君を、君達を守りたいと思った気持ちは本物だった。 罪を犯して。結果だけでは駄目なのだと知ったあの時から、世界は変わり、そして自分も変わった。だからこそ、軍に入り中から世界を変えようと思った。世界が優しくなるように、変えてみせると思った。 二度と会えないと思って。でも、偶然とはいえ再会できて。 ますます守りたい思いは強まって。 出会った優しい、可憐な花のような人と手を取り合って。 主の少女と幼馴染の少女、姉妹が望む優しい世界を作ろうと思ったのに。 ああ、どうして世界はこんなに上手く行かない。 どうして大人しくしててくれない。 君が愛しいと思った。君達が愛しかった。失ったはずの優しい時間をまた取り戻して、笑い会える日を望んでいただけだったのに。どうして待っていてくれない。何でその手を、汚したんだ。 綺麗でしなやかで細くて優しい手。 汚れていないと信じていた手はもう真っ赤だった。 ああどうして、なんで。どうして、どうしてどうしてどうしてどうして!! 待っていてくれなかったのだ。 この手をとってくれなかったのだ。 変えてみせると言ったのに。 どうして君は、あの優しい学園から羽根を広げてしまう。 君は、そんなところにいちゃいけないのに。 綺麗じゃなきゃ、いけないのに。 ――――どうして、僕が望んだ君でいてくれない。 そして、可憐な花は踏み潰されて。 残ったのは、黒い翼を生やした悪魔のみ。 ならば、その悪魔を裁くのは白い騎士しかいないのだ。 「あ、く……っ!!」 「……いいこえ。もっと、ちょうだいルルーシュ」 「……もう、やめ、ろ……っ!」 「まだ、だよ。君が此処から逃げ出そうとしなくなるまで、止めない」 ベッドに沈み込むルルーシュを見て、うっそりとスザクは微笑んだ。 島からルルーシュを連れ出して、租界へと戻ったスザクはまず最初に細身の男の死体を探した。そしてルルーシュからゼロの服を剥ぎ取り、探してきた男の死体にそれを着せて仮面を差し出し――『ゼロは殺した』と上へ告げた。 まだそこかしこで起こる暴動に軍は動いているものの、待ち望んだ『ゼロ』の死体に軍は沸き立った。すぐさまこちらへと向かっていたシュナイゼルへ報告が行き、スザクはモニター越しにシュナイゼルと対面した。 『よく、ゼロを討ってくれたね枢木。これでユフィも浮かばれるだろう』 「……申し訳ありません。生きて捕らえることが出来なくて」 『いや、いいんだ。ともかく脅威は討ち取ったのだからね。私ももう少しでそちらへと着くから、その時にまた話は聞かせてくれたまえ』 「はっ」 頭を伏せて、報告をしていると不意にシュナイゼルが顔を上げろと告げた。 その言葉に従い、そっと顔を上げる。モニターに浮かぶ優しげな笑みがほんの少し、何かを含む笑みに見えて少しだけ心臓が早まった。 そんなスザクの様子に気付いたのか気付いていないのか、シュナイゼルは世の女性なら瞬時に落ちてしまいそうな甘やかな笑みを浮かべた。 『少し聞いたんだけれども、君が人を保護したというのは本当かい?』 「……はい。その通りですが」 『あの状況で保護なんてそうそう出来るものではないだろう。一人でも多く救いたいと思う。しかし、ゼロを追っていた君にそんな余裕があったとは思えないからね――誰か特別な人かと思ったんだよ』 囁かれるような言葉にほんの少し瞳を揺らした。 相変わらず笑みを浮かべるシュナイゼルを真っ直ぐに見つめて、スザクは心中で歯噛みをする。冷や汗が僅かに背を伝った。 彼の言い方はまるで“気付いている”ようだ。 スザクが“誰”を拾って戻ってきたのか――もしかしたら、偽りのゼロのことすらも。 