世界は、一つではなくて。

一人ひとりに、世界がある。

だけれども。

その世界に存在するトクベツなヒトが

同じ人物であることは、よくあることなのだろう。






せかい の うた





初めて会った時から、貴方だけ見つめてる。

零れる涙の意味を、知らない。

同じ位置へと辿り着いて、そして世界は。

この優しさは、一人のために。

これは間違った感情ではないのだ。

もうお前なんて、いらない。

どこか甘い気がするのは、きっと気のせいだ。

完結した世界のままで、良かったのに。

愚かな感情に駆られて、少年は全てを失う。





























貴方の瞳に映るもの

※捏造設定(ミレイは元ルルの婚約者)






優しい世界に、生きていて欲しかった。


初めて出会った時から彼は私の王子様だった。
正しく彼は皇子様だったのだけれど、そういう意味ではなくて。憧れとか、仄かな恋愛感情からくる意味だった。
もともと政略的な婚約だったから丁度良かったのかもしれない。けど、そんなことは関係なく私は恋をした。

彼はとても優しかった。妹にべったりだったから、恋愛かと聞かれるとたぶん否定されてだろうけれど。
それでも、ひとつ年下とは思えぬほど彼は格好よく聡明だった。
それがとても誇らしくて。他の人達がたまに彼ら家族を嘲笑していたけれど、彼らが気にしなかったから自分も気にしなかった。

楽しかった。幸せだった。

あの幸せが永遠に続くのだと思っていたのに。

運命は残酷だった。


たった一日で彼らの世界は崩れ去ってしまったのだ。

優しかった皇妃様は殺され、妹姫もそのショックで光と足を失った。


そして、彼は――――







『……今まで、ありがとう』


最初で最後の、笑み混じりの泣き顔だった。

彼が自分の前で泣いたのは後にも先にも、この一度だけ。
それでも、この何年間で笑顔だけは戻ってきていたはずだったのに。



彼の、彼らの世界は再び世界を知らない温室の薔薇に壊される。



彼の美しいアメジストの瞳に、この世界はどう映っているのだろう。


あぁ、あなたを苛む全てのものから、あなたを護れたらいいのに。
この優しい箱庭で、幸せにしてくれていれば。
それだけで、もう何もいらない。


けれど、気高き黒い鳥は羽ばたいてしまう。
それを見送ることしか、自分にはできない。


だからせめて、あなた達にとって世界が優しくなることを、この箱庭から祈っている。





“あぁそれでも、本当は傍に連れていって欲しかった”

































同じ位置へと辿り着いて、そして世界は。


一人、遠くを見る。
貴方の背中を、見つめているだけだった。




「…………本当に、いいのか?」
「何よ、今さらじゃない」
「……簡易とはいえ、これだけの人数の前でやらかせばもう二度と戻れない。覚悟は出来ているんだな?」
「一体何度聞けば気がすむのよ、貴方は」



もう何度聞かれたか解らなくなってくる台詞にため息をついた。
周りからみればため息というよりも吐息に近いだろうそれの意味は、彼には直ぐに伝わったらしく眉を潜められる。潜めたいのはこっちだ。
信用されていないわけじゃない。そんなことは疾うに知っている。ただ、彼が優しすぎるだけなのだ。



失う痛みを知っている。
護りたいものが手から零れ落ちていく悲しみを知っている。
幸せが簡単に破壊されることを知っている。



誰よりも凄絶な人生を歩んでいる彼だから、尚のこと案じているのだろう。彼は、一度懐の奥に入れた人間にはとても甘いから。
普段は皮肉げに冷酷ぶっていても少し触れてみれば直ぐにそのことに気付く。
彼は世間を斜めに見ているわけじゃない。ただ、正論を紡ぐ。その正論を望まないのに、口に出すことで己の中に燻る『何か』を押さえつけようとするのだ。
最初はそのことに憤りと失望を感じたけれど、今になって解る。彼は、ただ、自分を諫めようとしていたのだ。
あの場で何かを起こしても、焼け石に水にしかならないのだと。
そしてそのせいで助けたはずが窮地に追い込みかねないことを。

