※このお話はルルとジノが皇族時代に会っていたら、前提です。少々くるるぎさんに厳しめです。それをご承知のうえで閲覧ください。１６話よりも前に書いているので１６話と関連はしていません。
　閲覧後の苦情は申し訳ありませんがご遠慮ください……。(汗)駄目そうだ！　と思われた方はリターン推奨。
　大丈夫そうだと思われた方はスクロールでお願いします。




















　なりたかったのは、今も昔もずっと変わらない。
　たった一人のための騎士。




「おーい、元気にしてる？　黒の騎士団のエースパイロットさん」
「あなた……ラウンズの」
「ジノ・ヴァインベルグ。ナイトオブスリーだ」
　ジノって呼んでくれていいぞ？　とにこやかにのたまう男にカレンは目を眇めた。こんなところに一体何の用なのだろうか。この場には先ほどまでスザクがいて、ひとしきり喚いて立ち去っていった。リフレインを出された時は、どうしてこうもカレンにはこれが付き纏うのだろうかとウンザリしたものである。本当にこの薬はロクなことがない。
　かと思えば今度は新手がやってきたのかと、幾分疲れた気分でカレンはジノと対峙した。外側から見られる気分はまるで珍獣にでもなったようだとカレンは思う。しかしこれだけジロジロ見られると不快感を通り越していっそ呆れる。ジノは何が面白いのかカレンを見て感心したような声を上げつつ、どかりと目の前の床に腰を降ろした。
「ふーん、そういう格好してると本当にお嬢様だな。美人だし」
「何の用？　スザクに何か言われてきたの？　誰が来たって何をされたって、私は何も喋らないわよ」
　貴族にしてはぞんざいな所作で床に腰を据えるジノを睨みながら、カレンはぐっと唇を引き結んだ。
　現在のゼロがルルーシュだとバレてはならない。それはルルーシュを庇っているわけではなく、黒の騎士団、日本を取り戻すための戦いをする自分達のリーダーとして彼が必要だからだ。彼でないとこの戦は成し遂げられない。カレンはその一点に関しては妄信的なまでに信じこんでいる。いや、信じたいのだ。
　シャーリーが死んだと聞かされ、その死因が自殺だと言われた時は確かにあり得ないと思った。だけれどもそれがルルーシュの仕業だと言われても、どうも腑に落ちないのだ。今の彼が本当に彼女を殺したりするだろうか？　幾ら正体がバレたとはいえ口封じのために彼女を殺す？　ルルーシュが？　――あり得ない。カレンの直感はそう告げていた。
　あの学園を守りたい。皆で花火を見たい。全てが終ったら学園に戻ろう。
　そんなことを言っていたルルーシュが、シャーリーを殺すわけがない。彼の中でのシャーリーは『守りたい』もののはずなのだ。あの言葉を言ったルルーシュは優しい目をしていた。演技なんかじゃなくて、本当に優しい目を。
　そもそも、あの男は身近な人間に手を出せまい。周りを見直すことをし始めた今のルルーシュには。
　どうも思考がルルーシュ贔屓になってきたらしい、だがそんな自分も悪くないと思えてしまうことに、カレンは思わず苦笑を浮かべた。
「……カレン・シュタットフェルトさんだっけ？　何で君は黒の騎士団にいるの？」
「答える義務はないわ」
「まーまーそう言わないでさ、いいじゃん聞くぐらい。大方予想は付いてるから答え合わせがしたいんだ」
　にっこりとそうのたまうジノにカレンの眉間にはますます皺が寄った。きっと答えなければ延々同じ質問をされるだろうと想定し、ため息混じりにカレンは答えた。
「……決まってるじゃない。日本を取り戻すためよ」
「うん、まぁそうだろうけど。でも君達は一度ゼロに裏切られた……というか、彼が大失態を犯したというのにまたもゼロに従ってる。そこまで彼は信じられる男か？」
「……ええ、そうよ。私は、私達は彼を信じてる。彼なら必ず願いを叶えてくれるって信じてるわ」
「それはどうして？」
「言う必要は？」
「ただの好奇心さ」
　言外に好きにしろと言う彼にどうも負けている気がして、カレンは薄い壁の向こうの男をうんざりと睨みつける。引き下がれない、引きたくないという感情が込み上げてくるままにカレンは慎重に言葉を選びながら続けた。
「……彼が、ただの人間だからよ」
「？　どういう意味？」
「ゼロは私達のリーダーでカリスマで、奇跡を起こしてくれる救世主よ。でも彼は、本当はただの人間。神でも悪魔でもメシアでもない、ただの人間なの。だからこそ私はあの人についていくわ。彼が強くて弱くて、感情を持った普通の人間だってことを知っているから」
　少し喋りすぎたかもしれない、とカレンは思った。個人を特定するようなことを言ったわけではないけれど、少々熱がこもり過ぎたと思う。ジノは浮かべていた笑みを霧散させて、今までとは違った静かな口調で問いかけてきた。
「君は、ゼロの騎士なのか？」
「騎士？」
　その単語にほんの少しだけ可笑しくなった。何故ジノが騎士などと言うのかは解らなかったけれど、恐らくブリタニア式に側近のことをそんなふうに言ってみたのだろう。ゼロがブリタニア人であるなど彼らが知るわけがない。だから騎士というのは比喩だ。カレンが彼に近しい存在なのか、と問うだけの。
　確かに彼は、ルルーシュは元皇族で本来ならば騎士を持つに相応しい人物だ。だけれども今の彼に個人としての騎士はおらず、彼自らが創りあげた騎士団がある。そんな彼に騎士が必要なのだろうか。Ｃ．Ｃ．は騎士とは違った存在であるし、唯一彼を直接的に守るという存在ならば――たった一人だろう、とカレンはジノへと麗しく微笑んで見せた。
「彼を守ると心に決めた存在を騎士だと呼ぶのなら、私は彼の騎士かもしれないわ」
　それだけは揺らがない。カレンはゼロを最期まで守ると決めている。
　ゼロとルルーシュ、どちらをも認めて受け入れた時から。
　残念ながら片思いだけれど――と少しからかい混じりに言ってみせたカレンに、ジノは少し驚いた表情を見せてからがばっ！　と突然頭を抱え込んで項垂れた。
「！？　ちょ、何よ！」
「あ〜〜っ！　ったく、そんな風に言われたら簡単に勝てねぇって……ほんと、ラウンズ並なのは操作技術だけじゃないってわけか。いや、でも私だって負けてないよな年月だけなら。うん。じゃあ、まぁいっか」
　確信も持てたことだし、と呟くジノにカレンは首を傾げた。一体彼は何がしたかったのだろうか。
　なんだかすっきりしたような表情で立ち上がったジノに漸く終わりかと息をついて、カレンは椅子にもたれかかった。いい加減救出が来てくれないだろうか。さすがにこの状況から自力で逃げ出すには辛い。捕まっていることに恐怖を感じるというより、スザクの相手をするのが面倒なのだ。殴りかかれるものなら、脱出する前にでも一発殴ってやりたいものである。そんなことをつらつら考え始めたカレンの前で、突然薄く黄色味がかった扉が消えた。
「…………え？」
「さーてと、シュタットフェルト……いいや面倒だ。カレン。君運動は得意なほうかい？　有体に言っちゃえば武器が多少あれば軍人と数人やり合えるぐらいの――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ！　どういうこと！？　説明しなさい！」
「ん？　簡単に言っちまえば捕虜連れて離反しよっかなってこと」
「はぁぁっ！？　あんた、何考えてるわけ！？」
「ゼロのこと。とりあえず逃げ出したら何処行きゃいいんだ？　蓬莱島か？」
「な、なんでアンタ、っていうか、ええ！？」
「細かいことはあとあと！　とりあえずここ逃げ出して、んでトリスタンと紅蓮だっけか。あれで脱出するから。調整はこっそりしてあるし、キーも」
　思わぬ急展開に目を白黒させるカレンに小さな何かが放られた。慌ててぱしりとそれを受け取ると、それは紅い羽根のような起動キー。目を見開いて己の持ち物である紅蓮の起動キーを見つめるカレンへ、ジノは闊達に笑みを向けた。
「さ、行こうぜライバルさん。ただの人間のゼロの元に」







