貴方は私の絶対者。
 守るべき人。修羅の仮面を被る、優しい人。
 不器用で強がりで、本当は弱くて、凛としていて儚くて。でも、それでもただひたすらに前を見て進む貴方が、切なくて愛おしい。
 ねぇ、貴方が進む道を守りたいの。
 そのために強くなるから。一緒に行きたい。新しい世界の、その先へ。
 貴方と共に生きていきたい。

「泣かないで」

 ひとり、泣いている姿を見つけてしまった。壊れたような悲痛な笑い声は聞いているだけで身を引き裂かれそうなほどで。泣いている彼が悲しくて、思わず抱きしめた。
 彼の正体を知って、明かされない秘密に焦り、悔しい想いを繰り返した。だけれどもやっぱり彼が必要なことは変わらない。私たちの、騎士団の主はあなただけ。でも、全部背負い込む必要はないの。

「泣き方をしらないなら、一緒に泣くわ。抱きしめてあげる。哀しい時は哀しいって言っていいの。もう私にはバレてるんだから、甘えていいの」
「……甘え、なんて」
「じゃないといつか、壊れちゃうわ。パンクしちゃう。貴方が倒れたら私たちは何も出来ないの。だから今はお願い、自分を許してあげて」

 困惑する顔が愛おしくて、温もりを分け合うように強く強く抱きしめる。なんて悲しいひと。甘える術を彼は知らない。それがどんなに心休まることかを彼は知らない。寂しさも、何も彼は解らない。
 守りたいと強く想う。最期の最期まで共にありたい。助けでいたい。誰にもこの位置は渡さない。私が彼の剣であり、盾になる。白い騎士になんて負けやしない。彼を裏切ったことの重さを何時か解らせてやる。

「……すこし」
「え?」
「……肩を、貸してくれ」

 そっともたれてくる彼の頭を優しく撫でて微笑んだ。今は休んで。直ぐに立ち上がらなくてはいけないけれど、今は守るから。この安らかな時間を守るから。あなたの全てを、守るから。

 この気持ちを、人は愛と呼ぶのだろうか。


「傍にいさせて。あなたの騎士は私だけよ」












 恋をしていた。
 私の王子様。意地悪なようで冷たいようで、本当はとても優しくて。男の子のわりに体力的には頼りないけれど、でもそれでもかっこよくて美人で頭が良くて。本当はもっと頑張ればいい成績だってとれるはずなのに。時折危ない賭け事をしにいくのは見逃せないけど、でもそんなとこも嫌いじゃない。
 でも彼は、私の大切なものを奪った。許せないと思った。でも、罪を犯したのは私も同じだ。苦しくてどうしようもなくて、胸が張り裂けそうで。どうしようもなくなった瞬間に、全てが抜け落ちた。
 空っぽの心。何かが占めていたはずのところにぽっかり空いた空洞。何なのかが解らなくて苦しくて。仲直りしないの? と声をかけてくる友人。何のことかが解らなくて。喧嘩をしたのは誰?
 喧嘩なんて最初からしていない、だって。私は彼を知らなかった。

 本当に? 知らないの?
 頭の中で声がする。見ないフリをしているもの。残された紙。書かれているゼロの正体。怖くて。でもそれ以上に浮かぶのは哀しい声。(もし生まれ変わったら、きみに)
 見てみぬフリは、もう出来ない。

「……撃てばいい」

 困ったように笑いながら彼はそう言った。突きつけられた銃を恐れることなく、彼は逃げることもせずにその場に立っていた。瞳は優しい色をしていて、ただ全てを受け入れていた。

「お前の気がそれですむなら殺してくれ。ただ、もう少し待ってくれないか。ナナリーに優しい世界を作るまででいい。全て終わったら、この命は君にあげるさ」

 そうして頼む彼に、苦笑した。ああもう、彼はやっぱり彼だった。

「……ねぇルル。もういいの。もう、私のぶんまで背負わなくていいの。私は私の分ぐらい背負えるの。だからその命、大切にして?」
「……シャーリー?」
「わたし、解ったの。例え何度記憶が無くなっても、その度にあなたに恋をする。だから、ルルが生きててくれないと困っちゃうんだよ。……私を選ばなくていい。一番はナナちゃんだって知ってるから。だから、お願い。トモダチとして、近くにいさせて? 傍に、いさせて?」

