本当は逃げていただけだった。 守りたい場所を無くしたくなくて。その場所が、既に誰かの手の内だということを理解したくなかったのかもしれない。 けれど、彼女ならいいと思った。慈愛の皇女。癒し、愛しみ、拙いながらも一人で立とうとするその姿は少し誇らしく思えた。 だから、手を、とったのに。 優しい願いは。祈りは。 惨劇を、産み出してしまった。 それは自分の責任。自分の咎。拭いきれぬ罪。前を向くしかない。それさえ止めれば、何の為に弔ったのかさえも解らなくなる。 無駄にしない。ならば。 進むしか、ない。 それでも否定されると苦しくて。 最も言われたくない言葉を聞くと、辛くなって。そんな資格ありはしないのに。 衝動的に銃を向けた。 叫んで、引き金を―――― ダンッ!! 「……ほぇ?」 「……え」 銃声が響くのは二人が引き金を引ききるよりも早かった。 飛んでいったのはスザクの構えていた銃。思わず銃弾が飛んできたほうに目をやった。 「……カレン?」 「…………」 震えていた。腕が。その先にある、銃口が。 あぁ、また傷つけている。 ツキリ、と小さな何かが胸の奥に刺さっていく。 じくじくと痛み出す、それ。痛む資格なんて――――。 「……ってんじゃないわよ」 「え」 「バカ言ってんじゃないわよこのすっとこどっこいどもが――っっ!!」 ガゥンッ!とまたもや銃口が火を吹いた。飛んでいったのは壁だったがスザクの髪をちり、と焦がす。あれ、なんか狙われてる? 「世界がどうだとか裏切ったとか、何なのよ! 全く知らない人間がここにいるんだから解るように話したらどうなの!」 「えーっと……」 「そもそも、ゼロの、ルルーシュの目的は何。世界を手に入れること?」 話に置いてきぼりにされていたせいで、少々冷静さが戻ってきたらしい。首を傾げ問いかけるカレンにスザクが瞬時に答えた。 ちなみにルルーシュはまだ固まっている。ほら、イレギュラーに弱いから。 「正しくはブリタニアの崩壊。皇族を恨んでて最終的には皇帝」 「何で」 「母親を殺されて、ナナリーも見殺しにされたから」 「……あ、じゃあいいんじゃない。結局結果的にはあまり変わらないし」 「ちょ、カレンッ!?」 「それに、ルルーシュ可愛いし」 「…………はい?」 何が“それに”なのだろうか。繋がってないと思うのだが。 「可愛いじゃない。昼からごはんつぶ顔につけてても気付かないし、助けにいって助けられちゃうし、イレギュラーに弱いし」 「……可愛いけど、でもルルーシュって綺麗じゃないの? どちらかというと」 気を削がれたせいか素朴な疑問を口にしたスザクに、カレンの瞳がキラーンと光る。 その光に戻りかけていたルルーシュの思考はまた固まった。何だ。一体何が起こっている。 しかしそんなルルーシュを置いて話は進む。カオスも広がる。 ぐっ!と片手の拳を固めると、カレンは銃口をスザクに向けたまま主張を続けた。心なしか息が荒い。 「そう、ルルーシュは綺麗だけど、可愛いのよ! もーぎゅって! ぎゅってしちゃいたいくらいに! なになんなのこの子バカ! 馬鹿だからこそ可愛いって!」 「いやそもそも馬鹿って」 「馬鹿だから可愛い……」 「そう、そうなのよ。甘い、甘いわ! スザク! あんたは大切なことを解ってない! 自分が正義みたいな顔してるけどそんなの間違ってる! 今こそ、あの名言を言わせてもらうわよ!」 「名言……?」 「そうよ! いい!? 耳の穴かっぽじってよーっく聞きなさい!」 フッと嘲るように笑みを浮かべると、カレンはびしっと指をスザクに突きつけて。 「可愛いは、正義!!」 「…………」 「…………」 「…………いや、カレンそれはさすがに……」 「確かにそうだ……!」 「えええええええぇぇぇぇ!?」 「ふっ、ようやく気付くなんて……遅いわっ! 遅すぎるのよエアクラッシャースザク!」 「つーか納得するな」 「そうか……だから、ルルーシュは正義の味方だったのか……確かに、ルルーシュほど可愛いひといないし!」 「ナナリーのほうが千倍可愛い……」 「だってナナリー黒いし!」 「……???……黒い……?」 「ダメよスザク。シスコンに正論は通じない」 「く……っ! ATフィールドが発生しているのか……!」 「何の話をしているんだお前らは!」 「“笑えばいいと思うよ”は名言だと思うの」 「笑えばいいと思うよルルーシュ!」 「それはつまり俺に死亡フラグを立てたいということか?」 「何だかんだいって解ってるじゃないルルーシュ」 感心したように呟くカレンの言葉にルルーシュは肩を落とす。 ……ダメだ。何がダメっていうか、もう、全部ダメ。 時期ネタも微妙に外してるし。幾ら自分が苺好きだからってこのネタはないだろう。 ああ、そういえば昔シュナイゼルに「ルルーシュの頬はマシュマロのようだね」なんて言われたような気が……。 遠い目で何処かへ視線を飛ばしながら現実逃避するルルーシュを置き去りにしたまま、カレンの“正義について”講座は進んでいく。 いつの間にか二人の位置は移り変わり、今ではカレンが台座の上でスザクが台座の下になっていた。しかも二人とも正座。さすが日本人。 「でもカレン。ルルーシュって可愛いけど綺麗でもあるよね?」 「そうね。だけどそれは外見の問題でしょ。やっぱり人間中身よ中身! ツンデレだし、天然だし中身は可愛い属性よ絶対!」 「そうか……目が覚めたような気がする。そう思うと、あのチューリップみたいな仮面も可愛く見えてくるよ!」 「そうでしょそうでしょ。センスが悪いとこも可愛いとこよね」 「さりげに失礼だな、おい」 「そう思うとゼロが愛しく思えてくるよ……」 「でしょ?」 「うん。……ごめんルルーシュ! 僕が甘かった! ずっと勘違いしててごめん!」 何を。 そう突っ込んでもどうしようもなさそうなことを、既にルルーシュは悟っている。 そのまま日本のサブカルチャーを語り合う二人に背を向けて、ルルーシュは深く深く項垂れた。 あぁ、ナナリー。今お前に心から会いたい。癒されたい。 「…………甘いのは二人とも、です。お兄様が可愛いことなんて、私は物心ついた時から知ってますもの」 「さっすがー」 ふふふふふ、と天使の微笑を浮かべる少女にV.V.はパチパチと拍手を送る。 このあと、現実逃避したままのルルーシュを担ぎながらカレンとスザクが入ってきて、ナナリーが最恐の称号を得るのはもう少しあとのこと。 |