何とか追いかけてくる集団を巻き、ルルーシュとカレンは礼拝堂へと逃げ込んだ。
 鍵はルルーシュが素早く開けて閉めた為、当分は気付かれないだろう。念のために奥の机の下に二人で潜り込んで、漸く一息ついた。
「……だい、じょう、ぶ、か?」
「こっちの、セリフよ。大丈夫なの?」
「なん、とか」
「そう」
 しん、と静まり返った礼拝堂内と違い未だ外は喧騒に満ちている。シャーリーは大丈夫だろうか、と全く姿を見ていない友人を思いルルーシュは少し唇を引き結ぶ。
 その様子を見ていたカレンはふっと微笑むと、俯きがちになったその頭をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫よ。リヴァルはともかくシャーリーはあれで結構体力もあるし頭もいいんだし。捕獲報告のアナウンスも何も入ってないから無事だと思うわ」
「……そうだな。でもカレン、私はいいからシャーリーの様子を見に行ってくれないか? 不安だし」
「駄目よ」
 即答された言葉にルルーシュはほんの少し目を見開いた。
 カレンだってシャーリーのことを心配しているはずなのに、何故。そんな言葉が顔に出ていたのか、カレンは苦笑を浮かべるとルルーシュの手をとり真剣な表情を浮かべて彼女を真正面から見つめた。
「言ったじゃない、貴女には指一本触れさせないわ。それが私の役目ですもの。私は今"騎士"なんだから」
 カレンの放った言葉にはっとしてルルーシュは彼女を見つめた。確かに今の彼女は騎士だ。主を守る誇り高き戦士。だけれども、それを今言うその真意は。
「ねぇルルーシュ。私は貴女の騎士になりたいの」
 ――――何度言われただろうか。
 その真っ直ぐな願いは幼少の頃から幾度と無く繰り返されてきた言葉だった。騎士になりたいと、彼女は言う。けれどもルルーシュの返事は何時も一緒でその願いを叶えてやれることはない。
「……その気持ちだけで十分だ、私は騎士を「貴女と生きていきたいの」――え?」
 遮られた言葉にルルーシュは目を瞬かせた。カレンは呆けるルルーシュの顔を見て可笑しそうに少し笑うと、ルルーシュの手を両手でそっと握り締める。そして目を逸らさぬように顔を近づけて微笑んだ。
「ルルーシュ、私は凄くズルイの」
「カレン?」
「私、日本人よ。ブリタニア人じゃない。日本人なの」
「知って、いるだろう」
「違うのルルーシュ。ずっとなのよ。ブリタニアで初めて貴女と出会った時も、今もずっと、私は日本人なの。ブリタニア人だと思ったことなんて一度も無いわ」
 その告白に少なからずルルーシュは驚いた。
 確かにカレンは日本人とブリタニア人のハーフだ。シュタットフェルト家の当主が日本人の愛人との間に作った子供だと彼女自身から言われた。初めて出会ったのはお互い8歳辺りのことだったろうか。
 その頃から彼女は既に『カレン・紅月・シュタットフェルト』と名乗っていた。だからブリタニア人として生きているのだと思っていたのだが。
「……お母さんとお兄ちゃんに楽をさせてあげたくて。だからシュタットフェルト家にいったわ。そうすればお金は出してもらえたから。ちゃんと勉強もしたし、上手く出来ればお父さんには褒められた。義母さんとも仲は悪くないし、別にブリタニアが嫌いなわけじゃない。――でも私は、本当は"紅月カレン"なの。日本が好きよ。この小さな島国が大好き。移り変わる四季や大地、文化、人情、全部が大好きよ。だから私はブリタニア人じゃない。それでいいのよね。……でも、あの頃は仕方がないって割り切ったつもりでブリタニアへ行ったの。私が我慢すればいいんだって思ってたから。お母さんもお兄ちゃんも誰もそんなこと望んでなかったのに、凄く浅はかで馬鹿だった。自分が悲劇のヒロインぶったつもりで色んなことを諦めていたの。――そんな時よ。貴女を知ったのは」
 少し照れくさそうにはにかんで、カレンは宝物を教えるような声で話す。
「庶民出の皇妃の娘って蔑まれながらも、貴女はそのことを決して恥じずにナナリーとマリアンヌ様を守るために戦ってた。大人達を相手にしながら一歩も引かずに対峙してた。何て眩しいんだろう、って思ったわ。決して諦めようとしないその瞳に惹かれて――私は貴女に会いに行った」
 語られる言葉にルルーシュは返す言葉が見つからなかった。そんな昔からカレンはルルーシュを知っていたのだ。ルルーシュは初めて会うまで彼女のことを知らなかったというのに。
「それから後のことはもちろん知っているでしょう? 仲良くなったわね、私達。貴女を間近で知っていくにつれて私はどんどん変わったわ。諦めないことを知ったの。自分を誇っていいんだって思えたの。貴女のことが、貴方達のことがどんどん好きになっていって――傍にいたいって思ったのよ。守りたいって思ったの。ずっと何時までも貴女の傍にいて、貴女が守りたいものを一緒に護りたいって。……私ズルイのよ、ルルーシュ。私は日本人のつもりだからこれからも紅月の字は消さない。ブリタニア人にはなれない。でも、それでも貴女を守りたいの。貴女の盾になり、剣になる。でも貴女のために死んだりはしないわ。だって私は」
 瞠目するルルーシュへカレンは満面の微笑を向けた。
「あなたと生きていくんだもの」
 ルルーシュは、騎士とは主を守り、自らを犠牲にするものだと思っていた。だから騎士なんていらないとずっとそう思っていた。だけれど。
「騎士にでもならないと貴女を守れないし、何時も傍にはいられないじゃない。だからこれは私の我侭よ。貴女を守って死んだりしない。貴女を守って、私を守って、貴女と私の大切なものたちを護って、そうやって生きて行きたいの」

