もぞもぞと隣で動くルルーシュは落ち着かない様子だった。眉を少し寄せて困ったような表情を浮かべている。狭い空間の中、少しでも離れようとする体をシーツごと引き寄せて、スザクはもっともらしく言い放った。
「は、離れんなよ!」
「だ、だって、狭いだろう?」
「それよりも、お前が動いてたら隠れてる意味がないだろ! 大人しくしてろよ!」
「わ、わかったよ……」
 強い剣幕で怒鳴るスザクに気圧されたのか、今まで動いていた体がぴたりと動きを止める。それに乗じて離れていた体を思い切り引き寄せた。頬と頬が触れ合いそうなくらい近くなった距離に、不意に胸が高鳴る。何だこれ。何故なのか理由を考える前に、おずおずとこちらを見やる紫に気をとられた。
「スザ、ク?」
「う、動くなよ! 動いたら、マズイんだからな!」
「わ、解ってる!」
 ただたどしく必死で息を潜めるルルーシュは温かい。密着しているせいかふわりと鼻先を掠めた匂いにますます鼓動が早くなって。落ち着かない心臓を必死になだめながらスザクも息を潜めた。
 薄暗く狭い中、お互いの息遣いだけが聞こえている。時折衣擦れの音が響いて、二人だけの空間ということを意識してしまう。何処からか香る匂いは何の匂いだろうか。シャンプーの香りにしては仄かすぎる気がして、思わずスザクは鼻先をルルーシュの首筋に近づけた。
「ひゃっ!?」
「あ、ごめ……!」
「い、いきなり何するんだ君は!」
「せ、狭いんだからしょうがないだろ!?」
「そ、そうかもしれないけど……!」
「あと少しだから! 気にすんな!」
「わ、わかったよ……」
 お互いどもりながら交わす言葉は動揺していることが丸解りだった。でも動くことも出来なくてまた静かになる。相変わらず目の前にあるほっそりとした白い首筋からは甘い匂いが漂っていて、我慢できずにスザクは目の前の肌に舌を這わせた。
「っ、ひぁ……っ!?」
「…………甘くない」
「あ、当たり前だ! 君は一体何を考えて……っ!」
「じゃあなんでだろ……」
「あっ、ちょ、スザク!」
 非難の声をあげるルルーシュを無視して、再度スザクは首筋へと舌を這わせた。少し汗ばんでいるせいか舌に残るのは塩の味。でもそれすらどこか甘い気がして、何度か往復させているとルルーシュの体が何度も震えた。
「すざ、く……っ!や、め……っ!」
「ん……」
 体が熱かった。どうしてだかは解らないけれど、何かが体の奥から湧き上がってくる。熱にでも浮かされたような気分でスザクはルルーシュの体へと手を伸ばした。

「あ、すざく……っ!?」

 そろそろとルルーシュの着ているシャツへと手を伸ばす。びくっと震える体に気付きつつ手は止まらない。そろりと伸ばした服の中の肌に指を這わせた。
「ひぁ、んっ!」
 声を押し殺すようにルルーシュが唇を軽く噛む。横目で睨みつけてくるアメジストのような瞳は少し潤んでいてごくり、と喉がなった。顔に熱が集まる感覚がして、真っ赤になっているだろうことは予想がつく。だけれども止めることが出来ず、スザクはただ名前を呼ぶ。
「る、ルーシュ……」
 目が離せない。
 湧き上がる衝動に任せてスザクはそっと顔をルルーシュへと近付ける。驚いたように見開かれる目が、距離が狭まるにつれてゆっくりと瞼を閉じていく。震える体を引き寄せながら、吐息が唇に当たる、その、瞬間。


「おにいさま、スザクさん見ーつけたっ!」
「見つけましたわお二人とも!」

「「うわぁぁぁっ!!!???」」

 突然開けた視界と光、そして威勢のいい声に、悲鳴のような声を上げて二人は勢い良く体を離した。逆光の中、得意げな笑みを見せるナナリーと神楽耶を呆然と見上げる。ふふふ、と可愛らしい笑い声をあげて女の子二人は手を叩きあった。
「やっぱりここにいましたのね! 思ったとおりでした!」
「さすが神楽耶さんですね! 凄いです!」
「さ、スザク。約束通り見つけたんですから、今日は私たちとおままごとをしてもらいますからね!」
「し、しかたねぇな……」
「ママが私で、パパがルルーシュですから!」
「わたしはおねえさんがいいです」
「スザクは犬ね!」
「はぁ!?」
「犬だから、お家にははいってきちゃいけないのよ!」
「な、なんだよそれ!!」
「だってスザクが家の中にいたら、ルルーシュとられちゃうんだもの」
「だからって犬はないだろ!!」
 何時も通り、ぎゃおぎゃおと喧嘩をし始めた二人を横目に、ルルーシュはほっと息をついた。とりあえず今まで居た押入れの中から出て深く息を吸い込む。突然始まったかくれんぼは同じく唐突に終わりを告げた。何時もは心臓に悪いからやめてほしいと思うものの、今日ばかりは早く見つけてくれてよかったと心底思う。今までいた空間は、何かがおかしくてどうにかなってしまいそうだったから。まだ、心臓はばくばくと全力疾走したかのように波打っている。
 息を吸い込んで、やっと少し落ち着いたところで、ふとナナリーが首を傾げてこちらを見やってくるのに気付き、笑いかけた。
「どうしたんだい? ナナリー」
「お兄様、具合でも悪いのですか?」
「え?」
「だって、」


お顔が真っ赤ですよ?



