※次回予告・雑誌情報なんて総無視。捏造だらけの願望的捏造です。読んでからの苦情はご遠慮願います。 Uターンorスクロールでどうぞ! 「あなたの嘘なんてとっくにお見通しなんです。シュナイゼル兄様」 天使の微笑を浮かべる少女に、シュナイゼルは生まれて初めて畏怖を覚えた。 未だ女性とはいえぬ、未成熟の少女である妹姫はその身にそぐわぬ風格でもってシュナイゼルを圧倒していた。それを悟られぬようにいつもの泰然とした笑みを浮かべて見せるも、目の見えぬ少女には何の意味ももたない。それでも残されたプライドを捨て去れるわけもなく、シュナイゼルは優しい声音で問いかけた。 「おや、そうだったのかい」 「あなたの嘘はお兄様の嘘よりも解りやすかったです」 「……ルルーシュよりも?」 「ええ」 お兄様のほうがよっぽど解りづらかったです。 そう言ってナナリーは己の腕に抱いた少年――兄であるルルーシュの体をそっと抱きしめた。 決戦は世界を巻き込んだ。全ての欲望や罪や願いが入り混じり、混乱する。その中でもナナリーの兄は彼女を助けに来た。世界の中心は彼女なのだと未だにルルーシュはナナリーを捨て去れない。それはシュナイゼルにとってのカードであり、ナナリーにとって少しの絶望だった。自分はやはり兄を傷つけることしか出来ないのだろうか。それが嫌だから立ち上がろうとしたというのに。世界は優しくない、なんてとうの昔に知っていた。 「あなたの嘘は、ただの嘘でしたから」 柔らかな微笑を湛えたまま呟くナナリーに、ほんの少しシュナイゼルは眉を潜めた。ルルーシュは頭に傷を負い意識を失っている。枢木スザクはナイトメアで交戦中だということは、助けは来ないということだ。ナナリーはそれを肌で感じているだろうに、恐怖を感じている様子は見てとれない。そのことに僅かな苛立ちを抱えつつ、シュナイゼルは心外だとでもいうように肩を竦めて見せた。 「ルルーシュも、数多の嘘をついてきているだろう? 私などよりも余程酷い嘘をついてきているはずじゃないかな」 「違いますよ。お兄様の嘘と、あなたの嘘を一緒にしないでください」 ぴしゃりと撥ね付けるように言われた言葉に、シュナイゼルは幾分気分を害したように口を歪める。見えていないはずだというのに、それを感じ取ったのかナナリーが微笑んだ。 「お兄様の嘘は、寂しくて悲しくて酷くて、でもお兄様の大切なものを守るための嘘なんですもの」 「……私にだって大切なものはあるよ」 「でも、それはご自身も含まれているでしょう?」 でも、お兄様は自分のことはどうだっていいんです。そっと白い頬を撫でてナナリーは呟いた。 「酷いんです。誰よりも、もしかしたらお父様よりもお兄様のほうがもっと酷い。嘘をついて人を騙して、傷つけて。そのことは許されることではないけれど、でもお兄様の嘘は何時だって悲しい。その裏にある優しさを誰にも見せずにひっそりと隠して、そして自分自身すら騙してしまうんです。……優しい嘘ばっかりだから。自分を、殺す嘘だから……!!」 ルルーシュは咎人だ。決して拭えない罪を負っている。たくさんの嘘をついて、騙し、そして裏切ってきた。でもそれは同時に自分を傷つける行為でもあった。自分を切り刻むような嘘をつく者など、そういやしない。嘘とは取り繕うものだ。人を騙すためにつくものだ。けれどルルーシュは人を騙す以外にも、自分の心すら騙す嘘をつく。誰かを守るために、世界へ嘘をついたのはナナリーだって同じだ。 『お二人の敵です』 ナナリーが真実二人の敵になることなんて、出来やしないのに。 「……だから、どうするというんだい? もはや歯車は止められない。この盤は私が制した」 「いいえ、まだです」 爆音が響く中、車椅子から落ちて動けないはずの少女は、恐れを知らぬ様で笑う。