「カレンさんっ! 帽子ちょうだいしますっ!」
「断るっ!」
「ぐはぁっっ!」
「『だが』を最初につけて下さると嬉しいです!」
「ジョ○ョかっ!」
「さすが日本人っ!」
「そんなとこで感心されても、ねぇぇっっ!」

 向かってくる輩をちぎっては投げちぎっては投げ、時には剣を使って足も手もフル活用しカレンは進路を開く。
 後ろにルルーシュを庇いながらではあるものの、そんなハンデを全く感じさせることなく、彼女はその風体通り立派に騎士を務めていた。
 一部はむしろ彼女に痛めつけられることを目的としているようだが、おおむね順調だ。制限時間は二時間。その二時間を切り抜ければこちらの勝ちである。
 しかし、ふっと後ろから突き出てきた腕に気付く間もなく腕をとられてカレンは舌打ちをした。ラグビー部のようであるその男子生徒は身動きを封じたとばかりに他の生徒へ指示を出す。

「よし、カレンさんを押さえた今のうちだ! ルルーシュ様のガーターを奪い取れぇぇっ!」

 一人残されたルルーシュを取り囲むようにして男子生徒がずらりと並ぶ。
 ここまで走るだけで精一杯だったルルーシュが彼らを倒せるわけも無い。荒く息を吐き、酸素不足で少し潤んだ瞳になっているルルーシュに彼らはうっと一瞬顔を背けた。下手をすると屈みこんだ。
 イケナイ想像をするのは男の性である。だが、その一瞬が命取り。

「――――っ! その方には、指一本触れさせないわっ!」

 その光景に鋭く叫んだカレンは掴まれた腕を軸に空中へ飛び上がると、そのまま回し蹴りをラグビー部員の顔面に力一杯叩き込んだ。
 掴まれていた腕がその衝撃とダメージで離れた瞬間に、更に傾ぐ体を踏み台にして跳躍し取り囲まれているルルーシュの傍へと降り立つ。
 目を見開き驚くルルーシュとその一連の動きに咄嗟に反応出来ない生徒達を置き去りにして、カレンはルルーシュを抱きかかえるようにしてその場から走り出した。
 慌ててルルーシュがカレンに抗議の声をあげるが相手にしない。
「カ、カレンッ! 自分ではし、れっ、るっ」
「そんなに息切れしてて良く言えるじゃない! いいから大人しくしてなさいよっ、隠れる場所見つけてるんだからっ!」
 そう怒鳴られてしまえば言い返す術は無く、ルルーシュは大人しくカレンに寄り添いじっとして抵抗をやめたのだった。



「うんうん、カッコイイわぁカレンったら。本当に騎士様じゃない。シャーリーとリヴァルも頑張ってるみたいだし、上々ね」
「ミレイさん、そろそろいいんじゃないでしょうか?」
「うん?」
「とってもやきもきしていらっしゃるはずですし。もし勝手に行動を起こされると計画が狂ってしまいますから、そろそろお知らせしたほうがいいと思うんです」
「そうねぇ、残りもあと一時間きってるし……。そろそろ、かな。じゃあニーナ。あれとってきてくれる?」
「うん、ちょっと待ってて」
 ニーナが取りに行くのを見送り、ミレイとナナリーは顔を見合わせてそっと微笑んだ。
 学園の屋上に設置された本部からは眼下の生徒達の様子が良く見える。大騒ぎの学園を楽しげに見つめながらミレイはナナリーの様子を伺った。
「でもナナリー。本当に大丈夫なの? 幾らあの二人でも上手くいくかどうかは……」
「大丈夫ですよ、ミレイさん。何も心配いりません」
 くすくすと微笑むナナリーは、ミレイの懸念を簡単に吹き飛ばすほど自信に満ちた言葉を返す。その絶対の自信溢れる様子に苦笑するミレイへと、彼女は微塵も疑わぬ声で言い切った。
「お姉さまとスザクさんが一緒で出来なかったことなんて、一度もないんですから」
「……そう、ね。そうよね」
「それにもし失敗したらもう二度とお姉さまの傍に近寄らせてあげませんし」
「………………ほんと、貴女が一番最強よね。本当は」
「ふふふ」
 そんな会話をしている間に、ニーナが目当てのものを持ち戻ってくる。それを確認してから、ミレイは携帯を取り出し目当ての人物へとコールした。直ぐに来るように伝えてマイクの前に座る。それから澄み切った空を見上げて、にやりと笑みを浮かべた。
「……さて、後は貴女しだいよ、ルルちゃん?」