穏やかな笑みに返せる言葉を直ぐには紡げず、数瞬考えてからスザクは決断した。 彼ならば、きっと頑丈な籠を作ってくれるだろう。 そのために。 「はい。ずっと昔からの――黒猫みたいに危なっかしい友人なんです」 自分の望みのために、利用できるものは全て。 「おはよう、ルルーシュ。気分はどう?」 「……此処は、何処だ」 「君は知らなくていいことだよ」 「っ、どうして、俺を殺していないっ!!」 「何で僕がルルーシュを殺さなくちゃいけないの?」 ふっ、と瞼を開き目覚めたルルーシュに優しくスザクは微笑みかけた。 目覚めのあまり良くないルルーシュはほんの少しだけ幼い表情を見せたが、それも直ぐに霧散し鋭い視線がスザクを貫く。低い声が耳朶をうち激昂した声に首を傾てみせると、ルルーシュは怪訝そうな表情を浮かべてからすっと目を細めた。 「……ナナリーは、どうした」 「学園にいるんじゃないかな。あそこは軍が保護したからもう大丈夫だよ。君も、本当に危なっかしいね。あんなことになったらちゃんと保護して貰わなきゃ駄目じゃないか。君は元皇子様とはいえ、今は唯の一般市民なんだから」 「……スザク」 「黒の騎士団も多少捕まえたし、ゼロももう殺したから大丈夫だよ。戦いは終わったんだ」 「スザクッ!!」 「何でそんなに怒ってるの、ルルーシュ」 「俺が、ゼロだ! それはお前も解っているだろう!」 「君は、ゼロじゃないよ。もうゼロは僕が殺したんだ」 「なに……っ!?」 「でも、ルルーシュ・ランペルージももうこの世にいない。……あの騒ぎで命を落としてしまったんだ。だから、君はもう“ルルーシュ・ランペルージ”でもない。ここにいるのは、僕が望んだ君だよ」 そこで漸く、ルルーシュは縛られてベッドの柱に括りつけられた手首に気がついた。手を動かそうとするも硬く縛られた手はびくともしない。告げられた言葉と状況にルルーシュの瞳は射殺しそうな視線をスザクへ向ける。向けられた美しい紫の瞳にますます笑みを浮かべた。 「何を考えているんだお前は……っ!」 「君の事だけだよ、ルルーシュ。もうゼロも、ランペルージもいない。君は屍の人間だ」 「っ、何を!」 「ああ、大人しくしてて。じゃないと痛い思いしちゃうだけだよ?」 「ぐっ、!」 細い首に手をかけて、スザクは軽くその首を締め上げた。 途端に覆いかぶさっていた体が逃げを打つように跳ねる。苦しげに歪んだ眉を片手で愛しげになぞりつつ手を首から離すと、ルルーシュがげほげほと咽ながら息を吸い込んだ。 「か、は……っ!」 「もう何も言わなくていいんだよ。君は何処にもいない存在なんだから。危ない真似も、もうしなくていい。君は此処に居てくれればいいんだ」 苦しさに咳き込みながらこちらを睨む至高の色にスザクは肌が粟立つのを感じた。ずっとこの色が欲しかったのだ。自分を見るこの紫が欲しかった。何時も何時も、優しく向けられるのはたった一人だったから。 「何故殺さない、俺はゼロで、お前の主を撃ったのは俺だぞ!」 「ああ、そうかもしれないね。でも、もういいんだよ。君は何時も何処かに勝手に行ってしまうから、止めたんだ。これ以上手の届かない場所に行かせるくらいなら、僕の手で飼い殺してしまおうって」 その時、やっとルルーシュはスザクの瞳に宿るものに気がついた。 「……スザ、ク……」 「本当はこの瞳も抉り出しちゃおうかと思ったんだけど――やっぱり、両目のほうがいいかなって。赤と紫――血の色と、至高の色。そうじゃなきゃ、君が前はゼロでユフィを殺したってこと忘れちゃうかもしれないしね」 「お前は俺を憎んでいるんだろう!」 「そうだよ。ユフィを殺して、日本人を騙して、ナナリーを騙して、僕を騙して、人を惑わす悪魔だ。