そのことにシュナイゼルが訝かしんでいるうちに、不意に後方の扉が開く音がした。振り向けばそこに立つのは、ナイトメアで出ているはずの幼い影だった。 「アールストレイム卿?」 「皇女殿下。ここのシステムは掌握された。もう大丈夫」 「そうですか。――では、終らせましょうか」 シュナイゼルに目もくれずにアーニャがナナリーへと告げれば、ふふ、と微笑んでナナリーはルルーシュをそっと床に横たえた。その額にそっと慈しむようにキスをして、彼女は立ち上がる。 何も無かったかのように、立ち上がった。 「……な……っ、ナナリー、君は」 「ごめんなさい、シュナイゼルお兄様。私も嘘つきになります」 でもどうせ嘘つきになるのなら、最小限の嘘に止めようと思って。 誰も知らなければ、嘘は嘘じゃなくなりますよね? 「それに、お兄様だけ嘘をついているのはズルイでしょう?」 優しげな口調でそう言いつつ、ナナリーはすっとドレスの裾を払い微笑みながら閉じられていた瞼をゆるりと開いた。 そこにあるのは、昔見たはずの藤色ではなく。 「だから決めたんです。私は私の好きにしようと。そして、お兄様に――――いえ、世界中に一生で一度の嘘をつく覚悟を」 両目に飛ぶ紅い鳥だった。 「スザク! 新聞はどこにある?」 「え? ダイニングにない?」 「んー……あ、あったあった。えーと……そうか、今日だったか」 「え? なに?」 「ブリタニアの新皇帝のお披露目だよ。ちょうどそろそろ中継が始まる頃だ」 近くに置かれたリモコンをとって、ルルーシュはテレビをつけた。チャンネルを回せばどの放送局も特番で同じものを放送している。 半年ほど前、神聖ブリタニア帝国は内側から瓦解し消え去った。その時にただ一人生き残った皇族が新たな皇帝となるらしい。様々な問題もあったが、新たな皇帝はまだまだ幼い年齢ながらその手腕は優れていて問題は直ぐに解決に向かった。超合衆国にも属し、中華・日本・ブリタニアの皇帝や長の仲は良好らしく当面は世界が混乱することもないだろうと言われていた。 ルルーシュとスザクは半年前の戦争で意識不明の重体となり、その時に頭を打ったせいかここ二年近くの記憶がところどころ欠けていた。目が覚めた時ミレイやリヴァルは大泣きで飛びついてきて、質問攻めになったその時に発覚したのだ。 思い出す限りの大事な記憶は残っているらしいが、それでも時々何か大切なものをを失っているような気がする。そんな時はスザクが傍にいてくれて、脳にかかる頭痛や負担は楽になっていた。そのうち、この焦燥は消えてしまうだろう、と医者が言っていたことを思い出す。それが良いことだとは思わないが、忘れてしまう記憶なら何時か思い出せるのだろうと何故か何処かで確信していた。それはきっと、何もかもが終ったあとなのだと漠然としたような気持ちで。 朝食の支度を終えて、スザクがテーブルにつく。それを横目に見ながらルルーシュは中継の始まったテレビを眺めた。赤いビロードの絨毯が敷かれた上を、ドレスを纏った皇帝が歩む。その足取りは微塵にも揺らぐことなく、まだ若いながらも堂々とした意思を感じられた。少女は玉座につく前に壇上から衆目を見下ろす。そして柔らかな微笑を浮かべながら宣言をした。 「私が、第100代ブリタニア皇帝、ナナリー・ヴィ・ブリタニアです」 「……ルルーシュ?」 テレビ中継を眺めているルルーシュの肩が震えていることに気付き、スザクは彼の名前を呼んだ。それに答える彼の声は震えていて、直ぐにスザクはルルーシュの隣に座りその肩を自分のほうへ引き寄せた。ルルーシュはテレビから目は離さずに、しかし縋るようにスザクの手を握り締めてくる。その手を優しく握り締めて、スザクもテレビを見つめた。 「……何でだろう、スザク」 まだ幼い容姿の新皇帝は藤色の瞳で世界を見渡し、優しく笑いかけてくる。