 お膳立てはした。
 決着をつけるためのステージは整ったのだ。この後にそこで彼らがどうするかは彼ら次第。
 一抹の不安は過ぎるが、彼女らを一番よく知る人物が大丈夫と言っているのだろうから大丈夫なのだろう。直ぐに駆けつけてくるだろう主役の一人を待つ間、ミレイはまたマイクの前へと戻った。





 ――――もう、何年前の話になるだろうか。

『嫌だ! 行くなよ!』
『直ぐ戻ってくるって。挨拶に行ってくるだけだから』
『嫌だ! お前戻ってこないかもしれないだろ!? まだあそこはお前達には危ないって父さん達が話してたの聞いたんだ! だから枢木からも護衛を出そうかって母さんと話してた!』
『玄武さん……。心配してくれてたのか』
『っ、そういう問題じゃない!』

 泣きじゃくりながら叫ぶスザクにルルーシュは困ったように笑った。
 父親からせめて年一回会いに来てくれ、と言われブリタニアに戻るのはこれが初めてではないのだが、スザクはどうやらルルーシュ達の複雑な状況を知ってしまったらしい。今までは教えないようにしていたのだが、さすがに隠し通せる年ではなくなってしまったようだ。
 枢木家が親身になってくれていることは解っていたが、同時にこれ以上関わらないで欲しいとも思わなくもない。ルルーシュやナナリーはブリタニアの皇女であり、決して利益をもたらす存在ではないのだから。
 そんなルルーシュの懸念も何もかもを吹っ飛ばすのは目の前の存在だけだった。なかなか握り締めた手を離そうとしないスザクにどうしたものかと頭を捻っていると、不意にスザクが何かを思いついたような顔でルルーシュを見る。

『決めた! 俺、ルルーシュをお嫁さんにする!』
『……は?』

 突然宣言された言葉に一瞬ルルーシュは思考を止めた。
『そうだ、それがいい! そうしたらルルーシュもナナリーもブリタニアに帰らないでずっとここにいるだろ! 神楽耶もきっと賛成する!』
『……お嫁さん?』
『そうだ!』
『…………結婚するって、意味解ってるのか?』
『? ずっと一緒にいられるってことだろ?』

 それ以外に何があるんだ? と聞いてくるスザクに苦笑する。確かに間違ってはいない。
 けれどもルルーシュが皇族であるかぎり、そこに絡められるのは様々な政治や利益だ。皇帝の座を狙っているわけでもない自分は何時か何処かの国に嫁ぎに行くことになるのだろう。
 それが皇族として生まれた定めだと既にルルーシュは受け入れていた。ただナナリーには出来れば幸せな結婚をして欲しいので、そのための策は尽くす気でいる。だからルルーシュは、今この時初めて自分の幸せを考えたのだ。
『……そうだな、ずっと一緒にいられることだ』
『だろ?』
『でも、直ぐに結婚なんて出来ない。結婚は男は十八歳、女は十六歳からって決められているんだぞ』
『そんな待たなきゃいけないのか!?』
『そうだ。……だからスザク、もし』

 もし、お互いがそのくらいの年になった時に。
 周りが認めて、特に枢木家が認めてくれるならば。
 お前だけのお姫様に、なりたい――――。

 他愛ない、子供の約束だった。
 それでもまだその約束を捨てきれない弱い自分が、ルルーシュは憎たらしかった。