「ジノがっ！？」
「はい！　ヴァインベルグ卿が捕虜を解放して……！」
「一体何を考えて！」
　回されたとんでもない報告にスザクは血相を変えて格納庫へと向かった。ジノがカレンを無断で解放し、あまつさえ兵士を倒して格納庫に向かっているということは脱出させる気なのだろう。何故そんなことをしているのかは検討もつかないが、それを彼が酔狂で行っているわけではないということぐらいは解る。ラウンズである彼がそんなことをしたら唯ではすまないと理解しているはずだ。だとすると、彼は覚悟の上で全て行っていることになる。
　スザクが格納庫へと到着したとき、既に紅蓮は起動し終わり飛び出そうとしていて、ジノがちょうどトリスタンへ乗り込もうとしていた時だった。
「ジノ！！」
「ん？　おースザク、早かったな！」
「君はいったい何を！」
「なぁスザク。お前は誰の騎士？」
「――え？」
　暢気な声で言われた言葉にカッとしかかるも、すぐさまかけられた問いにスザクは一瞬瞠目した。
「ユーフェミア様？　皇帝陛下？　ナナリー総督？　お前は本当は誰の騎士なんだ？」
「何を言って――」
「俺は」
　動揺するスザクの言葉を遮り、ジノはまるで望みが叶いそうで喜ぶ子供のような笑みを浮かべた。