 だから私を貴女の傍においてちょうだい?

 そう言って微笑むカレンは、もう騎士だった。
 いや、もうずっとずっと昔。
 彼女が初めてルルーシュにそう言った時から、既に騎士になっていたのだ。ルルーシュがそれに気付かなかっただけだ。
 カレンはルルーシュが認めなくても騎士であり続けようとしている。その心だけでルルーシュの騎士として生きていくつもりでいる。
 だとするならばルルーシュの答えはたった一つしか残されていない。
「本当に我侭だな、お前は。人がどんな気持ちで……」
「誰も傷つけたくなかったんでしょう?」
「……ったく。絶対に私より先に逝ったりするんじゃないぞ。いいな」
 さらりと言われた一言に憮然とした表情を浮かべるルルーシュにカレンは笑う。ついで落とされた言葉にしっかりと頷き、ぎゅっと手を強く握り締めた。



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「えっと、あの、会長?」
「私ね、ルルーシュが大切なのよ」
 渡されたものを見て驚き焦るスザクへと笑みを向けて、ミレイは手の中のマイクをくるくると回す。
 疑問符を浮かべる顔を見つめながら彼女は、祭りには少し相応しくない寂しげな色を瞳へとのせた。
「だから、ね。例え私が傍にいられなくてもあの子には幸せになってほしいの。これは貴方への手助けじゃないわ。ルルーシュを幸せにしてあげたい私とナナちゃんの我侭なの。もうあの子は自分の幸せを考えていいのよ。シュナイゼル様だって、きっとそう思ってこんなことをいきなり言い出したんだろうから。ふふっ、スザクくん大変よ? ルルーシュを大切に思う人はたっくさんいるんだから!」
「…………ずっと前から知っています。ルルーシュはたくさんの人に愛されてる。でも――諦めることは、出来ないんです」
「よろしい。じゃあ、行ってきなさい!」
「はい!」
 頭を下げて屋上を飛び出していくスザクを見送り暫くしてから、ミレイはすちゃっと回していたマイクを持ち直した。
 モニターと見下ろす視界には走り回る生徒達。愛しい我が楽園の庭。ミレイは息を思いっきり吸い込むとマイクに向かって叩きつけるように声を張り上げた。