「……お願いです。どうか許してください」 そう言って頭を下げた青年を、信じられぬ気持ちで彼は見た。 それは一時の気の迷いなどではなく本気なのだと、その目が雄弁に語っていた。だからこそ彼は慎重に青年を見つめる。その隣で彼の妻がくすくすと微笑んでいたが、見極めるまでは引くわけにはいかなかった。 とはいえど、結果など最初から見えていたのだが。 「……本当にいいのか」 「はい」 「お前が背負うものは、後から降ろせるものではないぞ」 「解っています。それでも」 ――何もかもを押しのけてでも、欲しいんです。 彼の覚悟を受け取って男は小さく唸った。その横で笑っていた妻が楽しげに話しかけてくる。 「いいじゃないですか。私はもう覚悟していましたよ」 「お前……」 「あなただって解っていたことじゃないですか。二人を見ていれば予想はついたことですよ。大丈夫です、信じましょう?」 にこやかにそう言われてしまえばもう発する言葉はなく。 男は暫し考えてから、その首を縦に振ったのだった。 ■□■ 『レディースアーンドジェントルマーンッ! さぁさぁ学園のみんな! 用意は出来ているかしらー? お姫様争奪戦ゲーム、開催するわよーっ!』 「「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」」」」 野太い歓声、もとい黄色い声を生徒達があげるなか、ルルーシュは身に纏った衣装をチラリと見下ろしはぁぁぁと盛大なため息を吐いた。 「ルル、大丈夫?」 と聞いてくるシャーリーにうんざりとした声で 「大丈夫に見えるか?」 と聞けば苦笑が返される。やられた、とルルーシュは皇女らしかぬ舌打ちをしてソファーにふんぞり返った。 「何で私の衣装がこれになっているんだ……」 「似合ってるわよ」 「言いたくはないがそれは当たり前だ」 「確かにねぇ……」 豪奢なレースが幾重にも重ねられたフレアーのスカートが広がる様はまるで花びらのようだ。 踝まで隠す長いそれは白い足を隠すものの、首周りはたっぷりとあけられ細い首筋を長い黒髪が包みこむ。 胸元には薔薇の飾りがふんだんに縫い付けられ、肩から手首までをパフスリーブの袖が覆うそれは所謂皇族服といい、つまるところルルーシュが宮廷で身に付けていたドレスである。 最初に決まっていたシンデレラのドレスがこれになっているのを見た瞬間、おのれミレイ! と学園の女帝へ怨みのこもった念を飛ばしたのは仕方ないだろう。あちらは余裕で跳ね除けていそうだが。ともかく、動きにくいことこのうえないだろうドレスを着せられたルルーシュは不機嫌の頂点だった。 その横で人魚姫をイメージして作られたドレスを纏ったシャーリーがあははーと空笑いを零す。 その近く、壁に背を預けて立つカレンの姿は青い騎士服、白いタイツ、赤いマントにつばが広く黄色い帽子……日本国民ならば知らない者はいないだろう某有名漫画の主人公である。ただしカレンは女の心しかもっていない。当たり前だが。 そして更にその近くに、膝まである水色のワンピースと白いエプロンをつけたリヴァルが一人気合を入れていた。 身長と体格ゆえか、意外と似合ってしまっているのが悲しいところである。そんなリヴァルを普段どおりの制服を身に付け、生徒会の腕章を腕につけたスザクとニーナが苦笑して見ていた。そんな生徒会室の若干カオスな空気は綺麗さっぱり無視されて、ミレイの楽しげな声は続く。 『じゃあ再度ルールの確認いくわね! 学園内の何処かに隠れているお姫様四人を見つけ出して、各々の身につけている服飾品を獲得すること! 景品はなぁーんとっ我が生徒会役員へのある程度の命令権です!』 「「「「「っ、はぁぁぁっ!?」」」」」 突如ミレイが宣言した台詞に生徒会室はパニックに陥った。 シャーリーは慌てリヴァルはため息をつき、ルルーシュはやられたと舌打ちをしてスザクとカレンは盛大に眉を潜める。しかしそんな動揺がミレイに伝わるはずもなく話はサクサク進む。 「ちょ、聞いてなっ!」 「豪華景品って言ってたっ!」 「や、確かに豪華景品だけどっっ!」 『まずは我らが生徒会の一員にして水泳部のシャーリー・フェネット嬢は人魚姫! 奪取するのは胸にある貝殻』 「えぇぇぇぇぇっ!?」 