「出会った時からずっと、あの人の騎士なんだよ」

“あのひと？”

「それは――」
　一体誰のことだ、と問い詰めるよりも先に不意に悪寒を感じてスザクはその場から飛び退った。
　瞬間、今までいたところにガンッ！　とナイトメアの拳が打ち込まれる。チッ、と行儀の悪い舌打ちが響いた。
『あーあ、一度くらい殴っておきたかったのに！』
『カレン、さすがにナイトメアで殴ったらスザクも死ぬだろー？』
『大丈夫よ、こんな体力馬鹿』
「カレン！！」
『さようなら、枢木スザク。今度会った時はボッコボコにしてあげるわ！』
『じゃーなースザクー！』

　そしてトリスタンは起動し、誰もが止める間もないまま二機は飛び立っていった。
「……ズルイ」
「アーニャ……」
　呆然とするスザクに騒ぎを聞きつけたアーニャが近寄る。そしてどこか拗ねたような口調でぽつりと呟いた。
「置いていくなんて、ズルイ。ジノ。」
「アーニャ！？」
「でも、此処には貴方がいるから。だからたぶん置いていかれた」
「何を言って……」
「私は皇女殿下を守る。スザク、あなたには出来ない」
　すっと下げていた視線を向けられて、スザクは息を呑んだ。アーニャは鋭く冷たい視線でもってスザクを見つめていた。暫く無言で彼を挑戦的に睨み上げていたアーニャは、二機が出て行った後を見つめると踵を返す。スザクは何が起こっているのか全く解らず、ただその場に立ち尽くしていた。






「……どういうことだ？」
「それは私が一番聞きたいわ」
　蓬莱島へとやってきた二機にぎょっとしたのも束の間、早々にルルーシュは司令室へとカレンを引っ張り込んだ。付いてきたジノの扱いをどうするかも考えなくてはいけないが、状況の把握をしたい。そんな願いはあっさりとカレンによって断ち切られる。
「……あのひと、あなたのこと知ってるみたいだし」
「え？」
「なー、ここ他に誰もいないか？　そうしたらゼロと喋りたいんだけど」
「……カレンだけだが」
　念のためと身体検査をし、更に拘束した状態で向き合ったジノにルルーシュはゼロとしてのスタイルを崩さず椅子へと座った。その横にカレンがつき従い、その様子にほんの少しだけジノの眉が寄る。
「ジノ・ヴァインベルグ。貴殿はどうして此処へ来た？　ナイトオブラウンズだったな、たしか。皇帝の差し金か？　カレンを連れてきて私を暗殺しようとでも――」
「あの日から、私はあなたのことしか見てなかったんだ」
　遮られた言葉に、ルルーシュは仮面の中で訝しげに彼を見やった。ジノは真っ直ぐにルルーシュを見たまま真剣な表情で言い募る。
「あの時、アリエスの庭で出会った時からずっと。なりたいのは貴方の騎士だった。皇帝の騎士になったのは貴方がいなくなってしまったからだし、本気であの横ロールに忠誠を誓ってたわけじゃない。ただ、皇帝の騎士っていうのが都合が良かっただけで。いつか貴方を探し出すのなら、決してマイナスにはならないと思ったんだ。結局探すことは出来なかったけど、ナナリー殿下が戻って来られたおかげで貴方も生きてるって解ったし、ある程度好き勝手出来る立場だったからカレンを返すことが出来たから、上出来だったと思う」
「……あんた、何言って」
　ジノの言葉は仮面の中身を知っているかのような言葉だった。スザクが教えたわけでもないだろう。じゃあ何で知っている？　それよりも何よりも、彼は一体何を。
　混乱するカレンに向かってジノはニッと笑ってみせる。そして再びゼロへと向き直ると頭を垂れた。
「あなたに付き従えるなら、私は何もかも捨てます。だから私をあなたの傍に置いてください。今度こそ、あなたを守らせてください」
　どうか私を貴方の騎士に。
　まるで挑むような視線でもってゼロを見上げるジノに、ルルーシュは仮面の中で嘆息した。

『私は、ルルーシュ殿下の騎士になります！　そうしたらずっと傍にいられるのでしょう！？』

　覚えているとは思わなかった。
　遠い昔。まだマリアンヌが健在で、ナナリーやユフィと一緒にアリエスを駆け回っていた頃。幸せな記憶の中に生きる金髪の少年。
　何度も何度も訴えられて、だけれども彼の立場を考えてなかなか頷かなかった。そんなルルーシュにジノは必死に食い下がって、そして。