彼はちゃんと知っていた。だから、自分がどう思うかを承知で止めてきたのだろう。



「……まったく」


不器用な、人。



今だって、わざとらしく煽るような言葉を吐いてきているけれどそんなものもう効きやしない。
解ってしまっているのだ。彼が自分に逃げ道を作ろうとしていることに。そして、これ以上修羅の道を進ませないようにと。

優しすぎるお人好しは、本当はこの人のことだと思う。

だから自分はその全てを否定してやるのだ。





「私が失いたくないものはただひとつ。貴方だけよ」




貴方を護ることが、私の至上の命題。




「だから、私を貴方の傍においてちょうだい」



貴方の全てを護る騎士になる。



そう言ってこれ以上ないほどに笑って見せれば、返ってきたのは苦笑だった。

「まったく……酔狂なやつだ」
「そうでもないわよ。私、審美眼はそれなりにあるほうだから」
「今回が初めてのハズレになるかもしれないぞ?」
「ならないわよ。――――私が、させないから。何があっても、貴方を最後まで行かせるから」
「……それは頼もしい、な」


すっ、と男とは思えない白くたおやかな掌が向けられた。
向けられる至高の紫には頼もしげな色が滲んでいる。
その瞳に映る自分の姿を見て、にっこりと微笑み、その手に指を置いた。


「では、いくぞ」
「イエス、マイロード」



そして舞台の幕はあがる。





“もう誰にも渡したりしない、此処が私のあるべき場所だから”


































それはまるで祈りにも、似た。





不器用な男だと思う。
冷酷かと思えば案外情に弱く、その中でも自分の懐に入れた人間には特別甘くなる。
自分を“死んでいる人間”というわりには生に執着もする。ただ、それは大切な者を一人残してはいけないというだけかもしれないが。
もし、それがなかったら、あいつはあの場で契約をしなかったのではないか。
時々、そう思うことがある。それほどあの男の大切な者への執着は強い。

自分にはその想いはあまり理解できない。

いや、もしかしたら理解できたのかもしれないが。過去を忘れてしまった自分には“もう”解らない。

けれど、失いたくない気持ちは、解る。


失ったからこそ、失いたくないのだ。これ以上。

傍にいてやるだなんて。魔女の自分と共に生きようなどと、戯言を。
それがどんな道なのか解らないはずだ。今でさえ辛いはずなのに。それを隠しているだけだろうに。
それなのに、更に険しく、苦しい道を選ぶのか。マゾヒストか、お前は。




それでも、それを嬉しいと思った自分も、確かにここに。





だから、止めない。だから、その背を押す。
今あいつの希望が無くなれば全てが崩壊する。それだけは。
自分を犠牲にするなんて思っていない。だっと、約束した。
“勝て”と。自分は簡単に死なない、死ねない体だからどうにかなる。だから、あいつが約束を守ればいいだけだ。

耳障りな機械音が聞こえてくる。五月蝿い。アラートは赤く点滅し、状況は良くないと知れる。
それでも願うのは次に浮上した時に見るのは、あの不敵な笑みだと。優しく光るアメジストだと。



あぁ、切なる願いなどいとも簡単に裏切られるなど知っているけれど。


契約を結んだ。約束をした、だから。


微かなる希望をどうか、私に与えて。






“生きて、お願い。もう一度私を『ヒト』に戻して。”
































私の知らない、私のカケラ。





何かが、私の中からぽっかりと消えてしまった。


“それ”が何だったのかさえ思い出せない。
周りの皆のことはちゃんと解るはずなのに、たった一人のことが解らないことと何か関係があるのだろうか。
皆は私がその人にべったりだったと言うけれど。

私の中に、その人の記憶は、ない。




「…………」
「…………」


たまたま二人きりになったから、そっと相手を伺ってみる。
端正な顔。ちょっと中性的で凄く綺麗。物腰も何となく高貴っぽい。
この人と一緒にいたという、写真も見せてもらった。こんな人が傍にいれば絶対忘れられるわけないのに。どうして、私は知らないんだろうか。

少し伺っているつもりがどうやらいつのまにか凝視していたらしい。彼がこっちを向いて苦笑したのに慌てて視線を逸らした。


「……どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「あ、その、ごめんなさい……」
「いや、構わないけど。あんまりじっと見られてるから驚いただけだよ」
「その……何で、私は貴方のこと解らないんだろうって思って。写真もあるのに、どうしてだろうなって……」
「あぁ……」


しどろもどろになりながら喋る私に、彼は納得したように頷いて――――どこか遠くを、寂しげに見つめた。
切なそうなその目に胸が微かに締め付けられる。どうして、なんで、そんな目をするの?