君は生きて居ちゃいけない。この世界では」 「なら……っ!」 「でも、もう君はこの世に“いない”。ゼロも、ランペルージも、僕が消すから。消したから」 だから。 「もう君は死んでいるんだ。そして僕の傍で殺される続けるんだよ、僕に」 そしてスザクは、ルルーシュの着ていた服を引き裂いた。 「っ、あ、も、やめ、ろ……っ!」 「駄目だよ。君が此処にいるというまで、やめない」 「っ、はっ……ひ、ぁっ!」 ぎし、とベッドが揺れる音にスザクは笑みを刻む。 組み伏せた体は想像していたよりもずっと滑らかで、蠱惑的だった。 もはや何度突き上げたかも解らない体は、登り詰めた回数の多さで疲れたように弛緩している。それでもスザクは蹂躙するのを止めようとはしなかった。それだけ、夢にまで見続けた肢体は手放すのが惜しい。 少し体を動かせば引き攣ったような、何処か甘い声をあげるルルーシュに優しく微笑む。紫電の瞳が潤み、それでも変わらず睨んでくる様子に愉悦を感じた。 「……僕が、憎い?」 「っ、あ……や、め……っ!」 「……答えてよ」 「ぐ、あっ」 制止の言葉しか吐かない唇に焦れて、黒い髪を掴みあげた。苦痛に顔を歪めるルルーシュの姿にほんの少し満たされる。痛みを与えられる彼の姿は美しい、と再確認して笑みを浮かべる。ぎりぎりと手を引っ張り続けていると、ルルーシュは鋭い眼差しでこちらを見る。けれども、零れた名前にスザクは眉を顰めた。 「な、ナナリーは……っ、がっ!」 「……大丈夫だって言ってるじゃないか。何度も言わせないでよ」 掴んでいた髪を離して、そのまま握った拳を腹へと振り下ろした。薄く肉付きの良くない腹部には既に青痣が幾つも出来ている。それと同じように、赤い小さな所有印もそこかしこに散りばめられていた。咳き込んだルルーシュは何度も咳き込んで、苦しそうにか細く呼吸を繰り返す。顎を掴みあげて、まだ空気の欲しそうな唇へ噛み付くように口付けた。 「っ、つ……」 「……、もう、やめ、ろ……」 鉄の味が口内に広がった。軽くでも血を流す舌は僅かばかり痛むものの、煽る結果にしかならない。理解していない彼が愚かで愛おしかった。そう、憎いけれども確かに愛しい。この体が、瞳が手に入ったのだから。 「ナナリーは、ほん、とうに、無事なんっ、だ、な……!?」 「……確認はしてないけどたぶんね。カレンがいたし、大丈夫なんじゃないかな」 「、く、あっ……!」 突き上げるのを再開すれば、びくびくと細い体は波打つ。また熱くなっていく体を揺さぶるも、彼は何度も最愛の妹の名前を呼び続けた。大丈夫なのか、と。何度も何度も。 スザクの名前を、最中に一度も呼ばずに。 それが酷く腹立たしくて。 「も、や、ぁ……っ!」 「……ユフィは、殺したのに、ナナリーは心配なんだ。……酷いヤツだね、君は」 「か、は……っ!!」 「撃たれたユフィは、今の君よりもっと苦しかったと思う。……だから、これくらい平気でしょ?」 揺さぶりながら、片手で首を軽く掴み気道を締める。そのまま首筋に歯を滑らせて噛み付いた。流れ出た血は甘く、瞳からぼろぼろと溢れ出る涙をそっと舌で拭う。 最早朦朧としてきている紫色に、ぞわりと湧き上がった何かに見えないフリをした。 「あ、く、や……っ、あ、ぅあぁ……っ!!」 「……く……っ」 やがて登り詰めたルルーシュに堪えず中へと熱を吐き出すと。 意識を失いベッドに沈み込んだ彼の髪にそっと口付けた。 意識を失った彼は酷く疲労している様子で、風呂に入れても目を覚まさなかった。好都合ではあったが、眠っている彼を見るとどうしても昔を思い出して苛立たしくなる。