テレビの中、遠いブリタニアで行われている式典の主役である少女を見ながら、ルルーシュはわけも解らず込み上げてくる何かに従った。 「涙が、止まらないんだ」 アメジストの色の瞳から透明な雫が幾筋も零れ落ちる。ほろほろと零れる涙は止まることを知らぬかのように流れ続けた。胸中で荒れる悲しみのようなそれに、抗う術をルルーシュは持っていない。ただただ溢れるものを零すしかなかった。それを指で優しく拭いながらスザクはそっとルルーシュを抱きしめて、似たような表情で笑う。 「……うん、僕も何だか、凄く切ないんだ――――」 込み上げる解らぬ感情、しかし二人は同じものを抱えていることに気付いていた。だから握り締めた手をお互いに回して、スザクとルルーシュはどちらともなく唇を重ね合わせる。 埋まらぬ喪失を、お互いの存在で埋めるかのように。 即位式を終えて皇帝の部屋へと向かうナナリーの背に、小さな声がかけられる。 「……本当に、いいの?」 「我侭をきいてくださってありがとうございます、アーニャさん」 「……大物になるだろうとは思ってたけど、ここまでとは思っていなかったな」 「褒め言葉だと思っておきますね、ジノさん」 式典を終え、とても半生近くを車椅子で過ごしていたと思えぬ足取りでナナリーは歩く。新皇帝の傍に控えた騎士二人が返された返答に少し困ったように顔を見合わせた。ナナリーは悟ったように後ろへと振り返り何の陰も持たぬ美しい瞳を彼らへと向ける。 「大丈夫ですよ、お二人とも。それに、私はお兄様ほど優しくはないんです」 シュナイゼルを葬り去り、ナナリーは世界に大きな嘘をついた。第99代皇帝がシャルル・ジ・ブリタニアであり、その前の何処かで一人失われた皇帝がいるのだと、世界へ嘘をついた。 ナナリーはジェレミア卿に皇帝がかけたギアスを解かれ、C.C.とあの戦の最中に接触し兄とその親友が全てを捨てて戦っていることを知ったのだ。それを止めるためにナナリーはC.C.と契約した。コードはナナリーが皇帝の役目を終りかけた時に貰い受ける予定だ。やることはまだまだ尽きなかった。世界中にギアスの遺産は残っている。ナナリーはそれらを廃棄し、またコードについても調べなくてはいけない。ルルーシュに未だ関係あることならば、どんなに時間があっても足りないように思えるそれも、何も知らない頃よりマシだとナナリーは微笑む。 失ったものは大きい。でも、それでも大切に守れるのならば涙は出ない。ほんの少し胸が痛い時はあるけれど、それだって今まで戦ってきた人達よりは微々たるものだろう。 今度は、こちらが守る番なのだ。 「結果的にお二人を巻き込んでしまってすみません」 「私にも関係あることだったから、構わない」 皇帝陛下のこと、好きだし。そう言うアーニャとそれにありがとうございます、と返すナナリーに苦笑して、ジノは言葉の代わりに臣下の礼をとった。それに続くようにアーニャもまた膝を折る。その光景を一分の動揺もなく受け止めるナナリーは手をそっと握り締め、心臓の上に置いた。 もうこの手に触れる愛しい手はない。 だけれども、一番大切な“想い”はここにあるから。 『ナナリー』 自分の名を呼ぶ声を思い出してから、ナナリーは広がる青い空へと目をやった。 「さて、お二人にはたくさん働いてもらいますからね。やらなくちゃいけないことは無限大なんですから!」 「イエス・ユアマジェスティ」 重なる二人の声に、新ブリタニア皇帝は嬉しそうに微笑んだ。 「さぁ、始めましょう」 優しい世界を、創ります。 愛しいあなたの――あなたたちのために。 「…………さようなら、わたしの愛したひと――――」 少女の小さな声は、風の中に溶けて消えた。
“世界を、自分さえも変えて少女は開かれた未来を進む” |