「……こんな童話があるんだ」
「え?」



ある国の王子は、自分の国が大嫌いだった。
実の父親が憎くて仕方がなく、自分の国の国是にも疑問を抱いていた。
そこで夜になると箱庭のような城を抜け出しては、外に出て不満を抱く民衆を煽っていたんだ。
自分が王子とは悟られぬように、変装をして。朝になると箱庭に戻り、身分を隠して学校に通いそこで楽しく学園生活を送っていた。
けれど、ある日王子は学園で仲のいい女の子に傷を負わせてしまったんだ。彼が民衆を煽った結果が、それだった。
そしてその女の子は彼の正体を知り、苦しんだ。…………彼女は彼が好きだったんだ。
彼は苦しむ女の子に一つの魔法を施した。――――全部、忘れてしまえと。王子、つまり自分のことを忘れろと。



……そして彼女は彼のことを全て忘れて、心穏やかに、幸せに暮らしました。めでたしめでたし」


「……それ、ちっともめでたくないよ」
「そうか? 結果的に彼女が苦しむことはなくなったんだからいいじゃないか」
「だって王子さまは? 忘れられて、それでいいの ?可哀想だよ。」
「きっと王子は彼女が苦しむのを見たくなかったんだよ。だから満足しているはずさ」
「嘘だよ! 忘れられて悲しくないなんて、嘘に決まってる! それに、私だったら忘れたくないもん!」
「……何でだ?」
「だって、女の子は彼が好きだったんでしょう? だったら、どんなに苦しんでも忘れたくないよ。出来ることなら傍で支えてあげたいし、悲しいことを忘れたりしないで、そのことを糧にして生きていきたいよ」



彼が、何でこんな話をするのかは解らない。
だけど、どうしても結末は納得できない。
私なら、忘れたくない。自分だけ忘れて幸せになんてなりたくない。
忘れられた王子さまはきっと一人で泣いている。
そんなこと、させたくない。


そう主張すると、彼は驚いたように目を見開いて――――苦笑した。
それは酷く、悲しげで、優しい微笑だった。


「……そっか」


そう言うと、彼は立ち上がって書類を持ち扉に向かった。
何となくそれを目で追っていると不意に彼が振り返る。綺麗なアメジストの瞳の中に私がいた。


「……王子は」
「え?」
「王子は、悲しむ彼女が見たくなかった。自分に笑う彼女が……好きだったから。泣き悲しむ彼女が自分のせいならば、自分のことなど消し去りたかったんだ」
でも、ほんとうは。

「忘れて欲しく、なかったのかもしれないな」




シュン、と音をたてて扉が閉まる。
私はその扉を見つめて、呆然としていた。




あの人は、彼は、私の、なに?
だれ?

崩れたカケラは、どこにも、ない。



“そしてカケラは永遠に至高の紫の中へと消える”
































貴方だけ、貴方のためだけに。だから、笑って嘘をつく。





“優しい世界”


それが欲しいと言ったから。
大切な人の大切な子がそう言ったから。だから。
理由はもちろんそれだけじゃない。自分の傍についていてくれる人のためでもある、だけど。


ほんとの、ホントウは。


大好きな、たった一人の、ために。
今はもう会いたくても会えないたった一人。
やっと見つけた。やっと、やっと! これでまた、昔に戻れる!

歓喜した。
大好きな姉の言葉さえも耳になんて入らない。
今聞こえてくるのは優しい愛しいあの人が自分を呼ぶ声。

あぁ、嬉しくて仕方がない。
これで二人を守れる。あの人の傍にいられる。幸せに、過ごせる。



あの人を、手に入れられる。



そして二度と離しはしない。今度は気高く黒い猫を、自分の傍で飼うのだ。
きっと嫌がるだろうけれど、最終的には許してしまうのだろう。
だって、あの人は私が大切。私が大好きだから。

全部、知っているから、だから。


私の元で、永遠に。
幸せに、なりましょう?