「「「「「「おおおぉぉぉぉっ!?」」」」」」 『を触ったりなんかしたらミレイちゃんのこわーいお仕置きが待ってるから絶対しないこと。持ってくるのは頭に付いている櫛よ! あ、でもこれ結構値がはるやつだから乱暴にもってきたら後が怖いわよ。それから美少女だけどめっちゃ強いカレン・紅月・シュタットフェルト嬢はリボ○の騎士! 彼女からは被っている帽子をとってくること。だけどカレンには腰に下げてる剣を使うの許可してるから気をつけてね! まぁ模造品だけどくれぐれも死なないでちょうだい。ちなみにこの帽子も結構するからね。んで、唯一の男子リヴァル・カルデモンドはアリスよ! とってくるものは――まぁ何でもいいわ。身包み剥がしてきちゃいなさい☆』 「か、会長ヒドイっすよーっ!」 『――さてさてさてぇぇっ、お待ちかね皆の大本命、我らが皇女殿下、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアーッ!』 最後の一人の名が呼ばれた瞬間、学園中で歓声があがった。 「「「「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!」」」」 「「「「きゃああああああああっっっ!」」」」 「「「「ルルーシュ! ルルーシュ! ルルーシュ!」」」」 『オーケイオーケイ、素直で宜しい』 「この学園おかしいだろう絶対っ!」 「いまさらじゃん」 『ルルーシュが扮するは正真正銘の皇族様! つまりは本物の皇女様の格好をしてくださっているワケなのよ! いやー本当は白雪姫とかシンデレラとか色々悩んでたんだけど一番露出の多いものにしてみたわ! 野郎ども存分に堪能しなさい!』 「するなさせるなぁぁぁぁっ!」 『何処かから聞こえてくる子羊の哀れな悲鳴は放っておいて、ルルーシュから奪取するものは……うふふ』 マイクで喋るミレイの言葉にぞくりと悪寒を感じたルルーシュが次の言葉を阻止しようとするも、時既に遅し。 『ルルーシュからとってくるものはスカートの中に秘められた白い太腿に付いている青いウェディングガーターベルトよ! くれぐれも! あくまで紳士に! だが飢えた獣のように! 奪い取るのよーっ!』 「「「「「「「イエス、サ――ッッ!!!!」」」」」」」 「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」 怒涛のようにあがった大歓声に力いっぱいツッコミをいれるものの、誰一人として聞いていないというか聞こえない。そして聞き入れるわけもない。 ぜーはーと体力を既に使いきり始めているルルーシュに近寄り、カレンは引き攣った顔でため息をついた。ちらりと茶色のくるくる髪に目をやるも、気にした様子は表面上はない。少なくとも表面上は、だが。しかし彼が握っていたボールペンが、密やかながらも粉々に砕け散ったのをカレンは見た。何て解りやすい。 とにもかくにも、こうなったら自分よりもルルーシュを守らなくてはいけないだろう。体力のないルルーシュが、追ってくる生徒達から簡単に逃げ切れるわけがない。でも、と一つの疑問をもってカレンは会長の傍にいるだろう少女を思い浮かべた。 姉思いで実は最強かもしれない彼女が、こんなことを許可するのだろうか。たまにではあるがスザクにさえも牽制のようなことをしている彼女が、狼の群れに羊を放り込むようなことをよしとするわけがないというのに。そんなことを考えていたカレンの耳に、引き続き説明をしている会長の声が入ってくる。 『武器の使用は一切禁止! 用いるは己の肉体のみよ! ルールを守って安全にも気をつけて楽しんでちょうだい! ではカウント10からいくわよーっ! ナナリー、お願いね』 『はいっ』 「やばっ!」 始まったカウントに思考を中断せざるをえなく、カレンは傍にいたルルーシュの手をとった。 何か言いたげなスザクを気にすることなくリヴァル達に続き、生徒会室を出る。比較的安全な場所を探して隠れなくてはカレンはともかくルルーシュの体がもたない。 「じゃあ俺行くわ!」 「ルルーシュ、行くわよっ!」 「あ、ああ……」 『……5! 4! 3! 2! 1!』 『にゃ〜っ!』 そして闘いの火蓋は切って落とされた。 |