“わすれもの”



 その場所に来るのは二回目だった。
 大きな石碑の前に立ち尽くしシャーリーは少し目を伏せる。今は昼間で明るく、前に見た時は夜だったため余り周りが良く見えなかった。景観だけはそれなりに美しいこの場所は、シャーリーが初めて“彼”と出会った場所だ。
 ぐるりと暫く辺りを見回してから、シャーリーはベンチに腰を降ろす。人の影は見えず少し高台にあるこの場所にいるのは彼女一人だった。喧騒も無く木々の葉音が聞こえる中で考えるのはただ一人のこと。
「……ルルーシュ……」
 ナリタ連山。
 この場に彼女がいる理由は一つだけ。失ったと思われる記憶を少しでも思い出すためだ。記憶の欠落はここから始まったのに違いないのだから。未だにどうやってルルーシュがシャーリーの記憶に手を加えることが出来たのかは解らないが、その部分に関しては直感を信じている。
 催眠術のようなものだろうか。しかし、もしそのようなものならばきっと何かで解けるはずなのだ。だからシャーリーはここへ――始まりの地だろうナリタへと来た。
 無くした思い出、彼への想い。
 ミレイに聞いてもリヴァルに聞いても他の誰に聞いても。  誰もが答える言葉はただ一つだった。
 シャーリーは、ルルーシュ・ランペルージに恋をしていた。
 それはどうあっても覆せない事実だったのだ。

「…………何処を、好きになったのかな」

 ルルーシュとシャーリーが話し始めたのはつい最近のことだ。少なくともシャーリーにとっては彼は全くの他人だった。けれどもナナリーのことは解る以上、その兄であり副会長でもある彼を知らぬことのほうがおかしいのだとは理解できた。ただ、彼が“ゼロ”だということを考えると憎しみが育ってくるのを止められない。
 優しくて暖かい父の姿を思い出すと、まだ涙は溢れてくる。決して父は巻き込まれなければならないようなことをしてはいなかったはずだ。事故であれ故意であれ、ゼロが、黒の騎士団が父を殺したことは紛れも無い事実。
 だけど。

「……王子様は、悲しかったんだよ、ね……?」


『王子は学園で仲のいい女の子に傷を負わせてしまったんだ』

『女の子は彼の正体を知り、苦しんだ。…………彼女は彼が好きだったんだ』

『彼は苦しむ女の子に一つの魔法を施した。――――全部、忘れてしまえと。王子、つまり自分のことを忘れろと』


『そして彼女は彼のことを全て忘れて、心穏やかに、幸せに暮らしました。めでたしめでたし』


「本当に……ちっともめでたくないじゃない……っ!」

 王子は魔法を、かけた。苦しむ女の子に、残酷で優しい魔法を。
 シャーリーが少しずつ夢に見るのは血と硝煙。頭が痛くなるから直ぐには思い出せないけれど、でも。
 悲しみと苦しみの記憶。きっと、シャーリーは罪を犯している。それだけは何となくでも気づけた。そしてルルーシュはそれを知っていて。きっとシャーリーからその記憶を奪い取ったのだ。
 怖い。奪われたものが何なのか。知りたくないと思う。怖くて怖くてたまらない。何も無かったことにして、ルルーシュがゼロであることも全部全部見ないふりをしてしまえばいい。
 きっと、そうすることを王子様は望んでいる。

 でも、それで本当にいいのだろうか。
 彼に全ての罪を背負わせていいのだろうか。
 シャーリーの罪も、彼自身の罪も、全部背負わせて。それでいいのだろうか。
 許せない。許したら駄目だと思う。でも――許したい。
 解っている。解っているのだ。許したら、いけない。父のことを思うのなら彼を許してはいけない。
 だけれど、本当はシャーリーは気付いている。
 彼がシャーリーの記憶を奪ったこと。

 それすなわち、一度でもシャーリーは彼を許してしまったということだ。