これで、何もかもが終わったのだ。 もう誰もいなくなった花咲き乱れる庭園で、ルルーシュは一人微笑みながら周りの景色を眺めていた。美しく整えられている庭園は外の戦闘が嘘のように静かだ。それはもうこの場で全ての決着がついたからかもしれない。世界が平和になるための布石。ゼロレクイエム。今それが完遂されようとしている。 ナナリーとシュナイゼル、カノン達は既に脱出させた。このダモクレスにいるのはルルーシュただ一人だ。そして、ルルーシュが此処で朽ちれば世界に驚異は無くなる。暴君はいなくなり、世界に平和が訪れるのだ。 「……悪いな、C.C.」 "ゼロになってくれ" 彼女には既にそう頼んであった。シュナイゼルにゼロと告げたのもそのためだ。ゼロは記号。ルルーシュがいなくなっても、ゼロが残されていればシュナイゼルはゼロに従う。きっとC.C.ならばゼロを立派に努めあげてくれるだろう。今までだって散々やらせていたのだ。問題はない。 ああ、だけれど。 「……契約違反だと、怒られそうだな」 笑って死なせてやると言ったのに。もうそれは叶えられそうにない。それはこのゼロレクイエムを考えた時から解っていたことだったけれど、彼女が何も言わないことに甘えていたのだ。 それでも、もう戻れない。 ゼロレクイエム――――神聖ブリタニア帝国破壊の要は、皇帝ルルーシュが消えることだ。ルルーシュがいなくなればブリタニアは終わる。あとはナナリーが上手くやってくれるといい。彼女とシュナイゼルの手腕があればブリタニアは建て直せるだろう。そこまでの準備はもう済ませてきた。ルルーシュの部下達は皆ルルーシュに脅されていたのだと証言するように言ってある。憂いはない。心残りはあるけれど。 「……最期まで泣かせたままだったな」 最愛の妹、世界の中心だった大切なひと。 目を開いた彼女は兄を糾弾した。しかし、少しだけ手に触れてしまった時にナナリーはルルーシュが死のうとしていることを悟ってしまったのだ。淡い菫色の瞳を見開いてナナリーは涙を溢れさせる。気付いてしまった彼女は兄を喪失すると知り激しく泣きじゃくった。何度も逝かないでくださいと懇願された。けれどルルーシュはもう引き返す道を失っていたのだ。だから無理矢理引き離して脱出させた。絶望の色に染まる顔に笑みを向けて。 ギアスをかければ良かったのかもしれない。兄を、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを忘れろと。そうすればナナリーは苦しまずに済んだ。けれどルルーシュはそうしなかった。 彼女にギアスをかけなかったのはルルーシュの酷く醜い願いだ。ナナリーには、どうか覚えていてほしい。酷い兄を覚えていてほしい。もともと教える気はなかったというのに、知られてしまったら少し弱気になってしまったのだ。真実を知る者は少なくていい。その中でも彼女は、きっと一番真実を知ってほしくなくて、でも知ってほしいひと。 矛盾しているのは解っている。憎まれる覚悟だって恨まれる覚悟だってしていた。それなのに、ナナリーの涙ひとつでこうも脆くなってしまう自分に苦笑する。ああ、やっぱり自分はナナリーが大切なのだ。特別なのだ。 残していく人たちを思う。共犯者で理解者の魔女。最後まで忠誠を誓ってくれた騎士と優秀なメイド。不思議で、でもどこか優しい科学者達。…………最後まで傍にいてくれた、幼馴染。 生きたがりの自分が死んで、死にたがりだった彼が生きる。それが自分達の罰だ。 憎んで恨んで、殺しあって。それでも何かが自分達を繋いでいた。その何かが何なのかは上手く言葉で言い表せないけれど、それはきっと幸せなことなのだろう。スザクはまだルルーシュを殺したいほど憎いはずなのに、それでもここまで付き合ってくれたのだから。 この後を任せてしまうことを申し訳ないと思う。頭脳労働は彼は得意ではないから。だから苦労するのは目に見えている。だがそれでも彼は一人じゃないから大丈夫なはずだ。きっと支えてくれる。あの研究者達が、妹が、周りが。 全ての罪も憎しみも、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが持っていく。 だから、生きて。 「――――ルルーシュッ!」 その時、突然轟音を立てて周りを覆っていたドームに穴が開いた。そこから損傷を負っている真白き機体が壁を突き破り、庭園へと入ってくる。あまりの荒業に驚いて頭上を見上げると、荒れ狂う風の中でコクピットからスザクが身を乗り出していた。常盤色がこちらを見て、そして彼は機体をゆっくりと下げてくる。 暫し呆然としていたルルーシュはスザクが顔を歪めて声を張り上げたのに笑った。 「っ、君は何をしているんだ! 何で脱出しないっ!」 「……もういいんだ、スザク。ゼロは、俺はもう世界から降りるべきなんだ。もう俺はこの世界に必要ない。お前には言っていなかったが、ゼロレクイエムの最期の結末は“悪の皇帝ルルーシュが死ぬこと”なんだよ」 もうお前も俺から解放されるべきだ。ジェレミアにギアスを解いてもらえ――そう告げようとしたルルーシュを、スザクは厳しい顔で怒鳴りつけた。 「ふざけるな! 俺には勝手なギアスを、願いをかけて自分は死ぬ気か! そんな狡いことはさせない! ――――君は、生きて償うべきだ!」 思いも寄らぬスザクの言葉にルルーシュは目を見開いた。彼は自分を殺したいほど憎んでいた。今もきっと憎んでいる。だけれどもその彼が、 「生きろ! ルルーシュ!」 腕が、伸ばされる。 夏の日、向日葵畑を眼下に見る、あの崖で。 アーサーを追って、滑り落ちたあの塔の上で。 シャーリーを追って落ちかけた、あの屋上で。 銃弾で弾かれた、あの神社の境内で。 ああ、これはきっと。 「……本当に、シャーリーの言っていた通りだ」 「え?」 「何時だって――――俺を引っ張りあげるのはお前なんだ」 泣きたくなるような気持ちになりながらも精一杯微笑んで、伸ばされる腕に手を伸ばす。 まるで、その上に広がる空へ手を伸ばすように。 そして力強い掌が、ルルーシュの腕をしっかりと掴んで。 どうあったって罪は消せない。破壊を繰り返し、幾つもの血を浴びて咎を負って。生きることなんて許されないはずで。それでも、何時か夜が明けて朝はやってくるのなら。 ランスロットに乗せられダモクレスから脱出する。そして地上へと降下していけばそこに広がるのは、果てしない青空。 「……綺麗だね」 「……ああ。とても、綺麗だ――――」 何も終ってなどいなかった。これから、それぞれの明日へと。次へと進むのだ。 ふと視線を下げれば地上には、藤色の瞳をこちらに向けている少女の姿があって。 まず最初にすべきことはそこから零れる涙を止めることだと、ルルーシュとスザクは頷きあって笑った。 ――――sensibility
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