 何度だって恋をする。あなたに。
 もう恋なんかじゃない、この感情。でも愛と呼んでいいのかも解らない。
 ただ、解るのは。
 世界で一番、君が好き。


「何も出来ないけど、傍にいたいの」














「私が何で彼を選んだのか、解らない?」

 浮かべられる笑みは優しいものだった。ふんわりと慈愛に満ちた春の陽だまりのような微笑み。しかしそれが本当はそんな可愛らしいものではないと知っていた。だからこそ、その言葉に一瞬血の気が引いたのだ。何を言い出すのか、恐れて。けれど彼の動揺も気にした様子無く、ユーフェミアは続けた。

「もし彼をそのまま戦場に出しておけば、優しいあなたは傷つくわ。だから私の騎士にしたの。そうすればお飾りの皇女に宛がわれた騎士は我が侭な皇女の傍にいることしか出来なくて、戦場には出られなくなる。私はお気に入りの騎士が危ないことをしてほしくなくて、傍にいてくださいといえばいい。それだけで、あなたは楽になる。私が一言言うだけで! 名案でしょう? あなたと彼を戦わせたくなかったんだもの。だって、あなたは彼を――」
「っ、ユーフェミア!」
「だめよ、ルルーシュ。ユフィって呼んで。でないと、」


『彼』がどうなるかしら?


 くすくすと笑う薔薇は残酷なまでの無邪気さで魔王を追い詰める。柔らかな愛はそのまま狂気へと変わり、真綿で締め付けるような痛みを伴って。誰も知らない、こんな彼女は。知っていたのは今も昔もたった一人だけ。数多の兄妹達の中で彼だけがそれに気がついた。
 彼女は与えられる愛しか知らなかった。だから同じだけの愛情を、無償の愛を全てにおける愛だと思ってしまった。幾通りも愛の形があることを知らずに、彼女はただ一つの形しか知らない。


「傍にいて欲しいの。あなたを愛しているから」














「ミレイ・アッシュフォードっていいます。是非とも私を黒の騎士団に入れて欲しくて来ちゃいました! ゼロはいらっしゃいますか?」

 まてまてまてまてまてぇぃ!!

「か、会長!? どうして……っ!」
「あれ、カレンも騎士団の団員だったの? もしかしてあの赤いのってカレンのナイトメア?」
「そ、それよりも! 会長はブリタニア人でしょう!? なのにどうして……っ!」

 突然アジトでもあるトレーラーに現われた女性に団員はどよめいた。どこからどうみてもお嬢様、という風貌と若さの中に見え隠れする艶やかな空気に困惑するしかない。何よりも生粋のブリタニア人にしか見えず、しかもゼロを名指しだ。そもそもこのアジトの場所をどうやって知ったのか。混乱する団員達だったが、仮面の下で一番混乱していたのがゼロであったことを知るのは魔女であるC.C.だけだろう。仮面は思いも寄らぬところで役に立った。頭が動揺していたら周りも動揺してしまう。それを避けることが出来たのは良いが目下の問題はそれではない。どうしてここにミレイがいるのか。

「私? 私は、もういい加減に好きなことやってもいいかなって。だって大切なものは家よりも家族よりも、他にあるんだもの。だから守りに来たの。箱庭の番人も良かったけど、それ以上に傍にいられる存在になりたくって。私だって、閃光とまではいかないかもしれないけど、それなりにナイトメアは動かせるんだから」

