それはもはや見慣れた光景。 「あ、おはようございます神田!」 「……あぁ」 己に向けられた可愛らしい笑顔にぶっきらぼうながらも、神田は挨拶を返す。が、視線は斜め前の少女の皿に山と積み上げられた食事のほうにあった。 「? どうかしました?」 「……良く朝からそれだけ食えるな、お前」 寄生型のイノセンスはエネルギー消費が激しいとはいえ、この量には毎度驚かされる。これだけ食べてどうして太らないのか。いやそもそもその華奢な体のどこにそれだけの量が入るのか。全くもって謎である。 そんなことを考えていた神田は、後方から聞こえてきた声に思わず舌打ちをした。 「おはようアレンくん!」 「おはようございます、リナリー」 食事を乗せたトレイを持って己の目の前──つまりはアレンの隣に座ったリナリーを神田は軽く睨みつける。しかしそんな行動も全く気にせず、彼女はアレンにギリギリまで近寄った。 そしてトレイの上に置いてあった小さなバスケットをアレンに差し出す。 「あのね、昨日私クッキー焼いたんだけどアレンくんも食べない? ちょっと多めに作りすぎちゃったの」 「頂きます! リナリーのクッキーって美味しいんですよねー♪」 ふにゃぁ、と傍目から見ても幸せそうな笑顔でクッキーを頬張るアレンに、食堂の気温は五度ほど上昇した気がした。可愛らしい少女が可愛らしい表情で幸せそうに食べている光景は何とも和む。例えその脇に平らげられた後の食事の皿が山となっていようとも、である。 しかし。 「………………」 『何見てやがる』 とでも言うように周囲に向けられた鋭い眼光に、食堂内の温度は瞬く間に氷点下を記録した。 「全く油断も隙も……ぐわっ!?」 「やっほー! おはようさアレン、リナリー!」 「あ、おはようラビ」 「おはよう。ちなみにその下に潰れてる神田は大丈夫?」 「大丈夫っしょー、なぁユウ?」 「〜っ!! さっさとそこからどきやがれこの馬鹿兎!」 ごんっ! と盛大な音をたてて下から頭突きされたラビは勢いよく後方に転がった。それを見てアレンは目を瞬かせ慌てて椅子から立ち上がる。 「だ、大丈夫ですかラビっ!?」 「アレン〜! ううういてぇよユウひでぇ〜っ!」 「うっせぇ、てめぇが俺の上に乗っかってきたのが悪ぃ。……っつーかモヤシ近づくな!」 「何言ってるんですか、怪我してるかもしれないのに」 「そうだぞー、アレン頭いてーからちょっと見てー?」 「はいはい、どこですか?」 「んー、もちょっと右」 「どさくさに紛れて腰にひっつくな!」 「いいじゃんユウなんていつでも触れるんだからさー」 「……こんの兎男、今日こそたたき斬ってやる!」 近所迷惑も省みず、すぐさま刀と槌の応酬が始まった。いつもの光景にアレンは呆れながらも軽く苦笑する。 「アレンくん、そこの人たちほっといてご飯食べましょー?」 「あ、はい。そうですね。」 リナリーが何事も無かったかのように、にこやかに食事を再開させる。いつまでも終わらない戦いに背を向けてアレンも食事を再開した。 そして神田との小競り合いを中断したラビがアレンにひっつき、とうとうリナリーのダークブーツが参戦するのはもう少し後のお話。 その頃指令室では。 「いやはや、今日も朝からいーい怒鳴り声というか破壊音というか。むしろ戦闘に近いような騒ぎっぷりだねぇ」 「行かせませんよ、アレに室長まで参戦したら被害が五割り増しになりますからね」 「リーバー君ひどーいぃぃぃっっっ!!!!」 「ひどかろうがなかろうが行かせません」 「えーん僕だってアレン君やリナリーと朝食食べたいよぉーっ!」 「それは俺も同じです。室長、これも判子お願いしま。」 「うわ──んっっ!!」 そんなこんなの、黒の教団、朝の日常風景。
“平和というのはいいものです” |