幼いあの頃を、寝顔に見てしまうのだ。 無邪気だったあの夏はもう二度と戻らない。戻れない。 彼が見ているのは昔も今も、そしてきっと未来も一人だけだ。 シーツも取り替えたベッドに彼を横たわらせて手首をとる。 硬く紐で縛ってあるというのに抵抗したからか、細い手首は真っ赤に痛々しく擦り剥けていた。それをペロリと舐めると先程も舐めた甘い味がする。消毒液と包帯を手首に巻きつけて、今度は足首に紐を括りつけた。ベッドの端にしっかりと結わえ付けたそれは、刃物も何も無いこの部屋では彼はとれない。 服を着替えて、ベッドの端に座る。シーツに流れる髪を一房とって梳くと彼が少し身じろぐ。 「……な、……りー……」 小さく聞こえた名前に吐き気がした。 「……本当に、君はナナリーのことばかりだ」 七年前から、ずっと。 傍で見ている俺のことなんて、気にしちゃいない。 そして、優しい義妹のことも過去だと。 至高の紫に映るのは、ただ一人。 本当はナナリーのことも心配しているけれども、今はとにかく腹立たしかった。ここに居るのはスザクのみなのに。彼は「止めろ」と「ナナリー」としか言わなかった。それ以外には何も触れず。黒の騎士団のことさえ口にせずに。 こんな指導者についた彼らが哀れだと思った。それはカレンもまた。 たった一人のことしか、妹のことしか考えていない彼に着くだなんて、何て愚かな。 そんな彼に囚われている自分も愚かなのだろうか。 閉じ込めて、縛り付けて。あの箱庭から飛び立とうとした羽を無理やり引き千切った。 でも、これは。彼が犯した罪に比べればほんの些細なことだろう、とスザクはぼんやりと考えた。 暫く眠る彼を見つめていると、傍らの携帯が震えた。無視しようかと思っていたが、そこに表示されていた名前に仕方なく通話を押す。流れ出てきた上司の声にややうんざりとしつつ話を聞いて――――驚愕に目を見開いた。 「ロイドさん! セシルさん!」 「スザクくん!」 「あは、きたねースザクくん。どう思う? これ」 飛び込んだ部屋のモニター画面には黒が映っていた。 光沢のある仮面と、靡くマント。 そしてその後方には赤い機体。 並ぶのは黒服の集団。 「……どうして」 「どうしてだろうね」 モニターを見つめて呆然としていると後ろから聞こえた声にハッと振り返る。 そこには底知れない笑みを浮かべたシュナイゼルがいて、慌ててセシルのように床に跪く。ロイドは現われた皇族、直属の上司でもある彼に気にした様子もなくにやにやと笑みを浮かべた。 「どう思います? これ。スザク君がゼロは殺してきたのに、どういうことなのかなぁ?」 「恐らく、代役じゃないかな。正し、同じくらいゼロになることの出来る人物」 シュナイゼルの言葉にスザクは思わず顔を上げた。こちらを柔和な笑みが見やり、白い手袋に包まれた手が人差し指を口元に当てた。その仕草に、その意味に。スザクはやはり、と唇を引き結ぶ。 やはり、彼は知っているのだ。 ゼロが本当は死んでいないことも。その、正体も。 「しかし、こうして出てきた以上、もう一度潰さなくてはならないね」 「あはぁ、ランスロット使ってくれますぅ?」 「もちろんだよ、ロイド。戦ってくれるね? 枢木」 「イエス、ユア、ハイネス」 誰なのかは解らないが、ゼロとして出てきた以上容赦はしない。 もう、この手に欲しかったものは落ちているが邪魔するのならば薙ぎ払うまでだ。 『我々は、奪われた! それを取り戻すのは当然の権利である!』 『だからこそ、私は宣言する。全てを取り戻すために、何度でも立ち上がると!』 『私はゼロ。全てを無に帰し、そして創りだす者だ!』 “愛を欲し狂い始めたのは、もうずっと前” |