」
「……さぁな」


 視線を逸らしてそっぽを向いた彼の顔は僅かに赤い。それに気づき、アレンは幸せそうに微笑んだ。

「あ、そういえば僕、クリスマスプレゼント用意してないや」
 ショールを羽織直して暫く嬉しそうに笑っていたアレンだったが重要なことに気付き神田を見上げた。
 何がいいですか? と問うアレンにちらと目を遣り、神田は口の端をつり上げると、ぐいっとアレンを自分へと引き寄せる。
「わっ!?」
「今貰う」
 アレンの顎を片手で持ち上げ、神田の顔がゆっくりと近づく。
 端正な顔が近付く直前に、そっとアレンは瞳を伏せた。




「…………ちょ、ちょっと押さないで下さいって……っ! ……うわぁぁぁぁっっ!?」
 どさどさどさっっ!!

「「…………」」
「あ……アハハハ?」

 突然その場を遮った大きな物音に、二人でテラス入り口を見る。と、ソコにはリーバーを下敷きにし崩れ落ちているコムイ・ラビ・リナリーたちがいた。
 視線が注がれているのを感じコムイやラビがへらりと笑みを浮かべる。リナリーもにっこりと笑顔を見せて、一番下のリーバーは苦笑した。
「や、やぁ奇遇だね! 僕は今からトイレに行こうかとしていたところで…」
「あ、俺も報告書書かないとー…」

「……テメェら今日こそ叩き斬ってやる!!」


 またもや始まってしまった鬼ごっこにアレンは起きだしたリナリー達と共に笑う。ほんの少し邪魔されてしまったことを残念に思うけれど、それでも今が幸せだから構わなかった。それに、機会はまだまだあるのだ。きっと神田は今日はずっと傍にいてくれるだろうから。
 暫くそれを眺めていると不意に視界に白いものが映る。視線を上へとやって空から舞い降りてきたものに気づき、彼女は歓声をあげた。
「見てください、雪ですよ!」

 空から舞い降りる、冬の天使たち。
 それは、六角形の花々で。
 今日という日にはうってつけの。

「ステキ、ホワイトクリスマスね!」
「積もるかなー♪」
「こりゃー積もるんじゃねーか?」
「うーんロマンチックだね!」

 雪を見上げる面々に気を削がれて神田は六幻を鞘にしまう。その様子を見ていると、不意に服のすそを引っ張られ下を向いて──暖かいものが触れあった。

「っ!?」
「Merry Christmas!」

 固まってしまった神田に悪戯っぽく笑ってアレンは空を見上げた。
 舞い落ちる、白い花弁。
 それをそっと掌で受け取ると、たちまちに白い花弁は溶けてしまう。それでも楽しそうに笑うとアレンは液体化した雪にそっと呟いた。


「……Merry Christmas、MANA」


 もう二度と、貴方に祝ってもらう事は出来ないけれど。
 昔も今も、この日はこんなに幸せだから。

「……Merry Chrismas!!」

 心から、おめでとうの言葉を。
 そしてアレンは微笑んで空を見上げたのだった。





“あなたのくれた大切なものが、

今も私を幸せにしているよ”