 語られる言葉の端々には、ゼロの正体を知っているからこその言葉が散りばめてあった。気付いている? 何で、どうして。相変わらず無言を保ったままの(本当は驚きで声が出せないだけ)
ゼロを振り仰ぎ、ミレイは楽しげに笑って見せた。私の守りたいもの。宝物。私のたった一人の主。王子さま。ただ一人愛するひと。
 そうしてミレイは膝を床につくと、ゼロを見上げて言い放つ。


「あなたを愛してます。どうか私を傍において――あなたを守らせてください」


 呆然とするカレンや団員を余所に、ゼロは深々と溜息をついた。
 まったく、この人には敵わない。


「だって、どうせなら傍にいたいんだもの」












「愛しているぞ、ルルーシュ」
「……いきなりなんだ」
「別段意味は無い。ただたまには素直になってやろうかと思ってな」
「…………」
「ん? どうした、何か変なことを言ったか?」
「…………いや」

 困惑した表情はどこか幼く見えて、C.C.は密やかな笑みを浮かべた。
 愛を取り上げられた子供は、愛を与える術しか知らずに育った。惜しみなく与える愛しか知らない彼は、愛されるということがどんなことかを知らない。いや、知ってはいても母が子に与えるような無償の愛しか知らないのだ。他人から与えられる愛など、愛として認識することすら出来ない。哀しい子供。たった一人を見続けることしか出来ない。
 そんな彼を愛しく思うC.C.も、もしかしたら愛など知らないのかもしれない。もはや自分が誰であったのかも忘却の彼方に時折浮かぶだけの、そんな不可思議な存在。人ではない存在であるがゆえに、愛などそこには存在しないのかもしれない。
 だが、彼女は解っていた。愛し、愛されるということがどんなことなのかを知っていた。だから何度も囁き続ける。惜しみない愛を。
 魔女に愛されることはもしかしたら不幸なのかもしれない。それでも、C.C.は優しすぎる愚かな子供へと愛を綴る。何時の日か、彼が心安らかに眠れることを祈って。


「傍にいるさ、私たちは共犯者だろう?」












「私は何も出来ないけれど、お兄様の帰りを待つことぐらいはできるんですよ」

 ふふ、とどこか悪戯っぽく告げられた言葉にルルーシュは目を瞬かせた。今はティータイムの最中で、学校の話をしていたはずだったのに。最愛の妹がいきなり何を言い出したのか解らずに首を傾げる。兄が首を捻っている様子を感じ取ったのか、ますますナナリーは笑みを深くした。

「私はナイトメアにも乗れないし、体も動かせないし、お兄様ほどの知略があるわけでもありません。だからお兄様を手伝うことは出来ません。でも、お兄様が守りたいと思ってくださるのなら私はここで待ってます。お帰りなさい、って言ってあげられるのは私だけでしょう?」
「ナナ、リー……」
「私が、お兄様のことを解らないわけないんです。お兄様が私のために戦ってくださっていることに気付いていました。だから、知らないフリをしていたんです。巻き込みたくないんだろうって思って。ここで待っていればいいと、そう思ってました。……でも、もうおしまい。ここでお兄様の帰りを待つことは出来ません」

 幼馴染のあの人は危険を知らない。どれだけ私達が皇族を恐れているか解っていない。例え命令であっても、断れないことであっても、でも、私達の事情を知っているのならもう少しやりようはあったはずなのに。
 彼は与えられるものに気付いていない。私や、この人が与えていたものの名前を知らないのだ。
 なら、もういらない。ここで怯えながら待つ必要は無くなった。だって、もう一人だけでいい。お帰りなさい、と言ってあげるのはたった一人で。

「お兄様、もう行きましょう? あの人を待つ必要は無くなったんです。もう此処は安全な箱庭じゃなくなった。ミレイさんだけにはお話をして、お礼をいって、もう行きましょう? 私は、お兄様がいてくださるのなら何処でもいいんですから」

 優しい箱庭は、もう優しくなくなった。ならば、ここはもういらない。
 残された絆はひとつだけ。愛するひとも一人だけ。それだけで、生きていけるのだから。



「あなたが望むなら、ずっとお傍にいますから」