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心がざわついた。 奪還は失敗したらしい。恐らく枢木に奪われたのだろう。 カレンが無事に落ちていくルルーシュを受け止めたことは知っていたものの、着艦するまで妙な胸騒ぎは治まらなかった。 むしろ焦燥と不安が肥大していくだけで。何かとんでもないことが起こっているのではないかとたまらなかった。もどかしさに歯噛みする。 この不安は何だ。この焦りはなんだ。この痛みは――誰のものだ。 やがて紅蓮が着艦し収容されたと聞いた時、Ｃ.Ｃ.は格納庫へと駆け出した。常ならば見せぬ必死な様子に他の団員達が驚いていたがそんなことは関係ない。ただ、今は早くアイツのもとに。 あの共犯者のもとに。 走って、そして入り口で空気がおかしいことに気がついた。ざわりと体中の毛が総毛立つ。びりびりとまるで響くように感じた痛みに、もはや不安などとはいえぬほどの恐怖を感じた。 「ゼロ！」 「おい、どうしたんだよ！」 「ゼロ！ 大丈夫ですか！？」 「ゼロ！」 紅蓮の手の中に黒衣の姿があった。しかし微動だにする様子も無いそれにＣ.Ｃ.は悟った。元から白い肌が一瞬にして今以上に青ざめる。動揺し肩を揺すって名前を呼ぶカレンの傍に声も無く近寄って、Ｃ.Ｃ.はぺたりと動かぬ仮面の前に膝をついた。 「Ｃ.Ｃ.！ ゼロが……！！」 「…………確かに、私は言った……」 「……Ｃ.Ｃ.？」 「言ったさ、確かに。この力はお前を孤独にすると。お前もそれを解って受け入れた。だが……まさか、本当に、ここまでお前が砕けると思っていなかった……そんな、ことをすると、思っていなかったんだ……お前を傷つけることを、すると思っていなかった……」 本当にそう思っていた。きっと彼女は最後まで彼を癒し続けると。愛し続けると信じていた。例え正体が解らなくとも、気配に聡いあの少女のことだからきっと見抜くだろうと。そう、思っていた、のに。 呆然としたように言葉を紡ぐＣ.Ｃ.にカレンは困惑げな表情を浮かべてゼロから手を離す。その後を継ぐようにＣ.Ｃ.の手がそっとゼロの仮面へと触れて、表面をなぞる。少し触れてからああ、とまるで泣きそうな顔でＣ.Ｃ.は微笑んだ。 「………………泣くのならば、一人で泣くな」 仮面の後ろに回ったＣ.Ｃ.の手がカチャン、と何かを外す。小さな機械音と共に仮面は転がり落ち、カレンは目を見開きその場にいた団員たちは瞠目した。 そこにいたのはこの世の全てを奪い去られたような子供だった。 能面のような感情の抜け落ちた白い顔に填め込まれた瞳は至高の紫と、鮮烈な赤。その瞳からはぽたぽたと水晶のような雫がただただ零れ落ちる。 さら、と黒檀のような髪を撫でてＣ.Ｃ.はルルーシュを強く抱きしめた。 「…………な、りー……」 ぽつりと紡がれた名前に深い悲哀と絶望を感じてＣ.Ｃ.は顔を伏せた。きつく眉を寄せて温もりを分け与えるように腕の中の少年を抱きしめる。何を言ったのかは知らない。解らない。だけれども、初めてこの瞬間Ｃ.Ｃ.はこの少年の周りの世界を呪った。それが例え自分が与えた力によるものだったとしても。それぐらいルルーシュの絶望は深く暗く、底知れぬ闇のように重かった。 「…………ルルーシュ。……今は、泣いてもいいんだ。私の胸くらい、貸してやる」 「……しー……つー」 少し震えてしまう声音で囁けば、のろのろと細い手が持ち上がり背中に触れた。ぐ、と胸に抱え込むように抱きしめていると――暫くして漏れ出したのは微かな笑い声だった。 「はは……はっ、ははははは……」 笑い声は段々と高くなり静まり返った格納庫に木霊した。駆けつけてきた神楽耶も、カレンも扇も藤堂も何も出来ず呆然としてその場に立ち尽くした。聞こえるのは狂ったような、悲痛な、絶望すら孕んだ高笑いだけ。 