 その後、ルルーシュが暫くスザクと二人きりになろうとはせずに、盛大な喧嘩が繰り広げられるのはあと二日後のこと。
 そして、この暗闇でのデキゴトの続きが繰り返されるのは――――あと数年後のお話である。




“無自覚な欲望に目覚めた日のこと”




















「……大丈夫、か?」
「……これが大丈夫そうに見えるか?」
「…………悪い」
「……解れば、いい」
 枕に突っ伏しながらルルーシュはしゅんとしているスザクを見てほんの少し溜飲を下げた。心なしかしょげた耳と尻尾が見える気がする。その姿には先ほどまでの獣のような空気は何処にもなく、それがおかしくなってルルーシュはくすりと笑みを浮かべてころんと横向きになった。
「……腰痛い」
「う」
「べたべたする」
「うう」
「あらぬところも痛い」
「ううう」
「……明日学校行けるかな」
「…………本当に、ごめん……っ!!」
 がばっ! とベッドの下で深々と床に付くほど頭を下げてスザクは謝罪の言葉を述べた。土下座をするスザクは全身からやっちまったオーラを出していて謝ることしか出来ないらしい。体はダルイし男としてのプライドがズタズタだとか、初めてなのに三回ってどうなんだとか色々言いたいことはあるけれど、ルルーシュは正直そこまで怒っているわけではなかった。
 スザクのことは好きだったし、叶わぬ恋だと思っていたからスザクがこんなに求めてきてくれたのは少し嬉しい。半ば強姦のような状況だったのは許せないが、行為の最中は優しかったし(散々弄り倒されたが)何度も「愛してる」「好きだ」と囁いてくれた。だからスザクの気持ちを疑うことはない。
 ただ、スザク自身が欲望で突き進んでしまった自分に対し激しい怒りと情けなさを感じているようなのでどうしようもない。武道を嗜み、漢の中の漢を目指す彼だから今のルルーシュが許しても後悔するだけなのだ。
 しかしルルーシュとしては、結ばれて受け入れて晴れて両想いになったのだから後悔なんてしてほしくない。だから暫くは怒ったふりをしている。そうすればスザクも少し気が楽だろうし。
「責任は……えっと、どうとれば……!!」
「……もうお婿にいけない体だなぁ、俺」
「!!!!」
 ガンッ!! と頭に金盥が落ちてきたような顔で固まったスザクを見て面白いと呟いた。まったく、さっきまで愛を囁いていたくせにこんな言葉でショックを受けないでほしい。肝心なところでヘタレな男だ。
 こんなのが幼馴染で好きなヤツだと考えると少々情けなくなってもくるが、でもそれでも愛しいのだからどうしようもない。それによく考えてみれば一度もルルーシュからは明確な言葉は返していないのだ。だからこそこんなに慌てふためいているのだろう。少し考えれば、ルルーシュが幾ら幼馴染だからってこんなことまで許すはずがないのに。それに気付けられればルルーシュの気持ちにだって気付くはずだ。
 固まってしまったまま動かないスザクを見ながら起き上がると、腰が痛んで眉を寄せた。はっとして急いで体を支えてくる相手を見上げて、ルルーシュは悪戯っぽく笑う。悲壮感漂うその顔を片手で引き寄せると――初めての、キスをした。
「っ!? る、るるるる、ルルルルーシュ!?」
「俺の名前が大変なことになってるぞ。……そういえば、あのときは神楽耶とナナリーに見つけられて未遂で終わったんだよな、キス」
「ちょ、は、ええええっ!?」
「うるさいぞスザク」
「は、お、お前、なななな」
「…………責任、とってくれるんだろう?」
 微笑みながらそう問いかければ、目を丸くさせてスザクがルルーシュを見つめた。その顔がまた可笑しくてルルーシュは笑う。少し惚けた様子ながらも徐々に言葉の意味を理解し始めたスザクに大輪の花が綻ぶような笑みを向けて。


「不束者だが、よろしくな?」


 そう言ってやればスザクは絶句して。
 固まってそれから、どうしようもなく幸せそうな顔をしてルルーシュを強く強く抱きしめた。




“いつかの熱が消えない炎になった日”





Thanks illustration by 千鶴様