私の、大切で誰よりも愛しい――――お兄様。








“温室の薔薇は、赤から黒へと腐食する”
































血に濡れた手でそっと撫でて、嗤った。






最初から、閉じ込めていればよかった。


優しい箱庭の中に閉じ込めて。
何も見ることの出来ぬようにしてしまえばよかった。
彼だけが。彼だけが、いつも思い通りにならない。
望んでも望んでも、手に入らない。
二人だけで完成された世界の中に、異分子は入れない。
それならば、その世界ごと守ろうと思ったのに。
とっくのとうに大切なものはこの手をすりぬけて、世界へ宣戦布告してしまっていた。

彼の一番はずっと一人だけで。
その一人も、彼だけで。
でも、その二人が大好きで。
見ているだけで良かったのに。
久しぶりに会った彼は、少しずつ大切なものが増えていた。
自分は少し別格扱いされていたけれど。でも、確実に何かが違ってきていた。

ルールは、守るもの。
それを破れば、けして良い結果は訪れない。
そのことを、痛いほど知っている。
だから、彼が“アレ”に興味と好意を持つのが許せなかった。

何度も何度も否定し続けた。
疑いを持ってからも、ずっと否定し続けて。
“親友”の自分が言うならば聞いてくれると信じていたのに。



裏切られた。



いつもそうだ。彼は、自分を見ない。
幾ら自分が彼を求めたって、彼は振り向かない。振り向いたって、決してこの手をとってはくれない。 どうして。
どうして、どうして! どうして!!
その手段は“悪”だ。

間違った答え。間違った道、間違った行い。

何度も“悪”だと。間違っていると言い続けてきたのに。
聞いてくれない。解ってくれない。
何度繰り返しても、この声は彼に届かない。

正さなくては。
間違ってしまった、彼の道を正さなくては。
それが出来るのは、この世で唯一人、僕だけ。
今度こそ、彼の“たった一人”になれる。

僕だけが。
俺だけが。

彼を、手に入れられる。

それが例え、どんな手段であったとしても。
彼は、俺の物。

誰にも――そう、例え彼自身であっても、渡さない。


愛しているよ、僕の皇子様。
だから、この手で終わらせる。


君の時が止まって、初めて俺は君を手に入れられるから。





“その命を奪って、そして君は永遠に自分のものになる”




































優しい魔王の作り方。




生きるために嘘をついていた。



もともと死んでいるようなものだったけれど、少なくとも体を生かすための嘘なら幾らでもついてきた。
名前も、経歴も。
世界を欺くためにたくさんの嘘をついた。
そうしなければ護れない。
たった一つ残された大切なものも、自分も。
死ぬわけにはいかなかった。
護るために。
自分が生きていれば、護れる。だから、生きるしかなかった。
何時か自分以外に護れる人間が現れるまで。
その時、までは。


望んだのはほんのささやかな願い。
たった一つ。
世界中の誰もがもちえる権利。


“優しい世界”


大切なものが、笑って生きていける。命を脅かされることなどない世界。
贅沢な暮らしをしたいわけじゃない。楽をしたいわけでもない。ただ、ただ自分達が平穏に生きていけるだけでいい。

それなのに、世界は残酷で。
生ける屍のことなんて何一つ聞いてくれやしない。
なりそこないの屍は、世界から弾き出されているのだろうか。完全な生者しか認めないというのか。



――――ならば、世界が変わればいい。



誰にでも幸せが享受できる権利のある世界に。
平等に生きていける世界に。


そのためならば。
何にだって、なってみせる。
鬼でも悪魔でも修羅でも――――魔王にでも。

手段なんて選ばない。選んでいたら、変えられない。本当に欲しいものは、手に入らない。


だから。



「……お前のためになんか、死ねない」



お前自身の懺悔のためになど。
贖いを求めるのならば、それを理由に他者の身代わりになるなど、滑稽以外の何者でもない。
ましてやそれを、押し付けようだなんて馬鹿げている。
もう大切なものだとは思わない。お前が俺達を切り捨てるなら、俺もお前を切り捨てる。
甘さなど、捨てた。
それならば情も捨てよう。

