「ははは違いない! それに、なかなかイイ顔してるしなぁボウヤ」 「…………そりゃドウモ」 悪戯っぽいウィンクと共に告げられた揶揄するような台詞に、更に眉間へと皺を寄せる。全く、誰も彼も男ってヤツは考えることは一緒なのだろうか。 「そんな仏頂面しないでよ、仲良くしよう?」 「生憎ながら、いま俺はさっさと宿に戻って眠りたいんだ。丁重にお断りさせてもらう」 「つれないね……。ま、ムリヤリってのもそそられるか」 「悪趣味だな」 「それは褒め言葉かい?」 「全く」 飄々とした立ち居振る舞いは“誰か”を思い出させて自然と顔が歪む。いい加減に疲れてきた化かし合いを止めさせようと、懐にしまっていた銃を取り出した。ピタリと照準を相手に合わせるも、男は微動だにしなかった。ニコニコと、邪気の無さそうな笑みを浮かべるだけである。 「逃げないのか?」 「そんな必要ないし」 「……嫌なヤツ」 「お褒め頂き光栄だよボウヤ」 戯ける様にお辞儀をして見せた相手へ発砲した。空気を切り裂いて弾丸は真っ直ぐに相手の頭部へと向かう。が、その姿は弾丸が到達する前に掻き消えた。 直ぐさま今までいた場所から跳ね跳ぶと、その地面を鋭く重いものが抉った。 大きな亀裂を地に刻みつけ、男は笑う。今やその腕は人のものではなく、カマキリの鎌のような形状に変化していた。 服を切り裂いて腕から生えたようなそれは、硬質的な輝きを持ち光る。シンはそれを見やりメタモルフォーゼ、と小さく呟いた。 “ナイトクラス” それはこの世界に存在するモンスター――つまり魔物の階級を、すなわち強さを示す。 夜の闇に棲む住人。それらは獣の形をしているものもあれば、人の形をしているものもある。さらにいうならば魔物といえどただただ恐ろしいものではなく、その中には人と友好的な関係を築く者達も存在した。魔力を用い、癒しの力を使うもの。聖域を守る守護獣。魔という言葉は決して悪しきものではなく、それらは自然と同様にただそこに在った。 しかし、もちろん悪しきものも中には存在する。 人と同じように、魔物にも善い性根を持った者もいれば邪心を抱えた者もいる。人を襲い物を奪い、蹂躙するような悪しき魔物を、人は“モンスター”と呼び、それらを狩るものをハンターと呼んだ。 そのハンター達が便宜上付けた、モンスターの強さを表す階級が“ナイトクラス”である。 その違いは瞳の色だ。強さを示す色は五分化されており、瞳の色が何色かでその強さが解る。 しかし、獣形ならば色だけで判別できるものの、人型では瞳の色だけでは判別できなかった。何故なら五分化されたその色は人においても存在する瞳の色だったからだ。もちろん微妙な違いはあれど、大まかに区別してしまえば普通の人間でもその色を持つ者はいたのだ。 ただ、人とモンスターでは決定的な違いがあった。 モンスターの瞳はガラスのように結晶化している。透明に澄み切り、魔力、もしくは力を使っている時に光り輝くのだ。それにより人型のモンスターでも強さを推し量ることができた。それによりハンター達は悪しきモンスターを人間と混同せずに狩ることができたのである。その瞳のことを、イーブル・アイ――魔性の瞳と呼んだ。 “ナイトクラス”があることは一般にも知れ渡っているが、その区別の仕方まではあまり知れ渡っていない。それはハンター達が便宜上付けたものであり、狩る上でしか役に立たないからだ。実際、学者などによれば魔物の研究はもっと細かく行われているし、階級も違ったりしている。しかしそれが一般に有名なことは変わらないため、多くの人々は判断する場合ナイトクラスを参考としていた。 