「……傍にいるだけならば、騎士じゃなくてもいいだろう？」
　ルルーシュの発した台詞にはっとしたようにジノは顔を上げた。一瞬瞠目してから彼は心底嬉しそうに笑みを浮かべ、万感の想いを込めるように紡ぎだす。
「……私は、あなたを守るだけじゃなくて。あなたの一番近い者になりたいんです。あなたのことが、好きだから」
「はっ！？」
　ぎょっとするカレンの代わりにルルーシュはその言葉を聞き終えると、立ち上がって仮面を取りはずした。更に慌てるカレンに気にせず、ルルーシュはジノの前まで来ると呆れたような笑みを浮かべて彼を見下ろした。
「……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、まさかここまでとはな」
「そうですよ、私はルルーシュ殿下馬鹿ですから」
「……馬鹿なやつめ」
　それでも吐かれた言葉とは裏腹に、その顔には紛れもない笑みが浮かべられていてジノは笑う。
「どうか私を貴方の騎士にしてください。ルルーシュ殿下」
「共に闘い、共に生きよ。そして最期まで私の傍に」
「イエス・ユア・マジェスティ」
　ジノの唇から紡ぎだされた言葉に、少しばかりルルーシュが虚をつかれたような顔をする。それに首を傾げていると「別に皇帝になる気はないんだがな……」と少々ため息混じりに呟かれて、ジノはますます首を傾げた。
「殿下？」
「俺はもう殿下じゃない。ルルーシュでいい。他の団員の前ではゼロと呼べ」
「わかりました」
「……っっ！　ちょっとーっ！？」
「うわっ！？」
「ほわぁっ！？」
「二人だけで話進めないでくれるっ！？　ちゃんと私にも解るように説明しなさいよ！　っていうか私がいないうちに何がどうなってんのか説明しなさいっ！」
「は、はい」
　いい加減怒髪天をついたらしいカレンに思わずルルーシュはたじろいで素直に頷いた。全く、女は怒らせると怖い。考えなければいけないこと、すべきことは山ほどあるというのに更に厄介ごとが舞い込んできた。けれども今ならそれも何とか出来そうな気がして、ルルーシュはくすりと笑う。ずいぶんと現金になったものだ。
　とりあえずジノの拘束を解きながら、どこから話すべきだろうかとルルーシュは首を捻る。立ち上がったジノが傍に立ったのに頭を巡らせると、思いのほか近い場所に顔があってルルーシュは目を瞬かせた。
「ジノ？」
「殿下。ちょっと失礼」
「は？」
　くい、と顎がとられたと思った瞬間――唇に触れた柔らかいものにルルーシュは呆然とすることしか出来なかった。
「……な、な、な」
「ご馳走様でした」
「ななななななな何してんのよあんたーっ！！！」
「宣戦布告。殿下の筆頭騎士は俺だから」
「突然出てきてふざけたこと言ってんじゃないわよ！　ルルーシュの親衛隊長は私よ！　誰がぽっと出のあんたに任せるもんですか！　あまつさえキスするなんてーっ！！」
　私はいつも寸止めなのに！！　と涙まで浮かべて悔しがるカレンとそんなカレンを楽しげにからかうジノにルルーシュは深く深くため息をついた。


「……ちょっと早まったかもしれない」








「まぁ、ではジノさんは黒の騎士団へ？」
「たぶん」
「そうですか。カレンさんが一緒なら安心ですね」
「……安心？」
　アーニャの報告にそう言って微笑むナナリーにほんの少しだけアーニャは不思議そうに首を傾げた。そんな仕草が見えているはずもないのに、ナナリーはくすくすと笑いながら答えてみせる。
「ええ、ジノさんはちゃんと受け入れられるでしょうから。ちょっと寂しいですけれど、でも我慢しないといけませんね。私も頑張らないと」
　そう言って書類に手を伸ばすナナリーへと、アーニャはそっと近づくと手をぎゅっと握り締める。アーニャさん？　と不思議そうに問うナナリーへと、少し強い口調でアーニャは言う。
「大丈夫。ナナリー殿下は、私が守る」
　スザクには渡さないから。

　告げられる言葉にナナリーは花が綻ぶような笑みを浮かべてはい、と手を握り返した。
　遠く離れた兄妹に、同じ瞬間に騎士が出来たことを知るのは違う世界の桃色の髪の少女と橙色の髪の少女だけ。


「まぁ、スザクったら。一人取り残されてますのね」
「だめだめだね。私の話、聞いてなかったのかなぁ……」
「そのうち、お仕置きしましょうか」
「そうだね！」

　天使の悪戯が枢木スザクに落ちる日も、そう遠くない。




“選んで、繋いで、そんな優しさを貴方も知って欲しいよ”