「ははははははははははははっはははははははははははははっはっははははっははっははっはははははははっはっははははっははははははははははっはははははっはははははっはははっはははははははははっはははは…………！！」 とめどなく溢れる雫とは裏腹に慟哭にも似た声は涸れること無く。 ああ、とＣ.Ｃ.は透明な細い糸をその瞳から頬に描く。 いっそ、この哀しい魔王を世界から切り離してしまえればいいのに、と “そこにいたのは、全てを闇に染められた哀しき子供だった” 世界は初めから一つじゃなかったのだと、初めて気がついた。 「忘れていたんだ、俺は。ナナリーは俺のものじゃないことを。何時の間にか所有物のように思ってしまっていたんだ。俺だけが、ナナリーを守るのだと、守れるのだと。愛していけるのだと。……いつしか俺は忘れていたんだ。ナナリーも一人の人間であることを。俺とは違う、別の人間であることを忘れていたんだ。それに気付けた」 苦笑して彼はロロに微笑んだ。その微笑みがあまりにも寂しくて哀しくて、でもとても晴れやかで愛しさに溢れるものだったからロロは何も言えなかった。 本当にそれは清清しいほど綺麗な微笑みで。憑き物が落ちたように優しく笑うから、うん、と頷いてその暖かい手をそっと握り締めた。同じくらいの強さでちゃんと握り返してくれる兄に思わず堪えていた涙がぽろりと零れて、そっと白く細い指先が雫を拭った。 「……最初から、俺は孤独だったんだよＣ.Ｃ.。やっとそのことに気付けた。俺もナナリーも、スザクもカレンもお前も、ロロもみんな孤独なんだ。最初から一人だったんだ。どうして気がつけなかったのか不思議なくらいだ」 「……王の力はお前を孤独にする。確かに私はそう言った。……だけれどもそれは間違いだったようだな。そこまで気がつけたのならば大したものだ。私はもうお前は呪われた世界から戻って来ないと思ったよ」 狂ったような笑い声は、もはやどうしようもないほどに絶望に染められていたはずだった。Ｃ.Ｃ.はそれを感じここまで彼を独りにさせた世界を呪った。彼は本当の孤独を知らずに壊れてしまったと。もはや悲しみに満ちた魂を彼が執着していた一つの世界から切り離そうと思っていた。それぐらい、彼の世界――ナナリーの世界は彼にとって大切だったのだ。 しかし、彼は気付いた。気付いてしまった。それこそが本当の孤独への幕開けだというのに。そのことにＣ.Ｃ.は憐憫と同じくらいの歓喜を覚えた。魔王が、魔女と本当の意味で歩き始める。理を外れるための枷が少しずつ壊れていく。 「……それは、とても哀しいかもしれないけれど、でも同じくらい素敵なことだね」 「……ありがとう、ロロ」 「だけどね、兄さん。僕の世界は確かに僕の世界かもしれない。でも、でも、出来れば兄さんの傍で少しでも似た世界を見たいと思ってるよ。例え、僕が偽りの弟でも。兄さんが許してくれるなら、僕も兄さんと一緒に僕の世界を歩いてみたい。僕が決めるんだ。僕が、僕の世界で兄さんの傍で僕の世界を作っていくんだ」 「……私は私の世界を行くわ。昔も今も、これからも。でもね、ルルーシュ。私は今の私を私で選んだの。アンタが言ったように今も私の意志で決めてるの。これが私の世界。アンタに……貴方についていくわ。ゼロ。ルルーシュ。だって私の世界は私のものだけれど、変えることは独りじゃなくったっていいんだもの！」 「……ありがとう、カレン」 「それを言うべきは私よ。ありがとルルーシュ」 おめでとうというべきなのだろうか、とＣ.Ｃ.はくすくすと笑った。 優しい気持ちが溢れていく。共鳴しているからだろうか。きっと違う。 彼は孤独になった。酷く孤独になった。 でもその代わり、彼はとても自由な翼を手に入れたのだ。 折れたはずの翼は、生え変わった。より力強く、優雅に身軽に飛べるように。世界はまた生まれ変わる。孤独になった魔王は自由を手に入れ、翼を手に入れ、そして本当の同士と様々な愛を手に入れるのだ。 いつか、愛しいひととまた手をとりあう未来と共に。 “世界は本当はとても美しかったことに、漸く気付けたのだ” |