だからこの場合、それを詳しく知っているということはハンターか、もしくはそれが生活のうえで必要となる者だけになる。旅人の場合、モンスターと出くわした時に身を守るため、なるべくなら覚えていたほうがいいのだ。 そしてメタモルフォーゼとはモンスターが形体を変える――つまり人型から獣形、獣形から人型などへ変わることを言う。全身変わるものもいれば一部分しか変わらぬものもいる。シンが対峙する男はどうやら後者のようだった。 隙を作らぬように構えるシンに、男はその鎌のような腕を持ち上げて感心するように首を軽く傾げた。 「早いねぇ。反応出来ないと思ったのに」 「そっちが遅かったんじゃないのか?」 「言うね。……じゃあ、もう少し早くしてみよっか?」 「!」 言葉と同時に男の姿が消えた。考える間もなく咄嗟に目の前に銃を翳す。と、ガキンッ! と鈍い音を立てて、銃身に鎌が切り掛かっていた。 腕にかかる重圧に僅かに眉根を寄せるシンに、男は目を細め子供のように愉しげに笑い声を上げる。 「凄い凄い! 本当に、ボウヤ凄いねぇ! ますます欲しくなってきた。今なら痛い思いさせずに僕のコレクションにいれてあげるけど、どう?」 「生憎ながら、コレクションされる趣味はないんでね……っ!」 「残念だなぁ。あ、でも大丈夫。殺しはしないよ、勿体無いし」 ぎりぎりと、刃と銃でせめぎ合う二人の間で交わされる会話は一見暢気そうだ。しかし段々と重くなってくる鎌にシンの額に汗が滲んだ。余裕綽々な男と対照的に、コートは地面を引き摺りだしている。この状態が長く続けば危ないことを悟っていた。 けれど、それでも。安易に助けは呼びたくなかった。切り札は最後の最後、とっておきの場所で使うものだ。これくらいのことで使うわけには―――― 『呼べばいいでしょう? 私を』 刹那、頭の中に聞きなれた声が響いた。 「……っ、話しかけ、るな……っ!」 『といってもそろそろ限界でしょう? 今日は朝から走り回っていましたし、万全の状態ならともかく疲れてるその状態ですと殺られますよ? まぁ有体に言えばさっさと出しなさい、ということです』 「……自己、中」 『あなたに言われたくないですよ』 「……何をぶつぶつと言ってるんだい?」 一人でぶつぶつと呟いている姿に男がさすがに眉を寄せた。その瞬間を使って一気に逆袈裟切りをするように、銃身を跳ね上げ鎌を弾く。目を軽く見開いて、男が体勢を崩したその隙に後ろへ飛び退って距離をとる。一旦体勢を整え銃口を向けると、本当に楽しそうに男は笑った。 「いいね! やっぱそう来なくっちゃ!」 「……楽しそうなとこ悪ぃけど、選手交代だ」 「え?」 軽く溜息をつきながら紡いだ言葉に、男が不思議そうな声をあげた。構わず銃を持ったまま、シンは片手を懐に突っ込む。そして直ぐに指に触れる目当てのものを取り出した。 「……あんま、使いたくねぇんだけど」 ぼそりと零した言葉に、手の中のものが抗議するように一瞬光る。 取り出されたのは、見事な細工を施された銀の懐中時計だった。蓋には大輪の薔薇が一輪と、その周りを蔦が取り囲むような構図が彫られている。一見しただけで高価なものだと解るソレに、男が目を瞠った。 「へぇ……また見事な細工時計だね」 「綺麗なものには棘があるっていうしな」 「え?」 先ほどから訳が解らぬことを口にするシンに、男は再度不思議そうに首を捻った。疑問には答えず、取り出した懐中時計を掌に乗せてシンは軽く目を伏せる。――瞬間、時計から蒼い光が溢れ出て、その場を一瞬だけ照らし直ぐに掻き消えた。 そして、闇の中に冷涼なる気配が蠢き出す。 それは魂に繋がれた、ただ一つの名 |