右にボタンを二回押して。
 開いてみたら心の準備。
 見慣れた名前がそこにある。










「雨、止まないし……」
 窓を叩く天からの恵みは、いっこうに止む気配を見せはしなかった。朝から絶え間なく続くそれにため息をつき、あいは先程から開いていたノートを閉じその上にこてりと頭を乗せる。
「なんで降るのよぉ……」
 続く言葉はふわりと空気に溶けた。
 気恥ずかしいような、くすぐったいような、そんな感覚が生まれたことに少しだけ呆れる。
 今までなら何とも思っていない筈だったのに、こんな些細なことがないだけで。

 寂しい、

 なんて思うなんて。

 いつもだったら“彼”と公園の掃除をしている日曜も、雨が降ってはやることもない。そう考えていると何だか変な気分になった。

『♪〜♪〜』
「っ!?」
 そんな時、突然部屋に鳴り響いた電子音に体を勢い良く跳ねさせた。少し驚きながらも机に乗せてあった携帯を手に取る。
 開いて、ディスプレイを見てみれば。
「…………何つータイミング……」
 表示されていたのは“彼”の名前。
 はかったようなタイミングでかかってきた電話は、嬉しいような呆れたような。
 とにもかくにもまずは平常心で。

「もしもし?」
『あ、森か?』
「あたし以外の誰が出るのよ」

 普段の声と普段の口調。
 いつもと何も変わらないような会話。

 けれど彼女はかかってきた電話に、知らず知らず笑みを浮かべていたことに気付かなかった。





***

 繋がった瞬間、ひゅっと息を呑んだ。

『もしもし?』

 いつもと変わらない彼女の声。
 どきどきと高鳴る胸をなだめつつ、彼もまた普段の声を絞りだした。
「あ、森か?」
『あたし以外の誰が出るのよ』
 いつもと全く変わらない、彼女の口調。

 愛しくてたまらない。
 無性に会いたくなる。
 まったく、何のために電話したのやら。姿が見られないならせめて声だけでも――なんて考えて、結局声を聞けば合いたくなるのだから。

 …………やめた。

 会えないのなら声だけでも、なんて考えてみても。
 絶対的に彼女が足りない。

“森あい”不足。

『植木? どうしたの?』

 途切れた会話に不審そうな彼女の声。

 今日の予定を聞いてみよう。
 何もなかったら傘をさして会いに行けばいい。
 きっと彼女は呆れたような顔をして、でもいれてくれるから。

 さぁ、とりあえずは。


「…………ちょっと、会いたいと思ってさ──――」

 素直に思いを伝えよう。





“雨になんか邪魔されてやるものか”