“人”であることを捨てた者には、感情など必要ないのだから。





望んだのは、小さな願い事。
叶えたいのは。




生きてもいいんだと、言ってもらえる世界。






“本当は、本当の願いは。みんな一緒に――――”





































世界が崩れる音が聞こえた。





私には、たった、一人しかいない。


世界は優しくなんてない。
いや、優しい世界が牙を向いて襲いかかってくることを、私は知っている。
無くしてしまった。大切なものを、たくさん。
優しい世界を、なくした。

今はもう瞼に映るものしか解らない。周りがどんな光景か何て想像でしかない。
それがとても歯がゆく思える時もあるけれど、でも、それでも生きてこられたのはたった一人がいたから。

守ってくれる、愛してくれる。
その愛が本当に嬉しくて大切で愛しくて。
それさえあれば何もいらないとさえ、本気で思っている。
不自由さなんてどうでもいい。ただ、あの人がいれば。それだけでこの世界を愛していける。


けれど、不意に聞こえてきた世界へ宣言する声で、それは崩れ始めたことを知った。


気付かれないと思っているのだろう。誤魔化せていると。詰めが、甘い。
私が感覚に優れていることを知っているのに。これしきで誤魔化せられると思っている。
でもその甘さが嫌いじゃない。だから、気付いていない、フリをする。


いつか教えてくれるだろう。そう信じて。
教えてくれたら、その時に種明かしをしようか。
知っていましたよ、と。笑顔で。
そうすればきっと驚いた顔をして――――苦笑してくれるから。




なの、に。




漂うのは、血と、硝煙。
鉄さびの匂いが香ってくる。
気配は、一つ。いや、二つ。どちらも知った気配。だけれど。

――――あったはずの、気配が、薄い。
感じにくい。

何で。
どうして。

体の中で感情が渦をまく。

近づいてくる気配から硝煙が一層香る。





そして、全てを悟った。





「もう、大丈夫だよ……」

優しい声音が聞こえ、触れようと手が伸ばされる。いつもなら受け入れる手を、撥ね飛ばした。
触れてしまった。汚い。そう思って眉を潜めた。
撥ね飛ばしたことに相手は呆然としているらしい。
そちらを向いてにっこりと笑った。





「触らないでください。人殺し」
「……っ!?」
「あなたは、私の大切なものを奪いました。だから、私は貴方が嫌いです。そして」





さぁ、真実を話しましょう。
私にあなたは絶望を与えた。今度はあなたが絶望を知る番。




“私から奪った代わりに、知らないという罪を、痛みを与えてあげる。”






































そうしてまたひとつ、世界が終わる。





愛していた。愛していた、はずだった。
この世の誰よりも大切で愛しくて、守りたい存在だった。
それ、なのに。


世界はたった一日で全てが変わる。




「……たとえば、お前が」


もっと、俺を見ていたら。


「未来は、違ったかもしれない」
「ふん、傲慢だな。何も見ていないのはお前も、こいつも同じことだ。お互い様というやつだろう?」

一筋の祈りを込めた呟きは刃のような言葉に切り捨てられた。
反論したくて口を開きかけるも、言葉は出てこない。正しくは、出したくても出せない。その言葉に返せるものがないからだ。

ギリ、と歯を噛み締める少年を魔女は嘲笑う。


「お前は実に愚かだ。欲しいものが、望むものが既に手の内にあると思い込み、自分の中の矛盾を貫いた。理由をすり替え、それに従った末路が、これだ。……どうだ? 幸せか?」
「………………幸せ、だよ」




幸せでなくちゃ、いけないんだ。




「…………そうか」


虚ろな目で笑う少年を見て、魔女はそっと目を伏せる。




おめでとう、少年。
お前は、お前の最も愛した者をその手にかけた。
これで、その空白が埋まることは永遠にない。
一生。その命尽きるまで。

失った者の愛に縋って、絶望し続ければいい。







“指から零れ落ちたものは、二度と戻らない”